指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『従軍日記』 小津安二郎

2015年01月20日 | 映画
1939年1月13日(金)
今日から城外に慰安所ができる。金曜日がZ(野戦瓦斯隊)で開店早々のうちの部隊が当たる。慰安券が二枚 星秘膏 ゴムなど若干配給になる。半島人三名支那人一二名 計十五名の大雛だ。
慰安券に曰く *慰安所に於ける酒食を禁ず。*泥酔者の慰安所に出入を禁ず*軍機を厳守し之を遺漏せざる様万全の注意を要す。*時間の厳守*衛生に注意*自隊日割り外の出入を禁ず*性病者及び切符を所持せざる者の出入を禁ず。とあり、応城野戦倉庫之印の捺印がある。
兵隊ハ十三時から十六時まで半時間1円、下士七時から一九時まで三十分一円五十銭一時間二円。兵ハ一時間一円五十銭。高橋伍長試みに出かける。
点呼後二小隊に出かけて雑談。

これは小津安二郎の中国での『従軍日記』に記録されているものである。このように小津は、この日は慰安所に行かなかったようだ。
このZは、実はZの上に○が付いているのだが、私は書けないので、ただZにしたが、このマルZは、言うまでもなく毒ガス部隊で、小津が中国で毒ガス部隊にいて、修水河の渡河作戦で使用したことは、日記の他の部分で出てくる。
その意味で、小津の戦争体験は、相当に厳しいものだったと推測できる。
彼の戦後の映画では、登場人物たちは『秋刀魚の味』の笠智衆と加東大介のように概ね海軍に従事したように描かれていたと記憶している。
『早春』の池部良は、戦友と飲むが、ここでは陸軍らしいが、よくわからない。
いずれにしれも、戦争中に慰安所があったのは事実で、しかも中国人や朝鮮人を使っていたのも本当である。
ただ、それが強制連行であるか否かは、非常に微妙なところだが。

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