ディヴィッド・トーマス『彼が彼女になったわけ』(角川文庫、法村里絵訳)
抜歯の手術で入院したブラッドリーが、麻酔から覚めると…なんと患者取り違えによって性転換手術をされていた! 25歳の平凡な男だった彼が、世界中のマスコミに追いかけられるは、男に襲われるはの大椿事。男でもなく女でもないブラッドリーに、金儲けを企む族が群がる。さらに、頼みのガールフレンドの気持ちまで、恋から好意へ…。次々に降りかかる珍事件を乗り越え、彼はプライドと愛を取りもどすことができるのか!? 彼の人生の選択と幸福の条件とは? ヨーロッパ中を哀しさとおかしさに沸かせた大逆転ストーリー。(「BOOK」データベースより)
◎注目のデビュー作
小説の巻頭でいきなり、「事件」が明らかにされます。作品は主人公の日記形式になっています。したがって読者は、経時的に事件後の主人公の心痛を知ることになるのです。
事件の舞台は、聖スウィジン病院です。事件とは患者取りちがえ。主人公のブラットリー・バレッタは25歳の広告販売会社の営業マンです。彼は4本の親知らずを抜くために、病院へやってきます。
ひょんなことから、彼は性転換手術を受けにきた男性と取りちがえられ、ペニスを切断されてしまいます。病院のベッドで麻酔から覚めた主人公は、自らの信じられない境遇に度肝をぬかれます。
――目を下の方にむけてみた。腕に点滴の針がささり、股間からも管が二本出ている。包帯が巻かれた部分をエジプトのミイラよろしく、きっちりと巻いてある。(本文より)
胸にシリコンを入れられ、ペニスの代わりに膣までつくられてしまった主人公。彼(彼女)がいかにして、女になってしまったことを受け入れるのか。この小説の面白さは、この1点につきます。忌まわしい過去の患者取りちがえ事件、揺れる現在、そして見えない未来を行きつ戻りつしながら、主人公は少しずつ現実を受け入れていきます。
題名の『彼が彼女になったわけ』は、私なら『彼が彼女になってから』としたいと思います。なぜなら、彼が彼女になった「理由(わけ)」は明白です。物語はその後の葛藤に、ポイントがおかれているのですから。
◎女になることの困難さ
男が女になるというのは、なんと大変なことなのでしょうか。本書はそのことを、執拗に描きつづけます。女になるために必要な化粧品類の値段を計算する場面があります。たとえばこんな具合です。
――そして、その値段がまた信じられないほど高いのだ。ひと瓶三十八ポンドなんて言う、特別注文品のファンデーションクリームもあった。クリスチャンディオールのアイシャドウは、一色二十六ポンド。ヒップと太腿用の老化防止ジェルが二十八ポンド。/「お尻のために二十八ポンドも払うわけ? 冗談としか思えないよ!」(本文より)
――「ビックリだね」電卓の文字盤に現れた緑色の数字を見て、わたしが言った。「女になるための政府助成金制度というのがあってもいいんじゃない?」(本文より)
作品には、多くの登場人物が出てきます。ブラッドリーの元ガールフレンド。ペニスを切断した医師。騒ぎ立てるマスコミ対策を引き受けた代理人。ブラッドリーの家族。病院との補償問題を担当する弁護士。彼女になった主人公が好意を抱く男たち……極端な人物はでてきません。
もっと脇役の性格を丹念に書くべきだともいえますが、異常な事件と平凡な登場人物たちで、案外バランスがとれているのかもしれません。
後半の法廷でのやりとりは、底が浅く不満が残りました。しかしこれらのことも、本書が著者のデビュー作であることを鑑みるなら、許せる範囲でもあります。
著者のディヴィッド・トーマスは、生年も本名も不明です。わかっていることは、本書がデビュー作であることだけです。わかっている情報は、英国サセックス在住であること。雑誌の編集者を経てジャーナリストに転進し、数々の賞を受賞していることだけです。
ディヴィッド・トーマスにかんしては、これ以上の情報はありません。アマゾンで調べてみても、新たな出版は発見できませんでした。タイトルに惹かれて読んだ作品ですが、いまだに海外文学125+αに残しているほど、楽しませていただいた1冊です。
(山本藤光:2009.08.25初稿、2018.03.11改稿)
