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西村賢太『暗渠の宿』(新潮文庫)

2018-03-02 | 書評「にぬね」の国内著者
西村賢太『暗渠の宿』(新潮文庫)

貧困に喘ぎ、暴言をまき散らし、女性のぬくもりを求め街を彷徨えば手酷く裏切られる。屈辱にまみれた小心を、酒の力で奮い立たせても、またやり場ない怒りに身を焼かれるばかり。路上に果てた大正期の小説家・藤澤清造に熱烈に傾倒し、破滅のふちで喘ぐ男の内面を、異様な迫力で描く劇薬のような私小説二篇。デビュー作「けがれなき酒のへど」を併録した野間文芸新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

◎中上健次に重なる

西村賢太は『苦役列車』(新潮文庫)で、2011年度上半期芥川賞を受賞しました。私が西村賢太を最初に知ったのは、「文学界」(2004年12月号)に「同人雑誌優秀作」として紹介された『けがれなき酒のへど』ででした。私は「文学界」の「同人誌優秀作」掲載号を読むのが好きです。だから6月号と12月号は必ず購入しています。

西村賢太は近年まれな、私小説作家です。『苦役列車』には西村賢太のプロフィールを紹介するまでもなく、彼の現在にいたるすべてが凝縮されています。そのあたりのことは本人自身が、芥川賞受賞インタビュー(「文藝春秋2011年3月号」)でつぎのように説明しています。

――(生い立ちについて)面白く読んでもらわなければ意味がないと思っているので、書き方はかなり脚色していますが、起こった出来事自体は九割以上本当です。(「文藝春秋2011年3月号」の受賞者インタビュー『「中卒・逮捕歴あり」こそわが財産』より)

このなかで西村賢太は、推理小説から私小説に転換したきっかけを、田中英光作品(推薦作『オリンポスの果実』新潮文庫)との出会いと述べています。その後西村賢太は、「嘉村礒多、川崎長太郎、壇一雄といった破滅型私小説家の作品を読み漁るように」なります。(上記記事のつづきから引用しました)

そして西村賢太は、「生涯の師」と仰ぐことになる、私小説家・藤澤清造の作品(『根津権現裏』新潮文庫)と出会うことになります。そのあたりのことは、作品中にひんぱんに描かれていますので割愛します。興味のある人は、『どうで死ぬ身の一踊り』(講談社文庫)に所収されている「墓前生活」をお読みいただきたいと思います。

私は西村賢太のなかに、デビュー当時の中上健次(推薦作『枯木灘』河出文庫)を重ねています。強烈な個性的作家の登場は、中上健次との初めての出会いとだぶってしまうのです。

西村賢太の独特の文体は、彼の作品とよく似合っています。リズミカルで、うまいなとすら思います。芥川賞の選評では、だれも文体や文章についてふれていません。ただし新たなる才能の登場については、だれもが認めていました。

◎これは暫定推薦作である

『暗渠(あんりょう)の宿』(新潮文庫)には、デビュー作といってもいい「けがれなき酒のへど」が所収されています。私は芥川賞受賞作である『苦役列車』(新潮文庫)よりも、『暗渠の宿』の方が荒削りで西村賢太らしいと評価しています。

『暗渠の宿』は、女と暮らしはじめた男の話です。西村賢太の作品は、あらすじを書きにくいものばかりです。わずか数行ですんでしまうのです。今後も目が離せませんし、「山本藤光の文庫で読む500+α」の推薦作を、書き換えなければならないと覚悟しています。

好きだな、この作家は。どの作品を読んでも「いいな」と思います。まずは『暗渠の宿』(新潮文庫)を手にしていただきたい。あなたの甘い日常は、こっぱみじんに吹き飛ばされることでしょう。
(山本藤光:2011.02.28初稿、2018.03.02改稿)

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