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O・ヘンリー『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫、芹澤恵訳)

2018-03-02 | 書評「ハ行」の海外著者
O・ヘンリー『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫、芹澤恵訳)

ユーモア、犯罪、皮肉な結末。アメリカの原風景とも呼べるかつての南部から、開拓期の荒々しさが残る西部、そして大都会ニューヨークへ―さまざまに物語の舞台を移しながら描かれた多彩な作品群。20世紀初頭、アメリカ大衆社会が勃興し、急激な変化を遂げていく姿を活写した、短編傑作選。O・ヘンリーの意外かつ豊かな世界が新訳でよみがえる。(「BOOK」データベースより)

◎短篇小説の名手

O・ヘンリーといえば、ポーやサキと並んで短編、掌編小説の名手として名が知れています。新潮文庫(大久保康雄訳)から、『O・.ヘンリー短編集』全3巻が出ています。O・ヘンリー作品集は、アメリカでは500万部超のロングセラーになっています。O・ヘンリー作品の魅力について、書かれた文章があります。

――O・ヘンリー作品の描く作品の人物たちが、根っからの庶民だからである。彼は平凡な人たちの生活や感情のよくわかる作家で、庶民たちの生活の中の小さなドラマを巧みにとらえて描いている。(『国文学解釈と鑑賞・短編小説の魅力』(1978年4月号)

残念なことに引用した雑誌は、休刊になってしまいました。

今回私の好きな短篇を、タイトルにした新訳が出ました。『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫、芹澤恵訳)です。久しぶりに読み直してみました。今回も悲しいドラマを、笑いにかえる妙技に舌を巻きました。ちなみに新潮文庫(小川高義訳)からも、新訳がでています。
『賢者の贈りもの・O・ヘンリー傑作選1』(新潮文庫)
『最後のひと葉・O・ヘンリー傑作選2』(新潮文庫)

O・ヘンリーの物語は、巧みな構成力で縁どられています。そしてなにより秀逸なのが、エンディングです。しかも情景描写と人物造形が優れています。紙面の関係で、今回紹介させていただくのは「賢者の贈り物」だけになります。

いずれも短い物語ですので、「賢者の贈り物」を読んでおもしろければ、「最後の一葉」「1ドルの価値」と読み進めてください。

◎「賢者の贈り物」こそ代表作

「賢者の贈り物」は、多くの評論家が、O・ヘンリーの代表作にあげています。

「賢者の贈り物」は、若い夫婦の話です。2人は毎日を辛うじて生活するほど貧しいのですが、深い愛情で結ばれています。夫ジムのもっている金時計と、妻デラの長いみごとな髪の毛だけが2人の財産でした。金時計は祖父の代から受け継いだ、貴重なものです。金の鎖のかわりに、皮ひもでとめられています。

クリスマスがやってきます。デラは思い悩んだすえに、夫へのプレゼントを買い求めるために、自らの髪の毛を売る決心をしました。その代金でデラは、夫の金時計につける金の鎖を買いました。2人は愛情を証明するために、プレゼントは必須だと信じています。のちほど触れますが、「愛があればプレゼントなどいらない」という考えなら、本書は成立しなくなります。

夫が仕事から戻ってきます。デラの髪の毛を見て、夫は驚愕します。夫が妻に用意したのは、長い髪の毛を飾る櫛だったのです。しかも夫ジムは高価な櫛を買うために、金の時計を売ってしまったのでした。

わずか10ページの物語ですが、2人の揺れる気持ちがヒシヒシと伝わってきます。2人の愛情の深さが手に取るようにわかります。そして予想もしなかった結末。デラの最後のセリフにふれたとき、シンミリとした気持ちが、一気に弾けました。すばらしい短篇です。

阿刀田高の分析がおもしろいので、紹介させていただきます。阿刀田は「賢者の贈り物」を成り立たせている要素として、「夫婦が深く愛し合っていること」「愛は贈り物を交換することで実証されると考えていること」「2人は貧乏していること」の3点をあげています。そのうえで、次のように書きます。

――作者が注意深くこの三つを描いて無理のない設定を構築していることに留意していただきたい。このあたりのそつのなさがトリッキーな作品の優劣を分ける分岐点となることが多いのも本当だ。ストーリーの進展の中で、さりげなく示されていることが、その実、作者の周到な用意の結果であるという事実を銘記していただきたい。(阿刀田高『海外短編のテクニック』集英社新書P122)

『1ドルの価値/賢者の贈り物』には、表題作以外に21編が収載されています。個人的には、「1ドルの価値」と「最後の一葉」が、O・ヘンリーらしい「どんでん返し」の短篇で好ましく感じます。
本稿は愚者から、あなたへの贈り物です。「つまらないものですが」とは、間違ってもいいません。
山本藤光:2012.07.14初稿、2018.03.02改稿



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