春愁や眠れぬ夜のモーツアルト
長い不眠症である。
まだ十代の娘のころからである。
隣室で父は晩酌をしている。ピーナッツをかじる音が耳について眠れない。
父親にピーナッツを食べるなとは言えない。悶々としていたら涙が出てきた。
布団をかぶって泣いていた。
安普請の家で、隣の様子に気づいた父は、年ごろの娘がしのび泣くとは何事かと仰天した。
本人に訊けず、母親に尋ねたそうである。「なにかあったの?」と母親が訊く。
いやあ、お父さんがいつまでもピーナッツ食べてて眠れなかった―と言って一件落着。
今は誰もわたしの眠りを邪魔するものはいないが、静かすぎて眠れない。
耳元にCDをおいてモーツアルトのピアノ曲を聴きながら眠気が来るのを待つ。
交響曲はいきなりジャジャーンとくるから不眠対策には向かない。べートーベンは少し暗い。
モーツアルトの穏やかさ、ほどよい明るさが好きである。