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テッド・チャン『あなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF、浅倉久志訳)

2018-03-02 | 書評「タ行」の海外著者
テッド・チャン『あなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF、浅倉久志訳)

地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者ルイーズは、まったく異なる言語を理解するにつれ、驚くべき運命にまきこまれていく…ネビュラ賞を受賞した感動の表題作はじめ、天使の降臨とともにもたらされる災厄と奇跡を描くヒューゴー賞受賞作「地獄とは神の不在なり」、天まで届く塔を建設する驚天動地の物語―ネビュラ賞を受賞したデビュー作「バビロンの塔」ほか、本邦初訳を含む八篇を収録する傑作集。(BOOKデータベース)

◎固いスルメをかじっているような

 最近の海外SF界は、中国系アメリカ人の2人が牽引しています。テッド・チャンとケン・リュウです。テッド・チャンは1967年生まれで、ケン・リュウは9歳年下です。
2012年『紙の動物園』(ハヤカワ文庫)でSF3冠を達成したケン・リュウは、テッド・チャンの魅力について次のように語っています。
――テッド・チャンのおもしろいところは、「合理性」というものについて掘り下げている点だと思う。それも合理的に考えることだけでなく、合理的であることについてだ。(WIRED 2017.05.20)

そしてケン・リュウは、『紙の動物園』はテッド・チャンの作品に触発されたと語っています。

テッド・チャンは1990年、『あなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫SF、浅倉久志訳)所収の「バビロンの塔」を雑誌掲載してデビューしました。そして1999年「あなたの人生の物語」でネピュラ賞を受賞し、話題の作家となりました。
本の雑誌『おすすめ文庫天国2013』で、最高峰のSF作家という記事がありました。それから4年間も積んでおいた作品を、読むきっかけを与えてくれたのは、ケン・リュウ『紙の動物園』でした。ケン・リュウ作品は、現在『もののあはれ』(ハヤカワ文庫)を読んでいる最中です。紹介までには、時間がかかります。

 テッド・チャン『あなたの人生の物語』は、固いスルメをかじっているような読後感です。咀嚼(そしゃく)できないのですが、味わい深いというのが素直な感想です。なるほど、とんでもない異次元のSF作家だと思いました。

本書には8短篇が所収されています。いずれも奇抜なアイデアで、緻密な言語でまとめられていました。

◎2本目の物語は添え物

 表題作「あなたの人生の物語」の主人公は、女性言語学者のルイーズ・バンクスです。物語の冒頭でルイーズは、娘に「あなた」と呼びかけます。読んでいて混乱したのですが、この娘はまだ生を授かっていません。最後になって、娘が受胎する記述が登場します。さらに私をやっかいにさせたのは、ひんぱんに登場する娘との会話が、時系列になっていないことでした。
ルイーズは、娘(あなた)の父となる男との出会いから、娘の成長過程、そして死までも語ります。
 娘との会話(あなたの人生の物語)が1本目の物語であり、地球にやってきたエイリアンとの交流が、2本目の物語となります。こちらはルイーズが物理学者のゲーリー・ドネリーと、エイリアンとの会話を試みている時系列な物語です。
ゲーリーが娘の父親になることは、最後に明かされます。2人は、エイリアンとの交信に明け暮れます。しかし任務は遅々として進展しません。2人の悪戦苦闘ぶりは十分に伝わってきますが、専門用語が多くて、2本目の物語はあまりピンときませんでした。
そんなときに前出のケン・リュウの一文を読んで気持ちが楽になりました。

――「あなたの人生の物語」のポイントは、決して言語と時間の関係に着目していることだけではないんだ。それはもっと深く、重要なテーマを描くためのトリックにすぎない。原作で描かれているのはなによりも、子どもを失う親の無力さを受け止めること──子どもと出会い、彼女がひとりの人間として成長し、そのあとに悲劇が待っていることがわかっているとしても、その子を愛するということだ。(WIRED 2017.05.20)

 私は難解な2本目の物語に集中し、1本目の物語を読み流していました。ケン・リュウの一文に触れて、そこだけを抽出して読み直しました。愛情に満ちあふれた、素敵な物語だったのです。

 ルイーズがなぜ「あなたの人生の物語」を紡ぎ出せるようになったのか。娘(あなた)に語りかける展開は、前記のように時系列になっていません。成長した娘に語りかけた後、よちよち歩きの娘が登場したりします。これはエイリアンとの交信を通じて、ルイーズが習得した技術と同じなのです。経時的な時間の概念を失っている世界。そのエイリアンの世界を、「あなたの人生の物語」として映し出していたことになります。

◎いいなと思った作品

「バビロンの塔」は、天にも届く塔の話です。この塔は現在も高く伸び続けています。この塔は、ブリューゲルの「バベルの塔」をイメージしています。文庫の表紙の中央に、小さく描かれています。しかし作品を読むと、バビロンの塔は円錐形ではありません。その塔が、天に届いてしまいます。塔の天井に穴をあけて、さらに石を積み上げなければなりません。
そのために、掘削鉱夫たちが集められます。彼らは4ヶ月かけて、塔の頂上にたどりつきます。塔のなかでは、人間たちが暮らしています。物語はこんな展開ですが、非常にリアルで高所恐怖症の私は、なんとか堪え抜いて塔の丸天井までたどり着きました。

「理解」は、ダニエル・キース『アルジャーノンに花束を』(ハヤカワ文庫。「山本藤光の文庫で読む500+α」紹介作)を彷彿とさせられる物語です。レオンは事故で脳を損傷し、植物人間状態になっています。新薬が投与され、レオンは奇跡的に回復します。記憶力が異常に高まり、知覚も鋭敏になります。医者は新薬を再投与すれば、さらに知能は高まるとレオンに話します。レオンはその提案を受諾します。際立った知能の持ち主となった、レオンの運命は? 

「ゼロで割る」については、前記のインタビューでケン・リュウが語っています。それを引用させていただきます。
――公式とされていた数学に矛盾を発見した女性数学者が、精神的な苦悩を抱えてしまう話だけれど、ぼくはこの「当たり前だと思っていたものが崩れ去ってしまったら?」というテーマにインスパイアされたんだ。(WIRED 2017.05.20)

「地獄とは神の不在なり」には、感動というよりも興奮させられました。天使の降臨が、ひんぱんに起こる世界です。降臨により生命を失う人もいますが、奇跡が起こる人もいます。主人公のニールは降臨により、妻のセイラを失います。セイラは天国にいきます。ニールは自分が死んで地獄へやられたら、セイラとの再会はかなわないと考えます。
天使の降臨を自動車事故のように描いてみせる本作は、人生や愛や信仰や善行などを、しみじみと考えさせられる作品でした。

 テッド・チャンの作品集は、まだ本書1冊しかありません。しかしアンソロジーでは、「商人と錬金術師の門」(『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』(ハヤカワ文庫所収)を読むことができます。テッド・チャン作品をもっと読んでみたいと思います。しかし彼は寡作なようです。
山本藤光2017.08.31初稿、2018.03.02改稿


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