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一気読み「町おこしの賦」031-040

2018-03-01 | 一気読み「町おこしの賦」
一気読み「町おこしの賦」031-040
031:研究テーマ
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

放課後、恭二は新聞部部室をのぞいた。二年生の田村睦美がいた。
「こんにちは」
 恭二はあいさつをして、窓辺の椅子に座る。原稿から顔を上げて、睦美は思い出したようにいった。
「瀬口くんはいいときに、新聞部に入ったのよ。前の佐々木部長のときは、書きたいことは一切書かせてもらえなかった。きれいごとばっかり。私が一年の時、抜き打ちテストの是非という記事を書いたんだけど、批判的だと没にされた。今度の愛華部長は真逆の人だから、やりがいがあるわ」

 詩織が入ってきた。恭二を認めて、手を振る。
「二人ともそろそろ、研究テーマを決めなさいね」
 睦美は鉛筆をワイパーのように、左右に振り続けた。
「もし決まっていないのなら、私たちの『文学のなかの高校生』に参加してくれてもいいよ」
 睦美は何人かの部員と、小説のなかに登場する高校生像を収集している。読書が苦手な恭二には、歓迎できない誘いである。

 帰り道、恭二は詩織に、研究テーマについて質問した。
「まだ何も浮かばない。でもせっかく何かの研究をするのなら、恭二と二人でやりたい」
「おれも同感だけど、何を研究したらいいんだ?」
「義務じゃないんだから、焦る必要はないよ」
「それにしても、菅谷幸史郎の演説はすさまじかった。詩織の教室にもきた?」
「うん。標茶の活性化のために、貢献できる高校を目指すといっていた」
「愛華部長と一緒だよな。二人とも前向きだ」
「菅谷さん、勝てるかしら?」
「越川さんには運動部の票があるし、微妙だと思う。でもあの演説を聞いたら、何としても勝ってもらいたいよね」

町おこし032:靴箱のビラ

――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

 翌日、新聞部の緊急会議があった。全員が集ったことを確認して、南川愛華は一枚の紙片をひらひらさせて語りはじめた。
「菅谷幸史郎さんを中傷するビラが出まわっています。みなさんの靴箱にも、入っていたと思います。これは明らかに、対立候補の越川翔側がばらまいたものだと思います。許せません。菅谷さんは町の活性化に寄与できる高校を目指すと主張しています。これは新聞部の目指す方向と完全に一致しています。だから、私たちは力を合わせて、菅谷さんが生徒会長になれるように応援したいと思います」
 ビラは恭二も見ている。菅谷幸史郎は共産思想を持ったアイヌである、と書いてあった。
「同じクラスの猪熊勇太くんが推薦人代表だったのですが、野球部の顧問から運動部の推薦は越川だといわれて、推薦人を外されました」
 詩織は、着席した愛華に向かっていった。
「知っているわ。だから菅谷さんは独りで演説して歩いているの」
「菅谷さんは勝てますか?」
 田村睦美が質問した。
「一年生では、学校のことはわからない。先生たちも、みんな越川を応援している。だから私たちが力を合わせて、菅谷さんを応援するの」
「おれたちもビラをまきますか?」
 愛華の言葉を継いで、恭二がいった。
「ダメよ。ビラまきは校則違反なんだから」
 愛華はきっぱりと拒絶してから、「明日から私が、推薦人の応援演説をします」といった。どよめきが起こった。愛華は続ける。
「みなさんは個別に、生徒を説得してください。ビラの件はみんな知っているんだから、それが校則違反だと伝えてください。そして菅谷さんの標茶町を元気にしたい、というメッセージを広げてください」
 
町おこし033:ちん入者たち
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

 翌日から南川愛華は菅谷幸史郎と一緒に、熱心に昼休みの教室回りを実行した。愛華はビラを頭上にかざして、その不当性を訴えた。幸史郎は胸を張って「私にはアイヌの血が流れています。もう一つの共産思想については、残念ながら正しくない情報です」と笑い飛ばした。

