山本藤光の文庫で読む500+α

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マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(全5巻、新潮文庫、鴻巣友季子訳)

2018-02-16 | 書評「マ行」の海外著者
マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(全5巻、新潮文庫、鴻巣友季子訳)

アメリカ南部の大農園「タラ」に生まれたスカーレット・オハラは16歳。輝くような若さと美しさを満喫し、激しい気性だが言い寄る男には事欠かなかった。しかし、想いを寄せるアシュリがメラニーと結婚すると聞いて自棄になり、別の男と結婚したのも束の間、南北戦争が勃発。スカーレットの怒涛の人生が幕を開ける―。小説・映画で世界を席巻した永遠のベストセラーが新訳で蘇る! (「BOOK」データベースより)

◎黒人だけが南部訛り?

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』(全5巻、新潮文庫)は、以前に大久保康雄・竹内道之助・訳で読んでいました。今回鴻巣友季子訳が出ましたので、読み直してみました。鴻巣友季子は『全身翻訳家』(ちくま文庫)や『本の寄り道』(河出書房新社)を発表している、馴染みの翻訳家です。

新潮文庫『風と共に去りぬ』(大久保康雄・竹内道之助・訳)を読んだ後に、青木富貴子『「風と共に去りぬ」のアメリカ』(岩波新書)を読みました。こんなことが書いてあります。

――英語の原書には黒人の会話だけが、南部奴隷訛りの形でつづられている。白人は全員、今日ふうのきちんとした英語を使っているのに、黒人の英語だけに強い訛りがあるというのは、考えてみれば不自然なことである。当時は南部白人もかなり強い南部訛りをもっていたはずであり、文字の読めなかった黒人は白人の英語を耳で覚えてそう発音していたに違いない。(青木富貴子『「風と共に去りぬ」のアメリカ』岩波新書P67)

ずっと気になっていました。原書は読めないので、翻訳文に何の疑問ももっていませんでした。新訳版(鴻巣友季子訳)を読んでみたいと思ったのは、そのあたりの訳文の違いへの興味でした。

新潮文庫の新旧訳を読み比べてみました。基本的にはどちらも同じです。白人と黒人を区別するには、このほうが適切と判断しているのでしょう。同じ言葉では、読者は混乱してしまうと考えてのことだと思います。

――ブレントは、蔵の上からふりかえり、黒人の馬丁をよんだ。
「ジームズ!」
「へえ」
「おまえは、おれたちがスカーレットさんに話したことを聞いただろう?」
「いいえ、プレントさま。おいらが白人の話を盗みぎきするとでも思っとらっしゃるかね?」
(大久保康雄・竹内道之助訳P21-22)

グレントは馬上で身をひねり、黒人の従僕を呼びつけた。
「ヒームズ!」
「へい?」
「スカーレットさんとおれたちの話は聞いてたろう?」
「いや、聞いてねっす、プレントさん。なんでおいらが白人さんたちのことテエサツするなんて思うだ」
(鴻巣友季子訳)

「山本藤光の文庫で読む500+α」では、ストゥ『アンクル・トムの小屋』(河出文庫、丸谷才一訳)を紹介しています。丸谷才一訳では、主人公のトムのせりふは白人と同じものになっています。アンクルトムと幼女エバの会話を拾ってみます。

「でも、アンクル・トムは、どこへ行くの?」
「わたしには、わからないんですよ。エバお嬢さん」
「わからない?」
「はい。だれかに、売られるんですよ。だれが買うのか、わかりません」
(ストゥ『アンクル・トムの小屋』河出文庫、丸谷才一訳P162-163)

