山本藤光の文庫で読む500+α

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古処誠二『フラグメント』(新潮文庫)

2018-03-12 | 書評「こ」の国内著者
古処誠二『フラグメント』(新潮文庫)

東海地震で倒壊したマンションの地下駐車場に閉じ込められた六人の高校生と担任教師。暗闇の中、少年の一人が瓦礫で頭を打たれて死亡する。事故か、それとも殺人か? 殺人なら、全く光のない状況で一撃で殺すことがなぜ可能だったのか? 周到にくみ上げられた本格推理ならではの熱き感動が読者を打つ傑作。(「BOOK」データベースより)

◎自衛隊出身の作家

古処誠二『ルール』(集英社文庫)を読みました。本書は第4作にあたる戦争小説です。これはこれで楽しく読むことができましたが、推薦作にはいたらないというのが結論でした。古処誠二の作品で推薦するなら、『少年たちの密室』(講談社ノベルズ)だと思いました。文庫で再読してみようと検索をしました。該当なし。

山本藤光の「文庫で読む500+α」は文字どおり、文庫作品を主体としています。なぜ文庫化されないのか、不思議に思いました。デビュー作の『UNKNOWN』(講談社ノベルズ)も調べてみました。該当なし。そんな折り、新古書店で『アンノウン』(文春文庫)という背表紙を目にしました。ぱらぱらめくってみると、まさに『UNKNOWN』だったのです。

近くにあった『フラグメント』(新潮文庫)という未読のタイトルも、同様に立ち読みしました。これは『少年たちの密室』を改題したものでした。そして第3作『未完成』も、のちに『アンフィニッシュト』(文春文庫)と改題されていました。

これでは検索に、引っかかるはずがありません。どうしてイメージができないような、カタカナのタイトルにしたのでしょうか。できれば日本語のタイトルにしておいてほしかった、というのが素直な感想です。

古処誠二は1970年福岡県に生まれ、高校卒業後様々な職業を経て、航空自衛隊に入隊。2000年自衛隊内部の事件を扱った『UNKNOWN』(のちに改題『アンノウン』文春文庫)で、メフィスト賞を受賞して小説家デビューしました。(ウイキペディア参照)

◎生還するのは誰か

再読した『フラグメント』は傑作です。東海大震災が発生します。マグニチュード8。死者は2千5百万人を超えます。6人の高校生と担任教師が、倒壊したマンションの地下駐車場に閉じこめられます。石廊崎で転落死した、同級生・宮下の葬儀に向う途中でした。

主人公・相良優は、宮下の死に疑問を抱き調査をしていました。宮下をいじめていた、不良グループのボス・城戸の存在が見え隠れしています。宮下の死は、自殺と事故死の両方で捜査が進みます。しかし学校側の保身により、事故死へと捜査が傾きつつあります。

相良優と不良グループの城戸たちは、闇のなかに閉じこめられました。相良優は宮下の死の疑問を、解き明かすチャンスと思います。闇のなかには、宮下と仲の良かった相良・早名・香椎、宮下と仲の悪かった城戸・小谷・大塚がいます。

いつ救出されるかの確証のないまま、2つのグループの対立がエスカレートしていきます。担任教師・塩澤は、対立の間に割って入ります。ところが塩澤の努力がこっけいに見えるほど、お互いの憎悪が激しさを増していきます。

飲み物は塩澤が持っていたペットボトルの水しかありません。それは「死」への恐怖のなかに現れた、「生」への希望です。敵対する2組に、水をめぐるルールが確立します。

古処誠二は視覚的に「見えない」状況と、相手の意図が「見えない」ことを重ねてみせます。この相乗効果が作品を引っ張ります。疑心暗鬼のなかでの妥協の産物である、定めたルールを破られることへの不安。いつ襲い掛かってくるかもしれない、相手への不安。殺すか、殺されるかまでの対立が続きます。

そして城戸の死体が発見されます。まったく視界のきかない世界のなかで、彼は一撃で殺されていました。担任の塩澤は、余震による事故死といって逃れます。事故か、殺人か。倒壊ではわずかな軽症だけで死を免れた、7人のなかの1人が欠けてしまいました。

暗闇のなかに恐怖が広がります。1人の少年が精神的におかしくなります。生還の望みがないなか、城戸のように殺害されるかもしれない、という怯えが蔓延します。偶発的におこった密室から、生還するのは誰か。息詰まるサスペンスをご堪能ください。

デビュー作から、少し気になっていたことがあります。古処誠二作品の冒頭が、いつもわかりにくいということです。第3作『アンフィニッシュト』(文春文庫)は、さらに難解でした。デビュー作の朝香・野上コンビを、ムリにもちこんだからかもしれません。ただしそこを嚥下すると、たちまち流れは滑らかになります。
(本稿は藤光・伸の筆名で、PHP研究所「ブック・チェイス」2000年10月14日号に掲載したものを加筆修正しました)
(山本藤光:2000.10.14初稿、2018.03.12改稿)

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