離婚に苦しむ人へ

今、苦しんでいるあなたに寄り添って。

苦しみの数は無数にある

2020-01-22 00:00:01 | 日記
私はグリーフカウンセラーだが、

同じようにグリーフを学ぶ人たちとの交流もある。

そもそも、自分が幸せで、順風満帆な人生なら、

わざわざグリーフを学ぼうとする人の方が少ないのではないだろうか。

精神科医、カウンセラー、看護師、医者、葬儀などを仕事とする人には、

普通よりは多いかもしれない。

それでも、誰もが知っているわけでもなく、

グリーフについて無知な医療関係者やカウンセラーもたくさんいるのが現実だ。

学ぶ人たちの動機を聞けば、

やはりそこには、苦しみがあることが多い。

若くして伴侶を亡くしたり、子供を亡くしたり、

もちろん離婚もそうだし、震災経験もあるし、

とにかく、何かの大きな喪失体験をしていることが多い。

だからこそ、人生や生死をほんとうの意味で問い、答えを求め、

価値観を問われ、自らの心理的状況を知ろうとして学びだす。

私自身も、離婚後のあまりにケタ外れた苦しみと、理解できない虚無感、喪失感、

自己崩壊しそうな日々のなかで、その理由を必死に探していた。

誰も、それが悲嘆とかグリーフという言葉で、そして私の感情、状態が

そこに当然付随するものだとは教えてくれず、どうして悲嘆という言葉を知ったのか

思いつかないが、出会うことができて、まさに私は悲嘆にあり、グリーフの状態なのだと

知ることができたことが、救いのはじまりだった。

けして精神的におかしくなったのでもないし、何か自分が病気になったのでもない、

まさに自分が体験している状況そのものこそ、グリーフなのだと。

そこからは、手当たり次第に学びを深めた。自己理解のために。

知ることで、理解することで、少しでも心の支えになればと。

そこで気づくのは、苦しみはほんとうに人それぞれで、同じようではあっても

同じものはなく、その苦しみに対する対処も、立ち直り方も、それぞれなのである。

だから、このブログで私が書くことも、ひとつの例であるし、

コメントしてくれる人たちも同じである。

それと比べることも必要ない。

ほんとうの意味で自分という人間を知ることができる数すくない機会でもある。

うれしくはないが、望んでいたわけではないが、

この苦しみに直面した以上は、何を学び、気づけるかどうか。

こう言ってしまうと、気づけるかどうかという二択になりプレッシャーになることもある。

だから、決してそうではなく、私にとっては気づくことが救いになったということをお伝えしているだけで

いつも言うように、それが絶対ではない。

正解もないし、こうでないといけないということもない。

幸せなときには気づけない、順調なときには知ることすらできない

そんな人生の大切な数々の事実に気づける時間でもある。

何度も言うが、歓迎しない時間だし、しんどい時間で、早く過ぎ去ってほしいに決まっている。

だが、簡単には過ぎ去らないし、当分はかかかるかもしれない。

コメント欄でも2年、5年、7年と長い時間苦しんでいる方がたくさんいる。

実際に私もそれを経験した。

当時の私にもそれはわからなかったが、

人生の本当に大切な真実、物事に気づけたときから、苦しさが変化しだしたように思える。

それもゆっくりと、ゆっくりとだし、何度も言うが、当時はその変化に逐次気づけたわけではない。

今日も一日、あなたが耐えてきたことを想いながら、

これを書いています。

ではまた。

コメント (6)
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