奴隷を扱った小説は、たくさんあります。訳者がどのようなせりふを用いているかを知るのも、読書の楽しみのひとつです。

◎逆上したスカーレット

『風と共に去りぬ』はミッチェルが生前に発表した、唯一の長編小説です。ミッチェルは49歳のときに、自動車事故で死去しています。

主人公のスカーレット・オハラは、アメリカ南部アトランタで農園主の娘として生まれました。魅力的なスカーレットは、青年たちのあこがれのまとです。スカーレットは、教養のあるアシュリに恋をします。しかしアシュリは、従妹のメラニーと婚約します。逆上したスカーレットは、メラニーの兄チャールズと結婚します。彼はアシュレの妹の恋人でした。

しかしチャールズは、南北戦争に出征して戦死してしまいます。幼い男児を抱えたスカーレットは、アトランタにあるアシュリの伯母の家に身を寄せます。アシュリへの思慕は、いまだに消えることはありません。ところがこの町も、戦火にのみこまれてしまいます。

スカーレットは、レット・バトラーに助けられて故郷・タラへと戻ります。母親は死んでおり、父親は廃人になっていました。生活のためスカーレットは、材木商と再婚します。しかし材木商は事業に失敗し、やがて死亡します。スカーレットは以前に助けられた、レット・バトラーと3度めの結婚をします。

レットと結婚して、スカーレットはアシュリへの愛は幻影だったことに気づきます。しかしレットは、自分はアシュリの代替物だったと悟り、スカーレットのもとを去ります。

◎16歳の自分を取り戻す

『風と共に去りぬ』は、南北戦争をはさんだ16歳の勝気な少女の愛の物語です。アシュリへのあてつけのために、最初の結婚をし、生活のために2度目の結婚をします。ずっとアシュリへの深い愛を意識していたスカーレットは、ある日それが幻影だったことに気づきます。

3度目の結婚相手のレットは、戦争は金儲けの手段と豪語する男です。スカーレットは彼を軽蔑しながら、利用していました。レットはなんとしてでも、スカールッの真の愛を得たいと願っていました。しかし、彼女は一向に心を開いてくれません。

そして娘のポニーが事故死し、アシュリの妻になったメラニーが流産のすえに世を去ります。さらに、レットはスカーレットの心に巣食っているアシュリの存在を、排除できないと悟ります。レットまで消えてしまったのです。

そして最後には、悲痛な言葉が残されます。

――スカーレットは毅然と顔をあげた。レットはきっととりもどせる。とりもどせるに決まっている。そうと決めたら、ものにできない男なんていなかった。
「とりあえず、なんでもあした、<タラ>で考えればいいのよ。明日になれば、耐えられる。明日になれば、レットをとりもどす方法だって思いつく。だって、あしたは今日とは別の日だから」
(新潮文庫、鴻巣友季子訳、第5巻P511-512)

すばらしいエンディングです。絶望のふちで、スカーレットは16歳の自分を取り戻したのです。

新潮文庫新装版は、旧版よりも活字が大きくなっていました。もちろん鴻巣友季子の名訳も光っていますが、老年期の読者にとって大きい活字はありがたいものです。1ページの文字数を数えてみました。

旧版:1行43字で19行
新版:1行38字で16行

◎「……でござえますだ」式の言い回し

新潮文庫の旧訳について、斎藤美奈子は次のような感想を書いています。

――黒人差別が露骨だとして近年では批判も浴びた小説。日本語訳では乳母マミーが話す「……でござえますだ」式の言い回しが気にかかる。それでも全五巻、飽きさせないのがすごい。(斎藤美奈子『名作うしろ読み』中央公論新社P87)

乳母マミーの言い回しを比較してみたいと思います。

「あの紳士たちは、もうお帰りかね? なぜ夕食におさそいしなかっただかね。スカーレット嬢さま?」
(大久保康雄・竹内道之助訳、第1巻P41)

「おや、旦那さんがたはお帰りですか? なんでまた、夕食までお引き留めしなかったんです、スカーレット嬢さん?」
(鴻巣友季子訳、第1巻P52)

斎藤美奈子さん、もうすっかり改められているだがさ。
(山本藤光:2013.12.08初稿、2018.02.16改稿)

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