日本社会では、コースが決まっていて、コースから外れるとなかなか戻れない、と多くの人が思っている。やり直しがきかないと多くの人が思っている。
ことし、週刊女性と朝日新聞がそうでないという記事をのせた。
藤井健人は、中学校時代に不登校で、定時制高校しかいけなかった。が、そこで、普通になりたいと猛勉強をして、早稲田大学、東京大学大学院に進み、定時制高校の教諭を経て、今年、文科省のキャリア官僚になったとのことである。
一見、めでたし、めでたしのようだが、彼はもう少し問題をえぐった発言をしている。
<不登校だったころ、周囲から「人と比べる必要はない」「ありのままの自分を大切に」というような言葉をかけられることがありました。>
「普通」になりたいと願っていた彼は、それらの言葉をうれしいとは感じなかったと言う。現状を変えたいという意欲をくじくものだと言う。
<当時、「不登校も個性や多様性なんだよ」という言葉をかけられることもありましたが、こうした言葉にも抵抗感がありました。>
彼は、望んで不登校になったわけではなく、「普通になりたいのに、なれない」という葛藤にたいして、何の慰めにもならないと言う。
じつは、私は、NPOでうつ状態の子どもに接すると、「自分を肯定して欲しい」と思うことも多い。
斎藤環と與那覇潤も『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(新潮選書)で適度にあきらめることを「成熟」として勧めている。
斎藤と与那覇が「あきらめる」ことを勧めるのは、社会は変えられないが、自分は変えられるからだという。やはり、心を病むことを心配している。
私が「自分を肯定し欲しい」と思うのは、社会から排除された子どもたちが、自分を責めがちだからだ。自分は悪くないと思ってほしい。少なくても、社会が悪いと思ってほしい。
藤井健人が「普通に戻りたい」という強い思いで、不登校から脱出し、早稲田大学、東京大学大学院に進んだことに、彼の精神力の強さを私は賞賛する。しかし、これは「普通」ではない。
彼はこれからキャリア官僚になる。強い自分を基準にすることなく、弱い普通の人がやり直しできる社会を作ってほしい。
参照記事
- 朝日新聞デジタル:あのとき、「普通」になりたかった 不登校だった官僚が伝えたいこと
- 週刊女性:不登校児から“文部科学省職員”へ転身の藤井健人さん