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西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版)

2018-02-02 | 書評「にぬね」の国内著者
西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版)

幼少のころの環境や体験、学生時代の恩師や友人との交流、研究生活、技術者となってからの現場の人たちとの接触、隊長としての南極越冬生活やヒマラヤ登山など様々の体験から生まれた著者の講演をまとめる。84年刊の新版。(「MARC」データベースより)

◎西堀栄三郎先生をお招きして

 西堀栄三郎の古い講演録(「横須賀電気通信研究所開所10周年記念特別教養講座・講演記録」創造的研究者・西堀栄三郎氏、昭和57年=1982年11月11日)が手元にあります。演者を紹介する司会の言葉を引用してみましょう。

――お待たせいたしました。それではただいまから西堀先生をお招きいたしまして、当横須賀通信研究所開所10周年記念の特別教養講座を開催いたしたいと思います。/ご講演に先立ちまして、皆様も先生については十分ご承知のことと思いますが、先生について簡単にご紹介させていただきたいと思います。

 先生は明治36年1月に京都府にお生まれになり、昭和3年に京都大学無機化学科をご卒業後同大学の講師となられまして、真空内の化学反応をご研究されていらっしゃいました。そして東京電気(現東芝)で真空管の研究をされ、昭和14年にはGEコーポレーションおよびRCAコーポレーションにご出向され、その後昭和29年には統計的な品質管理普及に貢献したことによりまして、デミング賞を受賞されております。同年東海大学の教授から電電公社武蔵野通研の西堀特研室長にご就任になっております。そして昭和31年には、例の有名な南極の観測隊の越冬隊長としてご活躍されたことは、ご記憶に新しいところでございます。
 
 くだって昭和48年京都大学学士山岳会が世界で5番目に高い山、8505メートルのヤルンカンに初登頂なされましたが、そのときの隊長であらせられました。また同年には勲三等旭日中綬章を受賞されておられます。
 ご著書といたしましては、「南極越冬記」「石橋を叩けば渡れない」「出る杭をのばす」などがございます。

 長くなりましたが、入手困難な資料ですので、冒頭の全文を引き写させてもらいました。

◎『石橋を叩けば渡れない』は超お勧め

 月刊誌『人材教育』(日本能率協会)の読書欄に、発表したものを転載させていただきます。文字数が決められていましたので、今回はそれに補足させてもらいました。

(引用はじめ)
 著者の名前は知っていました。南極越冬隊の隊長として。ヒマラヤ登山家として。ところがとんでもない思想家でもありました。『石橋を叩けば渡れない』を知ったのは、花村太郎『知的トレーニングの技術』ちくま学芸文庫)に引用があったからです。

 私は花村太郎が引用している言葉に、魅せられました。そして原書を求め、圧倒されました。類いまれなる行動力とそれに裏打ちされた発想力。読み終わったときに、本は赤いラインだらけになっていました。いくつかを紹介させていただきます。

――個性は変えられないが、変えられるものがある。それは何かというと、能力です。能力というものは変えられる。これはあとからついてきた、すなわち後天的な性格のものですから。(本文より)

――切迫感と知識が一緒になったとき、初めて知恵が出てきます。切迫感を感じなきゃ、知恵も生まれません。私がいつも「あきらめたらいかん」とか「できると思ってやったらできる」とかいっているのはこのことです。(本文より)

――論理すなわち「考えること」と非論理すなわち「感じること」が重なって初めて創造性が生まれてくるのです。教育という言葉の「教」は、論理つまり「考えること」を教えるのを意味しているのに対し、「育」は「感じる力」を育てることを意味していますが、この「感じる力」を育てることがリーダーの一番大切な役目です。そのためには、部下に成功の味をしめさせる以外はありません。(本文より)

  私は何度も読み返し、うなってしまいました。経験から生まれた言葉の深さ。前向きな思考。どの言葉にも勇気づけられます。
(引用おわり「人材教育」2003年1月号掲載分に加筆修正しました)

◎あの発想が生まれた原点
 
 あの西堀哲学は、どこから生まれたのでしょうか。西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』(生産性出版)に共感しまくった私としては、どうしても原点を探りたくなりました。アマゾンで検索すると『南極越冬記』(岩波新書)の新刊在庫がありました。注文しました。届くのが待ちどうしかったほどです。
 
 むさぼるように読んみました。こまごまとした日誌で、専門用語が多く、『石橋を叩けば渡れない』のような哲学はあまり認めらませんでした。

 誰も経験したことのない南極での越冬。その苦労は十分に理解できました。さらにこのときのやりとりから、あの発想が生まれたのだと感じ取ることができる箇所も発見しました。
 
――通路つくりがあまりにもていねいで時間がかかるものだから、わたしは、つい口を出して、「もっと能率よくやりなさいよ」と言ってしまう。わたしが、ふたことめには能率をいうので、とうとう「能率協会会長」というあだ名をつけられてしまった。(本文より)

『南極越冬記』には戦前に、カラフトで犬ゾリ研究を実施した京大探険地質学会の話がでてきます。そのなかのメンバーに、梅棹忠夫(推薦作『知的生産性の技術』岩波新書)の名前がありました。驚きでした。尊敬する2人の著者には、接点があったのです。
 
 私は企業の営業リーダー研修で、何度も西堀栄三郎の言葉を紹介させてもらっています。よく部下に、文句をいっている上司を見かけます。それも「個性」を変えろ、と強要しているケースが散見されます。変わらないんだよ、と教えてあげたくなります。

谷沢永一『人間通になる読書術』(PHP新書)は、ちょっと難解な著作を取り上げています。他の作品の紹介にはため息がでますが、西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』では私と同じ箇所を引用していました。

 西堀栄三郎『石橋を叩けば渡れない』は、いまでも私の書斎の一等地においてあります。悩んだときに手にとると、「能率協会の会長」がやさしく語りかけてくれます。残念なことに文庫化されていません。ただしアマゾンを検索すると、入手可能なようです。どんなビジネス書よりも、価値ある一冊です。 
(山本藤光:2009.10.17初稿、2018.02.02改稿)

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