 放課後の新聞部部室に、三人のちん入者が現れた。前島豊とその仲間たちだった。
「南川はいるか?」
 入るなり、前島は室内を見回した。愛華は不在だった。前島は恭二を見つけて、「越川がビラをまいたなんて、デマを流しやがって。あれは菅谷が自分でやったことだ。南川にそう伝えろ」と吐き捨てた。
「票を稼ごうとして、菅谷が自作自演したんだよ。汚い手を使った」
 背の高い色黒の学生服がいった。
「前島くん、変ないいがかりはつけないで。出て行きなさいよ。私たちは編集で忙しいんだから」
 田村睦美は、顔を紅潮させて指を突きつけた。前島はひるまず部屋を歩き回り、「この印刷機でビラを作ったのか」と印刷機を叩いてみせた。
「出て行きなさいよ。先生を呼ぶわよ」
 秋山可穂が甲高い声を発した。

 三人が消えてから、恭二は情けない思いにかられた。何も反発できなかった自分が、情けなかったのである。同時に越川グループに対する怒りも、ふつふつとわき上がってきた。そこへ愛華が入ってきた。
「前島たちが乗りこんできたでしょう。今、そこで会ったわ。菅谷さんがビラを自作したんだって、血相を変えていた」
「そんなことをするはずがないのに、とんでもないいいがかりだわ」
 田村睦美はため息まじりにいった。
「ビラのことはもういわない。さっき菅谷さんとそう決めたの。だから堂々と施策で闘うわ」
「あいつらの施策は、何なんですか?」
「クラブ活動の活性化。その予算を厚くするんだって」
 恭二の質問に、愛華は笑いながら応えた。下校時間を告げるチャイムが鳴った。
「こうなったら、絶対に負けられないわね。がんばろうね」
 愛華は大きな伸びをしてから、また笑ってみせた。勝利を確信している顔つきだった。


034:選挙結果
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

一年生が異例の立候補という、生徒会長選挙は大変な盛り上がりをみせた。越川翔は卓球部の主将ということもあり、運動部の熱烈な支援を集めた。さらに数多くの先生たちは、さりげなく越川翔への一票を、生徒たちに促した。
これまでの生徒会選挙では、高々と公約をうたうことはなかった。しかし菅谷幸史郎の場合は違った。標茶町の活性化のために寄与する、と宣言したのである。

菅谷は低学年の生徒と文化系クラブから、大きな支持を受けた。標茶町の活性化にまで言及したのは、開校以来菅谷が初めてだった。多くの教員は困惑した表情で、選挙の成り行きを見守るしか術がなかった。

菅谷はアカだ。菅谷はアイヌだ。誹謗中傷の声は鳴り止むことがなかった。菅谷はそれらと、真っ正面から対峙(たいじ)してみせた。
「私のことを、アカだといっている人がいます。おそらくどこかの国のような、独裁君主になるといっているのでしょう。そんな気は、毛頭ありません。生徒と先生が同じ土俵で課題について意見を交わし、解決できる学園にしたいだけです」
「私には、アイヌの血が流れています。アイヌの何が、いけないのですか。私はアイヌの血を、誇りにすら思っています。だいいち、標茶という地名はアイヌ語のシペッチャがなまったものです。アイヌ語では、大きな川のほとりという意味なんです」

 これらの演説は、確実に生徒たちの心をつかんだ。そして菅谷は、圧倒的な多数票を集めて当選した。一年生が生徒会長に就任するのは、初めてのできごとだった。
 菅谷は生徒会顧問と相談して、副委員長に柔道部の野方智彦、書記に農業科の寺田徹を選んだ。二人とも、以前にちらっと登場した人物である。

035:僻地小学校訪問
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

標茶町の過疎地で学ぶ、小学生や中学生に夢と元気を与えたい。菅谷幸史郎は、生徒会長就任のあいさつで、こう述べた。
標茶町には、六つの小学校がある。標茶小学校を除くと、ほかの五つの児童数はきわめて少ない。それらの小学校を、ブラスバンド部、合唱部、人形劇部が中心となって、訪問しようということが決まった。
新聞部部長の南川愛華は、諸手をあげてこの企画に賛成した。愛華には、別の取材が入っていた。当日の随行メンバーとして、瀬口恭二が指名された。

最初の訪問先は、南川愛華の父が校長を務める、虹別小学校であった。児童数三十八人。派遣されたのは、生徒会役員三人、ブラスバンド部十八人、合唱部十二人、人形劇部十二人。それだけでも児童数を上回った。恭二は首からカメラをぶら下げ、取材用のノートを持って、二台のトラックの片方の荷台に乗りこんだ。