抜歯の手術で入院したブラッドリーが、麻酔から覚めると…なんと患者取り違えによって性転換手術をされていた! 25歳の平凡な男だった彼が、世界中のマスコミに追いかけられるは、男に襲われるはの大椿事。男でもなく女でもないブラッドリーに、金儲けを企む族が群がる。さらに、頼みのガールフレンドの気持ちまで、恋から好意へ…。次々に降りかかる珍事件を乗り越え、彼はプライドと愛を取りもどすことができるのか!? 彼の人生の選択と幸福の条件とは? ヨーロッパ中を哀しさとおかしさに沸かせた大逆転ストーリー。(「BOOK」データベースより)
◎注目のデビュー作
小説の巻頭でいきなり、「事件」が明らかにされます。作品は主人公の日記形式になっています。したがって読者は、経時的に事件後の主人公の心痛を知ることになるのです。
事件の舞台は、聖スウィジン病院です。事件とは患者取りちがえ。主人公のブラットリー・バレッタは25歳の広告販売会社の営業マンです。彼は4本の親知らずを抜くために、病院へやってきます。
ひょんなことから、彼は性転換手術を受けにきた男性と取りちがえられ、ペニスを切断されてしまいます。病院のベッドで麻酔から覚めた主人公は、自らの信じられない境遇に度肝をぬかれます。
――目を下の方にむけてみた。腕に点滴の針がささり、股間からも管が二本出ている。包帯が巻かれた部分をエジプトのミイラよろしく、きっちりと巻いてある。(本文より)
胸にシリコンを入れられ、ペニスの代わりに膣までつくられてしまった主人公。彼(彼女)がいかにして、女になってしまったことを受け入れるのか。この小説の面白さは、この1点につきます。忌まわしい過去の患者取りちがえ事件、揺れる現在、そして見えない未来を行きつ戻りつしながら、主人公は少しずつ現実を受け入れていきます。
題名の『彼が彼女になったわけ』は、私なら『彼が彼女になってから』としたいと思います。なぜなら、彼が彼女になった「理由(わけ)」は明白です。物語はその後の葛藤に、ポイントがおかれているのですから。
◎女になることの困難さ
男が女になるというのは、なんと大変なことなのでしょうか。本書はそのことを、執拗に描きつづけます。女になるために必要な化粧品類の値段を計算する場面があります。たとえばこんな具合です。
――そして、その値段がまた信じられないほど高いのだ。ひと瓶三十八ポンドなんて言う、特別注文品のファンデーションクリームもあった。クリスチャンディオールのアイシャドウは、一色二十六ポンド。ヒップと太腿用の老化防止ジェルが二十八ポンド。/「お尻のために二十八ポンドも払うわけ? 冗談としか思えないよ!」(本文より)
――「ビックリだね」電卓の文字盤に現れた緑色の数字を見て、わたしが言った。「女になるための政府助成金制度というのがあってもいいんじゃない?」(本文より)
作品には、多くの登場人物が出てきます。ブラッドリーの元ガールフレンド。ペニスを切断した医師。騒ぎ立てるマスコミ対策を引き受けた代理人。ブラッドリーの家族。病院との補償問題を担当する弁護士。彼女になった主人公が好意を抱く男たち……極端な人物はでてきません。
もっと脇役の性格を丹念に書くべきだともいえますが、異常な事件と平凡な登場人物たちで、案外バランスがとれているのかもしれません。
後半の法廷でのやりとりは、底が浅く不満が残りました。しかしこれらのことも、本書が著者のデビュー作であることを鑑みるなら、許せる範囲でもあります。
著者のディヴィッド・トーマスは、生年も本名も不明です。わかっていることは、本書がデビュー作であることだけです。わかっている情報は、英国サセックス在住であること。雑誌の編集者を経てジャーナリストに転進し、数々の賞を受賞していることだけです。
ディヴィッド・トーマスにかんしては、これ以上の情報はありません。アマゾンで調べてみても、新たな出版は発見できませんでした。タイトルに惹かれて読んだ作品ですが、いまだに海外文学125+αに残しているほど、楽しませていただいた1冊です。
(山本藤光:2009.08.25初稿、2018.03.11改稿)
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