友だちのお母さんは、もうすぐ100歳になる。
有料老人ホームに入居したころから、
友だちがお母さんのお金の管理をしている。
「年金だけでは足りないけど、多少の貯えを崩していけば、
十年くらいはもつと思うのよ」
あれから十数年、いや、そろそろ二十年近くが経とうとしている。
「そろそろ預金が底をつくけど、まだまだ元気なのよ」
親の長生きを喜ばぬ娘はいないが、複雑である。
こちらも返事に困る。
信じがたいことに、お母さんの歯は至極丈夫そうだが、
奥歯が一本、ぐらぐらしてきたそうである。
ホームの主任は、家族が歯科へ連れていけというらしい。
「ほっとけば抜けるのと違う?」
「風子さんは呑気でいいねえ」
人質同然だから、ホーム側に言われれば、
家族はハイハイと連れていかねばならないのだという。
近くの歯科へ連れていったら、高齢だから何があるかわからない、
うちでは抜歯できないので、大学病院へ連れていけと言われたそうである。
「もう入れ歯はいらないでしょう、紹介状を書きます」
卒倒でもして訴えられたりするのを恐れ、年寄りを診たくないのだろう。
入れ歯の儲けもないもんねえ。
子供のお口の方が可愛いしねえ。
大学病院となると一時間も二時間も待たされる。
100歳の老人が、抜歯一本でばかばかしい話だがこれが現実のようである。
超高齢化社会で、「死ぬまで生きる」のはなかなか難しい。