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朱野帰子『わたし、定時で帰ります』(新潮文庫)

2019-10-13 | 書評「あ」の国内著者
朱野帰子『わたし、定時で帰ります』(新潮文庫)

絶対に定時で帰ると心に決めている会社員の東山結衣。、非難されることもあるが、彼女にはどうしても残業したくない理由があった。仕事中毒の元婚約者、風邪をひいても休まない同僚、すぐに辞めると言い出す新人…。様々な社員と格闘しながら自分を貫く彼女だが、無茶な仕事を振って部下を潰すと噂のブラック上司が現れて!?働き方に悩むすべての会社員必読必涙の、全く新しいお仕事小説! (「BOOK」データベースより)

◎仕事に命を懸ける

朱野帰子(あけの・かえるこ)は、1979年生まれで、現在40歳前後の新進作家です。早大を卒業後にマーケティングプランニング会社に就職します。この会社は残業が当たり前であり、徹夜仕事もありました。著者はここに7年勤め、製粉会社に転職します。こちらの会社は定時帰社が基本で、前職とは真逆の勤務実態でした。

『わたし定時で帰ります』(新潮文庫)は、2つの勤務体験にヒントを得た作品です。朱野帰子は2009年『マタタビ潔子の猫魂』(MF文庫)でダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞して作家デビューしています。そして2013年に発表した『駅物語』(講談社文庫)で注目され、2018年『わたし、定時で帰ります』で大ブレークします。

『わたし、定時で帰ります』の執筆について、著者は次のように語っています。

――会社の困った人の話を書いてみませんか?という担当編集者の提案が始まりでした。最初は、私のようにとにかく仕事を懸命に頑張るタイプを主人公にしようと考えたんです。でも、ゆとり世代の編集者が『上の世代が仕事に命を懸ける意味が分からない』と。その言葉にハッとさせられ、自分と異なる仕事観を採り入れるのもいいなと思い直して、残業をしないと心に決めた女性を主人公にしました。(「マイナビ転職」2018.07.20掲載)

確かに昔の企業には「仕事に命を懸ける」人がたくさんいました。最近ではそんな人は、まれになっているとよく耳にします。そんな時代背景もあり、本書は話題となりました。そしてドラマ化されたのだと思います。

◎私と仕事のどっち?

主人公の東山結衣は、社長の「残業のない会社を目指す」という言葉に魅せられて、ソフトウエア会社に就職します。ところがこの会社は社長の理想とは、真逆の労働状態でした。会社でいちばんのやり手だった黒田良久は、重なる残業で体調を壊し内勤職に転職になっています。詳しくは触れませんが、黒田良久の役割は本書の流れを一貫して引っ張っています。脇役をみごとに際立たせる、著者の手腕に感服しました。

結衣はみんなが残業で汗を流すなか、かたくなに定時退社を貫き通します。彼女の唯一の楽しみは退社後に訪れる、上海という中華料理店のサービスタイムです。料理を選び、生ビールをあおるのが平日の日課になっています。

結衣には別の小さなソフトウエア会社に勤める、種田晃太郎という婚約者がいました。ところが結婚式を控えた両家の顔合わせの席に、晃太郎は残業で体調を崩してこられなかったのです。
結衣は「私と仕事と、どっちが大切なの?」と迫ります。晃太郎はあっさりと、「仕事」と答えてしまいます。
かくして、二人の婚約は流れてしまいます。ここまでが結衣と晃太郎との物語です。

◎とんがっている登場人物

仕事一本の晃太郎は、小さな会社で苦楽をともにしてきた、灰原社長と袂をわかつ決心をします。結衣との破談が引き金になりました。そして結衣の会社に、上司となって転職してきます。片腕を失った灰原社長も晃太郎を追うように、会社をたたんで同じ会社のマネージャーとして入社してきます。

本書のおもしろさは、磁石に吸い寄せられるように、同じ会社に三人の主要人物が勢揃いすることにあります。。マイペースを貫き通す結衣。利益を度外視して仕事をとる灰原。婚約者だった結衣と、上司となった灰原との股さき状態にある晃太郎。この三人が、同じプロジェクトをこなすことになります。ひとつのプロジェクをめぐり、三人は右往左往することになります。。

晃太郎は結衣に、灰原マネージャが安価で獲得してきた案件の、チーフ役を依頼します。これを引き受けると、結衣の定時退社は破綻してしまいます。ここから先には触れません。

本書は三人の登場人物以外も、個性がとんがっています。結衣を取り巻く登場人物について、的確にまとめた記事がありますので引用させていただきます。

――会社では若干冷たい視線を浴びながら、風邪でもシュウシャする女性社員。産後に「高速復帰」した先輩。ワーカホリックな元彼。無理な案件を通す上司。(「辛酸なめこ。朝日新聞2019.04.20」

本書は連続テレビドラマとなり、大いに話題を集めました。私は観ていません。ドラマ企画のインタビューのなかに、プロデューサーが語る主人公像がありました。非常にわかりやすいので、引用させていただきます。

――主人公の東山結衣は、過去のトラウマから仕事よりも人生を大切にし、効率よく仕事をすることで「残業ゼロ」を貫く、昨今叫ばれるワーク・ライフ・バランスを象徴するような女性だ。(TBSスパークルの新井順子プロデューサー)

エンディングは、予想通りのものになります。でも本書はミステリーではないので、これでよしとしなければなりません。十分に楽しめる一冊でした。
山本藤光2019.10.12

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