標茶町を抜けると、たちまちアスファルト道が消えた。小刻みに揺れる荷台では、人形劇部のセリフ稽古が続いていた。幸い二台のトラックの先頭車両だったので、土埃の襲来はまぬがれた。
「きみは瀬口くんだよね。生徒会長の菅谷です。本日の取材、よろしく」
 彩乃さんのことを伝えようと思ったが、菅谷は話を続ける。
「この企画は新聞部の南川さんから、アドバイスされたものなんだ。子どもたちの弾けるような笑顔が撮りたいって、張り切っていた。私たち高校生にできることは、まず後輩へのやさしい眼差しだっていっていた」
「部長は町議会の取材なので、今回はこられません。残念がっていました」
「新聞部は町議会まで、取材をするのかい?」
「『私たちにもいわせて』という企画を連載することになって、今回は会社の博物館と日本三大がっかり名所に、フォーカスをあてることになっています」
「あれは、とんでもない税金の無駄遣いだよな。あんなものこしらえたって、町の活性化にはつながらないさ」

036:それが普通のことなんだ
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

 子どもたちの大歓迎を受けて、「三匹のこぶた」の上演が終り、合唱とブラスバンドの演奏も終わった。昼食時間には、児童との弁当の交換が行われた。これは恭二が提案したもので、菅谷が受け入れてくれた。
菅谷は恭二の隣りに座って、児童と交換した弁当を見せてくれた。麦ごはんの上に、生味噌が乗っているだけの質素なものだった。あっちこっちから、児童の「白いご飯だ!」という喜びの声が聞こえた。
 恭二は自分の発案が、児童に受けたことに満足していた。しかし、持参した弁当の蓋を開けかけて、すぐに閉じてしまった。児童の弁当を見た瞬間から、胸が痛んでしまったのだ。

 帰り際、南川小学校校長に、インタビューをすることができた。愛華と目元がそっくりだった。
「合唱も、ブラスバンドも、人形劇も、子どもたちは大喜びだった。あんな笑顔は、運動会のときにしか見られない。このあと阿歴内(あれきない)や中茶別(なかちゃんべつ)にも行くんだよね。老婆心ながら伝えておくけど、あの弁当交換はいただけない。
子どもたちは自分たちの弁当を、普通だと思っていた。ところが白いご飯だと叫んだ彼らは、自分たちの弁当の貧しさを知ってしまったんだよ。今度行く先では、ご飯の炊き出しとか芋煮とか、子どもたちと一緒に作る方がいいね」
 話を聞いて恭二は、自分の企画が浅はかだったことを知った。
「申し訳ありませんでした。今後の参考にさせていただきます」
「こういうところの小学生は、労働力なんだ。だから朝早くから起きて牛の世話をし、収穫期には学校にもこられない児童がいる。働くことも、麦だけのご飯も、彼らにとってそれが普通のことなんだよ」

恭二は南川校長のいう「普通のこと」という言葉が身にしみた。もう一度、「すみません」を繰り返した。。
「いいってことさ。すんでしまったことなんだから。ところできみは、うちの愛華のところの新聞部なんだろう」
「はい。愛華さんは、部長をしています。妹の理佐さんとは、同じクラスです」
「よろしく頼むね。二人とも田舎に引き連れてこられて、いまだにブーブーいっているんだ」

037:社会的な貢献
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

放課後、恭二は夏休み中に読む本を選ぶために、部室に顔を出す。新聞部の部室には書棚があり、先輩たちの代からの寄贈本が並んでいる。長島太郎先生の姿があった。窓辺で本を読んでいた。
「長島先生、こんにちは」
「瀬口か、今日は藤野と一緒じゃないのか」
「ええ、いつも一緒ってわけでは……」
「おまえたちの時代が、うらやましいよ。社会人になったら、社会的な責任というのがのしかかってくる」
「社会的な責任ですか?」
「働いて報酬を得る。これは自分や家族の幸せだけを、意味しているのではない。困った人を助けるための、税金を稼いでもいる。しかしその税金は、的確に配分されていない」

 恭二はとっさに、二つのプロジェクトのことを思う。貧しい菅谷兄妹のことを思う。
「つまり社会的な責任とは、税を納めることだ。そして誰かのためにつくすことだ」
「誰かのために、つくす、ですか?」
「そうさ、瀬口は今、誰かのためにつくしているか?」
 頭のなかに、いろいろな人の顔を浮かべてみる。適当な人が見あたらない。
「辺地校への訪問。あれは子どもたちに、夢と元気を与えたかったんだろう。会社の博物館の件も、町の人たちに喜んでもらえる場にしたい、と話し合ったよな。今の新聞部には、そんなやさしい眼差しが芽生えつつある。ただし、何かをやったときには、その行為に社会的な責任が生ずる」

