イスラエル政府はハマス壊滅を名目にガザ地区でパレスチナ人を殺している。即時停戦を呼びかける世界の世論を無視してパレスチナ人を殺している。
きょう、BSTBSの「報道1930」で、ドイツではイスラエル政府批判が難しいとの話をしていた。ドイツは、1931年から敗戦の1945年まで、ユダヤ人を迫害、虐殺した歴史があるため、反ユダヤ行為に厳しい規制があるからだ、と言う。
鶴見太郎の『イスラエルの起源』(講談社選書メチエ)、森まり子の『シオニズムとアラブ』 (講談社選書メチエ)を読むと、イスラエル国とユダヤ人とを区別しないといけないことがわかる。イスラエル国を建設したのは、当時、ロシア帝国の一部であったポーランド、ウクライナ、モラヴィアの地のシオニストのユダヤ人たちである。
ドイツのナチスが殺したユダヤ人は、ヨーロッパ文化に同化しようとしたユダヤ人である。ナチスは、キリスト教に改宗したユダヤ人をも殺した。宗教戦争でもなんでもない。民族浄化である。アルベルト・アインシュタイン、ハンナ・アーレント、ジークムント・フロイトたちは、人類のなかの一個人として生き、シオニストに組みしなかった。
なぜ、90年前のドイツ人がヨーロッパ人として生きるユダヤ人を殺す羽目になったのかを、顧みることは、いまを正しく生きる上で確かに有用である。
ナチスを生んだのは、新興ドイツが、第1次世界大戦で、イギリス・フランス・アメリカ連合軍に負けて、ドイツ人が何百年前から住んでいた東ヨーロッパの土地を追われたからである。ナチスは民族主義を掲げ、スラブ人を追いやって、ドイツ人の生きる空間を広げることを主張した。失われた土地を奪い返すという論理ともに、ナチスは、東方に住むスラブ人、ユダヤ人へのドイツ人の差別感情を利用した。差別感情は、劣等感からくるものである。当時、ドイツ人には遅れて西欧社会に参加したという、劣等感があったからだ。
民族主義は迫害だけでなく劣等感からも起きる。
しかし、ドイツ人がユダヤ人を迫害したことが、いまのイスラエル国を批判しないことになるのは、おかしい。ドイツがかって犯した同じ誤りをイスラエルがいま繰り返している。
イスラエル国は、シオニストが、アラブ人を武力で追い出して、イギリス委託統治領パレスチナに建国したものである。
私が子どものとき、『栄光への大脱出』というハリウッド映画があった。ドイツで迫害されたユダヤ人がパレスチナの地に移住しようとするが、イギリス政府に捕らえられ、キプロス島の難民キャンプに送られる。そこを脱出して、聖書に導かれ、パレスチナ地にイスラエル国を武力で建設するという映画である。ポール・ニューマンが主役をしていた。映画音楽も壮大で素晴らしかった。子どもの私はすっかり騙されて、イスラエル国建設は正義だと思った。
実際には、イスラエル国建設は正義でもなんでもない。
1880年代からロシア帝国のユダヤ人がパレスチナに移住しだし、もともとの住民ともめごとを冒し始めた。そのうちのシオニスト右派のへルートは、テロ活動をし、アラブ人の村の住民を虐殺したこともあった。このテロリストの一人が後にイスラエル首相になるメナヘム・ベギンである。シオニストには、工業化された西欧市民社会に対する劣等感があり、それがアラブ人に対する差別感情につながった。彼らはアラブ人の権利を認めない。
1947年に国連は、イギリス委託統治領パレスチナの地を、ユダヤ人の国とアラブ人の国に分割すると決議した。しかし、これは実行されなかった。シオニストは翌年一方的にイスラエル国建設を宣言し、幾多の戦争を経て、パレスチナの全土を占領した。アラブ人の国という国連決議は、イスラエルの暴力の前にぶっ飛んでいる。
1990年代にアメリカ大統領ビル・クリントンの仲介でイスラエル国とパレスチナ人の和平が進むように見えたが、シオニスト右派リクードが政権を取ることで、和平がすっ飛んでいる。1993年のオスロ合意は、イスラエル国占領地にパレスチナ人の自治区を設けるとうものだが、その自治区は分離壁に囲まれた小さな地域の集まりで、互いにつながっていない。したがって、イスラエル政府の許可がなければ行き来できない。ガザ地区はそのなかの最大の自治区である。
いま、イスラエル政府はハマスを壊滅すると言っているが、ハマスは、自治区での最初の選挙で勝利した党派である。イスラエルはハマスの勝利を認めず、それ以来、自治区では選挙ができていない。ある世論調査によると依然としてハマスが自治区内で最も支持されている党派であるという。
現在、イスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフは、ガザ侵攻でハマスを壊滅するというが、それは、大量のパレスチナ人を殺害することになる。暴力でアラブ人抑え込むと言うのは、正義でもなんでもない。ドイツ人はイスラエル政府を非難する権利がある。