ひまわり博士のウンチク

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「命どぅ宝」の原点を探る

2012年02月04日 | 昭和史
 戦さ世んしまち
 みるく世ややがて
 嘆くなよ臣下
 命どぅ宝

   〈意味〉
   「戦世」は終わった 
   平和な「弥勒世」がやがて来る
   嘆くなよ、おまえたち、
   命こそ宝

 沖縄で反戦平和の合い言葉になっている「命どぅ宝」について、その原点を調べる必要が生じた。
 いつどこでだれから聞いたか忘れたが、この言葉は琉球王朝最後の国王である尚泰が、琉球処分で首里城を明け渡すときに民の前で歌ったとされると信じていた。
 
Shoutaioh
 琉球王国最後の国王、尚泰。
 
 その話が先日、大田昌秀さんとお会いしたときに出て、大田さんは「じつは私もそう思っていたんですがね」と僕の浅学をフォローしてくれながら語ってくれた。
 琉球大学に留学に来ていたロンドン大学の学生が、この言葉は沖縄芝居の台詞であることを話してくれて、『沖縄芸能史話』(矢野輝雄 著)にそのあたりが詳しく出ているという話だ。
 この本は1974年に日本放送出版協会から発行されて後、1993年に榕樹社から新訂増補版が発行されている。杉並中央図書館に出向くと新版はなかったが、旧版が一冊あった。
 
Yano_teruo2
 1974年発行の『沖縄芸能史話』。四六判で456ページ。
 
 大田さんからいくつかのヒントをもらっていて、この本を紹介してくれた他、山里永吉の作による「首里城明渡し」という沖縄芝居についてお話ししていただいた。その芝居の幕切れで、「散山節(さんやまぶし)」が演奏され、それにのせて「命どぅ宝」が歌われたことなどである。
 山里永吉という人は画家で劇作家、有名な著書に『沖縄歴史物語』(勁草書房)がある。
 
 『沖縄芸能史話』の旧版には、ことさら「命どぅ宝」についての記述はなく、山里が標準語で書いた脚本の一部と、上演時役者によって翻訳されたウチナーグチの台本が対訳で掲載されていた。
 原作には「戦さ世ん 済まち/弥靭世ん やがてぃ/嘆くなよ臣下/命どぅ宝」の歌が散山節として存在していて、ウチナーグチに訳された方はその部分が、同じ散山節としながらも歌詞が異なり「朝夕(あさゆ)住(し)みなれて/暮らちちゃる御城(ぐしく)」となっている。
 これだと上演のときに「命どぅ宝」は消滅していたことになる。ただ、もともとの脚本にはあった様子が確認できた、……と思った。
 これはもしかすると新版の方に詳しくのっているのではないかと、古書店に半額で出ていた『新訂増補版 沖縄芸能史話』を購入した。だが、期待に反して旧版以上の記述はない。
 
Yano_teruo
 1993年発行の『新訂増補 沖縄芸能史話』。A5判で440ページ。
 
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 大野道雄『沖縄芝居とその周辺』。A5判並装312ページ。
 
 あるとき偶然、琉球大学の仲程昌徳教授による、『「首里城明渡し」小論』と題する論文に出合った。そのなかで、名古屋の沖縄近代史研究家、大野道雄氏が著した『沖縄芝居とその周辺』(みずほ出版)に以下のような記述があることが紹介されていた。
 
  さて、もう一方の山里永吉の作品は、昭和五年(一九三〇)に大正劇場で初演された「首里城明渡し」の終幕のセリフといわれています。この芝居のあら筋は、明治十二年(一八七九)、沖縄にも廃藩置県が布告され、王府の様々な抵抗空しく、泣く泣く明治政府に首里城を明け渡すという物語なのですが、この終幕で、いよいよ最後の琉球王尚泰が那覇港から東京に出発するとき、見送りに来た人々にいうセリフが「戦さ世ん済まち・・・・・・・」なので、このあと散山節の絶唱で幕となる。というのが現在上演されている「首里城明渡し」です。
 ところが、昭和五年に発表された原作には、この那覇港の別れの場が無く、したがって「命どぅ宝」の名セリフも無く、散山節もありません。終幕は首里城から移った中城御殿(現在の沖縄県立博物館)で、尚泰が寂しく城を眺めて幕、となっています。「命どぅ宝」が出て来るのは、同じ山里永吉作でも昭和七年に発表され上演された「那覇四町昔気質~廃藩置県と那覇人気質~」という芝居の方なのです。この芝居もサブタイトルにあるように、廃藩置県をあつかった作品で、終幕は那覇港、船上の人となった尚泰が「戦さ世」のセリフをいい、地謡が同じ歌詞を散山節で歌って幕になります。「大詰めに散山節がはいって幕になるが、私の戯曲としては最初の試みである」と作者がわざわざ断っているところをみると、「命どぅ宝」の名セリフはこちらが本家でしょう。