 恭二は考えこんでしまう。自分たちの提案を、長島先生は社会的な責任を持って、受け止めてくれていた。おれたちには、まだ社会的な責任はない。何と甘っちょろい、世界にいるのか。そう考えて、恭二は質問した。
「先生、おれたち高校生に、社会的な責任はないのですか?」
「ある。親の期待に応えること。しっかりと勉強して、やがて社会の役に立つようになること。そして、若い力を誰かのために活用することだ」
「誰かって、誰のことですか?」
「すべての人だよ。両親、兄弟、クラスメート。そして、近所の人や困っている人。これらの人を全部まとめて、社会は形成されている」

廊下から、足音が聞こえた。詩織が顔を出す。
「瀬口、藤野くんだ。彼女以外に関心を抱く人、
関心のある現状を、どんどん増やさなければならない。きみたちは豊かだけど、世の中には困っている人がたくさんいる。底辺を見ろ。そこに暖かな手を、差し伸べられる人になることだ」
「長島先生、こんにちは」
 快活にあいさつをして入ってきた詩織の笑顔を、恭二はまぶしく見つめる。

038:マシュマロみたい
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

 恭二は詩織と一緒に、部室を出る。
「長島先生と何を話していたの?」
 さっそく、質問の矢が飛んでくる。恭二は頭のなかを整理してから、詩織に告げる。
「詩織と一緒に、世の中に貢献できる何かを探しなさい、っていわれた」
「私と恭二とで、どんな貢献ができるの?」
「おれ一人では、何もできない。でも詩織と一緒なら、何かができる。でも二人だけでは、限界がある。だから、新聞部の仲間とやる。これをどんどん、広げていくわけだ」
「何だか、よくわからない。でもみんなで力を合わせてやる、っていうところは理解できる」
「自分たちでできないことは、誰かに委託する。それが選挙だよ。衆議院や参議院の選挙、この前あった生徒会長選挙。みんな委託する行為だったんだ」
「恭二、だんだん賢くなってきた」
「てへへへ。実はおれも、そう思っている」

「恭二、きて!」
 戸外に目をやり、詩織が叫んでいる。雨だ。詩織はかばんから折りたたみ傘を取り出し、恭二に聞いた。
「恭二、傘持っていないの?」
 うなずいてみせる。
「天気予報は、雨っていっていたでしょう。ちっとも、賢くないんだから」
 詩織の小さな傘に、潜りこむ。恭二は自分のかばんのなかにある、傘を手のひらで確認する。詩織の傘をかざしたとき、ひじがやわらかいものに触れた。マシュマロみたいだ、と思った。恭二はその弾力を楽しみながら、長島先生っていい人だなと思う。「底辺を見ろ」という言葉が、心の片隅をわしづかみしていた。
 雨が強くなってきた。二人は小さな傘のなかで、二つの磁石のように密着した。恭二は傘を低く修正して、ひじの位置をマシュマロに固定した。高まった鼓動は、傘を叩く雨音で消された。冷たい雨だったが、恭二の心臓は熱く早鐘を打っている。
 中学の卒業旅行の夜が、脳裏をよぎった。あの日恭二は、捕手から投げ返されるボールを受け取るみたいに、詩織の隆起を手のひらに包んだ。


039:町長へのインタビュー
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

南川愛華新聞部長は、藤野詩織と秋山可穂と一緒に、町議会の控え室にいる。議会がはじまる前に、越川常太郎・標茶町町長にインタビューすることになっていた。
前回のアポイントのときは急用が入ったとのことで、インタビューは実現しなかった。約束の時間に十五分ほど遅れて、ビア樽のような姿態の町長は、北村広報課長とともに現れた。
「標茶高校新聞部のみなさん、ようこそ」
 秘書にかばんを渡して、町長は重い体をソファに沈めるなり、笑ってみせた。遅れたことへの、釈明はない。
「では、遠慮なく質問させていただきます」
胸のポケットから紙片を取り出し、愛華の質問がはじまった。詩織はペンを握り、可穂はカメラのレンズを向けた。

