孫ふたり、還暦過ぎたら、五十肩

最近、妻や愚息たちから「もう、その話前に聞いたよ。」って言われる回数が増えてきました。ブログを始めようと思った動機です。

経済力も学力も高いだけが言い訳じゃない

2015年03月31日 | 日記
私がノーベル賞をどうも胡散臭いなあと思い始めるきっかけとなったのは、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞だった。それをきっかけに、以前の受賞者をみると、金大中だとか、アウンサンスーチーだとか、佐藤栄作だとか・・・首をかしげたくなる例は多いのではないか。

文学賞も基準がよくわからない。そもそも、翻訳によって文学のエッセンスはかなり歪められることはないだろうかと思う。その点、自然科学の分野では、客観的な事実で判断できるので、平和賞や文学賞に比較すれば公平性が保てるのではないだろうか?

日本人の受賞者が続出するのに比べて、中国や韓国ではいまだにこの分野での受賞者はでていないので、相当あせっていて、国を挙げて研究者の育成に力を注いでいるそうだ。学力テストの結果はいつも優秀なシンガポールも受賞者を出してはいないはずだ。

数学者の藤原正彦氏によると、ノーベル賞受賞者を輩出する国の特色は二つあるそうです。一つは、人間が成長する上で、身近に豊かな自然と優れた芸術など美的感受性を養える環境があること。もう一つは、金儲けや実用性だけを追及するのではなく、精神性を尊ぶ風土があること。この二点を挙げています。

子供を勉強漬けにして、テストの点数が高くても、金儲け第一主義のお国柄のうえ、年中うだる様な暑さで四季の変化もへったくれもないような国では、美的感受性も精神性を尊ぶ風土もあったものではないのでしょうか。

周りの山々の風景が四季折々で変化していく様子や、田んぼの稲がどんどん育っていく光景を見ながら成長していくのと、アスファルトの道路やコンクリートの建物ばかりを見ながら成長していくのでは、そりゃあ差は出るでしょうね。