 
 矢野の『沖縄芸能史話』の記述に反して、山里の「首里城明渡し」にはもともと「命どぅ宝」の歌はなかったというのである。山里にはもう一つ廃藩置県にかかわる沖縄処分を題材にした「那覇四町昔気質~廃藩置県と那覇人気質~」という作品があって、こちらの方に出てくるという。
 さらに、山里のこの二つの脚本のほかに、真境名由康(まじきなゆうこう)による「国難」という作品において、すでに歌われていたとある。この芝居では1609年、薩摩の侵略で破れた尚寧王が、首里城内で家臣一同との別れに際してこの歌を詠む。成立年月日ははっきりしないが、真境名の創作活動期から判断して、山里と同時期かそれ以降であろうと思われる。
 さあ、どれが真実なのか。
 沖縄芝居は、おおかたが口立てといわれるアドリブ演劇である。大まかな筋は決まっているが、上演にあたっては動きも台詞も役者まかせ、したがって、台詞などの詳細な記録は残らない。
 大正から昭和初期にかけて活躍した伊良波尹吉(いらはいんきち)という、尚泰王を演じさせたらぴかいちという名優がいて、彼が「首里城明渡し」上演の際、山里の脚本に「命どぅ宝」の歌を創作し加えたという説もある。
 
 結局、はっきりした原点は不明なのだ。しかし、この有名な「命どぅ宝」の歌が、明治初期の琉球処分で尚泰が城を出て行くときに歌ったものではなく、後の沖縄芝居のなかで歌われたことは間違いないようだ。脚本家の山里永吉、真境名由康、さらには役者の伊良波尹吉のいずれかが創作したのか、あるいは上演を重ねるごとにじょじょに完成されていったものなのか、これを突き止めるには相当な労力と資料の探求が必要だ。
 
Sai_on_2
 18世紀の琉球政治家、蔡温。
 
Saion
 1967年発行の『蔡温選集』(沖縄歴史研究会)。本当は全集が欲しいのだが、高価で買えない
 
 もう一つ、大田さんから重要なキーワードをいただいた。18世紀の琉球政治家に蔡温(さいおん 1682-1762)という人がいた。たいへん優秀な人物で、多くの著作を残したが、ほとんどが沖縄戦で消失したという。残された著作の一つに『教条』という名言集があって、漢文で書かれたものだが、そのなかに次のような意味の文章がある。
 
 何ものにも勝って命こそが大切である。他のすべてのものは失っても取り戻すことができるが、命だけは取り戻すことができない。何よりも命を大切にすべきである。(大田昌秀氏より)
 
 これはまさに、「命どぅ宝」の哲学を言い表している。

 まとめよう。
 1. 「命どぅ宝」の哲学は、18世紀の政治家蔡温によって語られていた。
 2. 歌の原型は、真境名由康の「国難」、山里永吉の「那覇四町昔気質」か「首里城明渡し」の脚本または上演時の台詞、いずれかがはじまり。
 3. 歌が広まったのは、伊良波尹吉ら役者の技量によるところが大きい。
 4. 以上から、琉球処分のときに首里城を去る尚泰王本人が歌ったものではない。
   大正から昭和にかけて沖縄芝居のなかで育ち、一般に広まり現代に至った。
 
 というところだろう。
 
 琉球・沖縄の人々に親しまれ尊敬された蔡温の哲学が、現代の沖縄の人々の心に伝わり残されていることは、沖縄近代史を語るうえで欠かすことができない。
 
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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
初めて知ることばかりで、大変興味深く拝読しました。 (みどり)
2012-02-05 20:33:37
初めて知ることばかりで、大変興味深く拝読しました。

「命どぅ宝」の哲学が民衆に支持され広まっていった様子に、心ひかれます。
蔡温という政治家、素朴に考えると徳川吉宗の時代ですよね。その時代に、そうした哲学が語られていたことに驚きました。沖縄の歴史に学ぶこと、たくさんありますね。

講話を聴くべきは私たちであり、何より本土の政治家、役人では?
返信する
みどりさん (ひまわり博士)
2012-02-06 00:03:19
みどりさん

「命どぅ宝」の琉歌は、特定のだれかの作というよりは、庶民の力で完成されていったと思いたいです。あれだけ力のある歌は、個人の力量を超えていますから。
取り寄せた『蔡温』選集は、漢文と読み下し文はついていますが、現代語に訳してありません。読むのに相当エネルギーが必要です。
現代語訳で出版してほしいですね。
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