9月28日晴天、探歩会の例会で岐阜県海津市養老町にある「養老の滝」&海津市南濃町にある津谷川の
「彼岸花」を見てまいりました。午前中は養老公園内の「こどもの国PA」から「養老の滝」間の往復路の散策。
午後は「津谷川の彼岸花」&道の駅「月見の里南濃」へと終日楽しんでまいりました。
岐阜県こどもの国の入口前出発 養老の滝方面へ向かう
大野万木句碑:「さりかたき滝の養老夕もみじ」大野伴睦 養老の滝
は郷土美濃国が生んだ大政治家です。俳号を「万木」と
いいました。岐阜西濃両地区に18句碑を残しています。
滝つぼ 養老の滝:滝の水が酒に変わったという「孝子源丞内」
の昔話秘め、古来、文人墨客に親しまれてきた名瀑で
である。 落差30m、巾約4m(日本滝百選の指定)
1丁と刻まれた自然石 養老公園の丁石:丁石は神社仏閣などへの距離を示
した道標の1種です。 養老公園にも滝までの距離を示
した丁石が幾つか残っています。ここには1毛~1里ま
でが表示されています。たとえば、1毛=0.0303ミリ
1丁=60間=109.09メートル、1里=36丁=3.9273メートル
リフトのりば 養老神社:美濃の国神明帳に養老明神。永正元年(15
04)、菅公を合祀して菊水泉のほとりにあるので菊水
天神とも呼び、明治の初期養老神社と改称、北の行宮
跡(神社)から元正・聖武天皇祭場を奉移しました。
菊水霊泉:霊亀3年(717)元正女帝は奈良の都から 名水を汲む場所として設けられている。
行幸になり自ら飲浴され、「老いを養う霊泉」と元号を
養老と改められました。養老山地から湧き出るミネラル
を含む水は病にきく「菊水泉」と名付けられた。(日本の
名水百選に指定されている。)
横綱鬼面山碑:第13代横綱鬼面山谷五郎は文政九年
養老山麓鷲巣の農家に生まれました。京都力士を経て
25歳の時、江戸相撲武隅部屋に入門して修業しました。
鬼面山は全盛時代6尺1寸(186センチ)、39貫(146
キロ)の巨漢でした。 明治2年横綱に昇進。
津谷川の彼岸花(6~7分咲き) 彼岸花
彼岸花 彼岸花
彼岸花
津谷川の彼岸花:地元の人の談によると、今年はこの地方でも15号台風の影響を受け平常時の水位より
1.5mほど高く水嵩が増したとのこと。 その影響で堤防のすそのは、泥が付着しているのが眼にクッキリと
確認できました。 すべて広角で撮影したものからのUPとなりました。 残念でした。
1日駆けずり回って足湯でスッキリ! 行き先の周辺地図