指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『アルトナの幽閉者』

2014年03月04日 | 演劇

新国立劇場のパンフレットには、日本での主な上映記録が掲載されていて、1967年に早稲田の劇研がこの劇を上演したことも載っていた。

確かにその通りで、1967年の7月、大隈講堂で上演したとき、私は置道具というセットの中の家具の担当で、この劇に参加した。

その前年の秋から参加し、そのときは役者(もちろんほとんどガヤの役の他)、大道具の一員だった。

翌年のサルトル作の劇の中心は、私たちより2年上の4年生で、パンフにも名が出ている田上嘉一さんが演出、主人公フランツは、やはり4年生の岡田さんだった。

田上さんは、早稲田学院に5年いたという人で、岡田さんも慶応高校を性行不良で退学してどこかの高校から大学に来たという、言ってみれば政治や思想にはまったく関心のない「遊び人」だった。その証拠に、田上さんは卒業後、小さいが広告代理店に入ると若くして役員になったくらいだった。

だが、そういう人たちが戯曲を取り上げたのだから、1960年代の二本におけるサルトル熱は大変なものだった。

恐らく、現在の村上春樹を上廻る読者と社会的影響力があったと思う。

その証拠に、唐十郎の劇団の状況劇場は、言うまでもなくサルトルの著作集のサブタイトルの「シュチュアシオン」から来ているのだから。

また、実際に上演した際は、多くの観客が来て驚いたそうである。

さて、今回観る側から見て、この芝居は非常によくできていて面白いことに驚いた。

3時間以上の劇で、役者たちは猛烈に喋る、ある意味でシェークスピアのような台詞劇なのである。

ドイツでも一二を争う大富豪の家では、癌におかされて余命いくばくもない父・辻萬長は、長男・横田栄司と妻・美波を呼びよせ、行く末のことを話す。

その中で、じつは岡本健一が演じる次男のフランツがいて、妹・吉本菜穂子の世話で二階の部屋に閉じこもっていることが明かされる。

幽閉者だが、これはむしろ現在の引きこもりの若者に近い。

そこでフランツは、戦後のドイツ社会のスタンダードに背を向けて、ドイツの正義を証明しようとテープレコーダーのマイクにに向かって演説している。

このドイツの正義を証明しようとし、戦時中に彼が起こした捕虜虐待の事件が明かされる。

この閉じこもりの若者が、アナクロニズムの愛国心に凝り固まっているというのは、現在の日本のネットウヨのようで面白い。

じつは、この捕虜虐殺のことは、フランスで当時大問題になっていた、アルジェリア独立戦争下でのフランス軍の残虐行為の問題であるとのことだ。

だが、我々は1967年の上演当時、うかつにもそのことをほんとんど知らず、第二次世界大戦下でのドイツの戦争責任の問題だと思っていた。

当時の『サルトル全集』にも、そのことは書かれていなかったように思う。

最後は、父と子は、戦争の責任を償うように一緒に死んでゆく。

膨大な台詞をこなした岡本健一はさすがで、まず普通の男優なら、この役は是非ともやりたいとい思うはずで、われわれの1967年の上演の時も、上演を熱望したのは演出の田上さんではなく、役者の岡田さんだったようだ。

また、父の辻萬長も良い。

だが、長男の嫁を演じた美波はともかく、妹を演じた吉本菜穂子のキンキン声はどうにも耳障りだった。

新国立劇場


『フローズン・ビーチ』

2014年03月04日 | 演劇

開演前に隣の若い女性が聞いていた。

「ケラって日本人なの」

「日本人で、ケラリーノ・サンドロヴィッチという人だよ」

ケラの芝居は、劇団健康時代に『カラフルメリでオハヨ』を1991年に見ていて、そのひどさに呆れたことがあり、そのことは『ミュージック・マガジン』に書いた。

そのとき、ただ一つだけ救いと書いたのは、当時十代だったはずの女優秋山菜津子で、その頃から輝いていたのだ。

その後、どういう風の吹き回しか、ケラの演出した作品の評価が高くなり、私も数年前にシアター・コクーンで『二人の夫とわたしの事情』を見て、非常に面白かったので、そのことはきちんと『ミュージック・マガジン』で評価した。

また、このブログでも2010年4月に書いているので、お読みになっていただければとも思う。

今回の劇は、大して面白くもなく、なんだという感じだった。

この落差は、どこにあるのか。それは彼自身が作・演出した時はあまり面白くなく、『二人の夫とわたしの事情』のように(これはモームだった)誰か他人の脚本を演出した時には結構面白い結果になるということだろう。

今回は、ケラの作で、演出は若い方のようだが、そうなると元のケラの発想と言うか、その趣旨を大きく逸脱することは難しいだろう。

その意味では、今度の作品は、昔のようにケラの作・演出の良くないところが出ていたように思えた。

話は、カリブ海あたりの南国の島で、そこにいる金満家の日本人男の後妻など関係女性5人の話である。

一人二役などもあり、筋が混乱しているので非常にわかりにくく、笑いも面白さもなにもない。

1980年代、90年代、そして2000年代と時代が推移し、いろいろあるが、最後は特にどうということなく元に戻ってしまう。

要は時間の無駄である。

様々なギャグらしき趣向もあるが、唯一笑えたのは、美川憲一の『さそり座の女』がなぜかステレオから掛かるところのみ。

個々の女優について何かを言うべき気も起きないので、石田えり、松田美由紀、渡辺真起子、山口美也子の4人については、ご苦労様とだけ書いておこう。

この湘南文化センターの奇妙なデザインは、建築家長谷川逸子女史のもので、ここに来るのは開館時以来である。

ぴかぴかの宇宙的な外観が老朽化してうらぶれて、捨てられたような感じになっていたのは、なかなか感慨深かった。

その内、打ち捨てられたコンビナート施設のようになるに違いない。

このピカピカ施設とは対照的に、周囲の店が多数張付き、都市化しつつあるのは非常に良いことだと感じられた。

 


『ワイルド・バンチ』は

2014年03月04日 | 映画

アメリカの映画アカデミー賞が発表され、関連記事としてオスカー像のモデルは、メキシコの俳優・監督だったエミリオ・フェルナンデスだったことが出ていた。

さて、エミリオ・フェルナンデスで有名なのは、サム・ペキンパー監督の『ワイルド・バンチ』でのメキシコの将軍役だろう。

「将軍どころか、ただの野盗の親玉だ」とウィリアム・ホールデンらにバカにされるが。

このホールデンや彼に協力して全員が壮絶な死闘をくり広げた後に、唯一生き残るロバート・ライアンの演技の素晴らしさは、何度見ても涙が出る。

最後、マパッチ砦で全滅してしまうのは、「壁の穴」ギャング団で、西部開拓時代に勇名を馳せた連中だが、このギャング団の前身一団は、なんと映画『明日に向かって撃て』のブッチ・キャシディーとサンダンス・キッドなのである。

つまり、『明日に向かって撃て』の後日談が『ワイルド・バンチ』というわけである。

                 

この2作品には、それぞれの時代を象徴する交通手段が出てくる。

『明日に向かって撃て』では、キャサリン・ロスを乗せてロバート・レットフォードがB・J・トーマスの名曲『雨に濡れても』が流れる自転車である。

対して『ワイルド・バンチ』では、フルナンデス将軍は自動車に乗って現れる。

自転車から自動車へ、モータリゼーションの革命の時期だったわけである。

因みに、この「壁の穴」ギャング団は、アメリカで最初に列車強盗をやった連中でもある。