「標茶町の人口ですが、人の数より牛の数の方が多いというのは事実でしょうか? 事実だとしたら、人間が減ったせいなのか、牛が増えたためなのか、その理由を教えてください」
「いきなり突っこんでくるね。ここのところ冷害続きで、離農する人が増えたこと。逆に酪農は規模を拡大するところが増えたこと。この二つが、人と牛の数の逆転現象を生んだ要因だよ。いま町営住宅を移住希望者に開放するとか、流動人口を増やすとかの対策をしているんだけど……」
「流動人口って何ですか?」
「ごめん、定住していないけれど、観光や仕事などで訪れてくる人の数のことだ」
「そのための手段が、会社の博物館と日本三大がっかり名所の、建設だったわけですね」
「三大スポットは、現在四つ目を検討している」
「二つの事業は、ともに大失敗だとの噂ですが……?」
 それまで黙っていた北村広報課長は、顔色を変えて割って入った。
「きみ、高校生の分際で、大人の世界を論評してはいけないよ」
 餌に魚がかかったときの釣り糸のように、愛華の背筋が伸びる。愛華はすかさず、北村課長の放った言葉を釣り上げている。
「高校生の分際、聞き捨てならない言葉です。なぜ高校生は、町の噂の真相に関心を持ってはいけないのですか?」

 一瞬沈黙が訪れる。詩織の筆記音が大きくなり、可穂のシャッター音が響いた。
「きみたちは、北海道立の高校生だよ。いわば税金で、保護されている身分だ。だから軽々しく大失敗の事業、などといってはいけない」
「おっしゃっている意味が、わかりません。若者は口をつぐめという、理論の根拠を教えてください」
 愛華は北村課長の目をしっかりととらえて、質問を加えた。
「きみたちの本分は、しっかりと勉強すること。町政に口をはさまないでもらいたい。これからという事業を、大失敗などと軽々にいってもらっては困る」
「では、いつごろに投資の効果が上がるとお考えですか?」
 北村の眉間に、しわが刻まれた。愛華はさらに背筋を伸ばした。越川町長は、手のひらを差しだし、愛華の質問を制した。そしていった。

040:聞く耳を持たない
――『町おこしの賦』第2部:痛いよ、詩織!

「あの二つは確かに、かんばしい成果を上げていない。しかし、少しずつ認知度が増しているので、成果が上がるのはこれからだよ」
 町長は、遠い目をしていった。
「生徒会では日曜日限定で、三大がっかり名所の案内をボランティアでやろうかという話が出ています。でも、ほとんど観光客が訪れない現状では、手伝いようがありません」
そういってから愛華は、持参したメモに目を伏せて質問を重ねる。
「駅前の商店街は、次々にシャッターを下ろしています。その理由は後継者がいない、と聞いています。でも標茶町の目抜き通りがあんな状態では、町に活力が生まれないと思います」
「店を閉じるのは、やってゆけなくなっているのも、理由の一つだよ。今はネットで、何でも買い求められる時代だ。人口減も、もちろん閉店の理由だけどね」
そのとき秘書が顔を出し、議会の開会時間だと告げた。
「また今度、取材に応じるから、途中で悪いね」
 越川町長はそういって、姿を消した。愛華は町長の背中に、質問の矢から逃れられた安堵感を見た。

「インタビュー記事はなし、だね。これでは何も書けやしない」
 二人の背中を見送り、愛華は吐き捨てるようにいう。そして続ける。
「北村課長は、元顧問の柳田先生と同じだね。高校生が町の事業に口を出すと、たちまち赤のレッテルを貼ってしまう」
「けんか腰でしたね。上から目線で、あれでは私たちがどんな提言をしたところで、聞く耳を持たないって感じ」
 詩織は、落胆した口調でいった。
「会社の博物館と三大がっかり名所を、どうしたらにぎわわせることができるのか。私たちなりに考えてみるべきと思いました」
 可穂は首から提げたカメラを肩にかけ直しながら、少し上気した声でいった。
「秋山さんは、会社の博物館がいつかにぎわいをみせると思う? それに三大がっかりスポットに観光客が押し寄せてくる日がやってくると思う? 私はノーだね。絶対にそんな日はこない」
 愛華はきっぱりと断言した。足取りが速くなった。詩織と可穂は、あわてて後を追った。 

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