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西加奈子『サラバ!』(上中下巻、小学館文庫)

2018-02-10 | 書評「にぬね」の国内著者
西加奈子『サラバ!』(上中下巻、小学館文庫)

1977年5月、圷歩は、イランで生まれた。父の海外赴任先だ。チャーミングな母、変わり者の姉も一緒だった。イラン革命のあと、しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、今度はエジプトへ向かう。後の人生に大きな影響を与える、ある出来事が待ち受けている事も知らずに―。(「BOOK」データベースより)

◎「サラバ!」色ものシリーズ

一時の西加奈子は、「色ものシリーズ」(『あおい』『さくら』『きいろいぞう』など)で足踏みしているかに見えました。『きりこについて』(角川文庫、初出2009年)あたりから、やっと本格的に走りはじめました。「色ものシリーズ」も順調に売れましたし、映画化もされました。幸福な家族や夫婦に、試練を与える一連の作品について、西加奈子は第1ステップと明確にとらえています。

――日常の大切さ、優しさ、そして残酷さに気づくステップとして書いてます。(WEB「本の雑誌」の『作家の読書道』第53回)

『サラバ!』(上中下巻、小学館文庫)の直木賞受賞インタビューのなかで、もっとも印象に残っているものを紹介させていただきます。西加奈子はいわゆる「KY」を是認しており、その対極にいた自分自身も「美しい」と感じるようになります。おそらくこの感覚が、足踏みから本格的な歩行へと変えたのだと思います。

――空気を読めないまっすぐな人も美しいけど、空気を読んでうまいことやっている私も美しいんだって思えるようになりましたね。それが一番大きい、嬉しい変化でしたね。(「Woman Insight」2015.3.10)

芥川賞、直木賞の直前に、いつものことですが受賞作を予想します。今回の直木賞は、比較的推理が楽でした。2015年1月16日朝刊に「西加奈子、直木賞受賞」の見出しが躍っていました。今回はだれもが、予想したとおりの受賞でした。西加奈子は『きりこについて』(角川文庫)を、紹介作とするつもりでした。しかし『サラバ!』が飛びぬけていいので、文庫化を待たずにこちらを推薦作とすることにしました。(本日、文庫3冊をゲットしました。2017.10.07)

◎KYの弟とKYではない姉

『サラバ!』の主人公・「僕」(圷歩=あくつ・わたる)は、イランで生まれています。彼には4歳上の姉・貴子がいます。この姉の破天荒な行動を、歩はじっと見守りつづけます。イラン革命のあとに「僕」は、しばらく大阪に住みます。「僕」が小学生になってから、家族はエジプトに転居します。そこで「僕」は人生の転機ともなるある事件と遭遇します。

姉は『サラバ!』の陰の主人公という存在です。本文から2人を紹介させていただきます。

――まるきり知らない世界に,嬉々として飛び込んでゆく朗らかさは、僕にはない。あるのは、まず恐怖だ。その世界に馴染めるのか、生きてゆけるのか、恐怖はしばらく、僕の体を停止させる。(本文冒頭ページより)

――僕の家を、のちに様々なやり方でかき回すのがこの姉、貴子なのだが、生まれてきた瞬間から、もうすでに、その片鱗は現われていた。(本文冒頭ページより。「かき回す」には傍点がついていました)

このあとに西加奈子は2人について、次のようにまとめます。

――世界に対して示す反応が、僕の場合「恐怖」であるのに対し、姉は「怒り」であるように思う。(本文冒頭ページより)

『サラバ!』の成功の要因は、極端に異なる姉弟の造形にあります。しかし両親や親戚の人々も、生き生きと描かれています。単なる通行人のような、登場人物は出てきません。西加奈子は圧倒的な筆力で、すべての人物に熱い血潮をそそぎました。それゆえ700枚もの大作は、飽きることなく読み進めることができました。

◎崩壊と再生

30歳を過ぎてから「僕」は、空気を読み続ける立ち位置を改めざるを得なくなります。いわゆる、はじき出された世界に身をおくことになります。「僕」はエジプトで、神や信仰を学んでいます。そうしたものを支えに、「僕」は遅まきながら自分探しの旅をはじめます。

上巻の舞台はイランとエジプトで、「僕」の家族のとんがり部分が明らかにされます。私はワクワク、ハラハラしながら、物語の展開を待ちました。このあたりまでは、従前の「色ものシリーズ」でも垣間見た西加奈子がいました。

しかし舞台が東京に移ってから、物語が一気に加速されます。新しいエンジンを搭載した、モデルチェンジ車は、主人公を一気に蹴落としてしまうのです。

最後に、直木賞受賞後の林真理子との対談の一部を引かせていただきます。

――林真理子:主人公が「人生はそんなにうまく行くもんじゃないな」という諦念を持ちつつ、最後には自分の道を見つけていく。最終的にすべてを肯定して受け入れる世界観も素晴らしかったです。(「オール読物2015年3月号」

自分探しで大切なのは、まず周囲を甘受する精神を獲得することです。宗教にはまったり、大道芸人になったりと、破天荒な姉・貴子を受け入れることが必要です。林真理子は、その点を鋭く指摘しています。崩壊と再生。『サラバ!』には音を立てて崩れ去る場面と、つち音高く再建される世界が混在しています。

『さくら』(小学館文庫)でのホロリ涙が、号泣にかわりました。登場人物それぞれの生きざまが、熱く感じられました。家族に翻弄された生活が、ともだちやおばさんによって癒されるホロリ涙を、一気に号泣にしてしまう力技。西加奈子は一気に、頂点へとのぼりつめたといえます。本書はまだ文庫になっていませんので、掟破りです。しかし、どうしても紹介させていただきたかった、今年度最高の傑作でした。

◎文庫化されて2017.10.07

まだ再読していませんが、私が初稿を書いてから2年半。ついに文庫化されました。この遅さは、単行本の売れ行きが順調だったことによります。
(山本藤光:2015.04.11初稿、2018.02.10改稿)


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