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アーサー・ミラー『セールスマンの死』(早川演劇文庫、倉橋健訳)

2018-02-18 | 書評「マ行」の海外著者
アーサー・ミラー『セールスマンの死』(早川演劇文庫、倉橋健訳)

かつて敏腕セールスマンで鳴らしたウイリー・ローマンも、得意先が引退し、成績が上がらない。帰宅して妻から聞かされるのは、家のローンに保険、車の修理費。前途洋々だった息子も定職につかずこの先どうしたものか。夢に破れて、すべてに行き詰まった男が選んだ道とは…家族・仕事・老いなど現代人が直面する問題に斬新な手法で鋭く迫り、アメリカ演劇に新たな時代を確立、不動の地位を築いたピュリッツァー賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

◎時空間を越えた会話

営業職に変化が起こりつつあります。これまで対面販売が中心だったものが、コンピュータにとって変わられてきました。松井証券は営業マンを廃止し、証券情報をインターネットでおこなっています。

松井証券・社長の考え方に、古い営業マンは「馬鹿げている」「尋常じゃない」といって猛反対しました。社長は営業マンの人件費を「情報」という、より高度な付加価値に転換したいと決断しました。当然、コストは下がります。そして業績は落ちるどころか上がっているのです。

日本型生命保険が、外資系に蹂躪(じゅうりん)されています。生保レディが人海戦術で保険の勧誘をしていたのが従来。今はコンサルティング・セールスを実施する会社が、シェアを急速に伸ばしています。

製薬会社の営業マンは、昔はプロパーと呼ばれていました。それが今はMR(エムアール)と名前を変えました。接待中心の商談型から、真の学術情報の提供(Medical Representative)に変身したのです。

そんな時代を意識しつつ、アーサー・ミラーの代表作を読みました。セールスマンの父親・ウィリー・ローマンは63歳。毎日見本を詰めた重い鞄を下げて、担当先であるニュー・イングランドを駆けまわります。

彼は先代の社長のときから、ニューヨークに本社のある会社に勤めています。彼には妻と2人の息子がいます。家は25年ローンで購入し、まだローンが残っています。生活は苦しく、仕事をやめるわけにはゆきません。彼は移動負担のないニューヨークで勤務をしたい、との希望をもっています。

父親は2人の息子に、大きな夢を抱いて生きてきました。ところが息子たちは、思うように社会的な地位をかちとれません。子供たちのジレンマ。父親の歯がゆさ。

この戯曲は「思いどおりにならない」老人と若者を、家族の枠におさめて描き出しています。2幕の戯曲なのですから、小説のようにはゆきません。そんなハンデを、会話・動作・表情・照明・音声などがカバーします。戯曲を読む楽しみは、会話と会話をつなぐ、こうした「ト書き」にあります。

――台所が明るくなる。ウィリーは、話しながら、冷蔵庫の扉をしめ、舞台前方の食卓のところへくる。グラスにミルクをつぐ。彼は、まったく自分のことしか頭になく、かすかに微笑をうかべている。(本文より)

現在から過去の回想場面に戻ります。そして場面が再び現在に戻されます。この時空を越えた会話と会話の間に、作者の意図が凝縮されています。

病める社会を4人家族に投影させた、『セールスマンの死』が初めて邦訳されたのは1950年でした。しかし今読んでも色褪せしていません。60年の時間を経ても、病める社会の構造は変わっていないということです。

子供に過度な期待と夢をかける父親。創設当時の恩義を忘れて、老いたセールスマンを邪険にする2代目社長。月賦を払い終わるころに壊れる家電。野菜を育てるスペースさえない狭い空間。

アーサー・ミラーは従順だった幼いころの息子たちを、くりかえし舞台にあげます。それがいっそう、老いたセールスマンの悲哀に深い陰を刻みます。

◎KDDとGNPの世界

『セールスマンの死』は、この原稿を書いている半世紀前に出版されました。今回文庫版で再読してみて、10年前に本書をはじめて読んだときのことを鮮明に思い出しました。ちょうどその時期、私は「SSTプロジェクト」という営業生産性向上プロジェクトに特化していたのです。詳細については、拙著・山本藤光『暗黙知の共有化は売上を伸ばす』(プレジデント社)をご覧いただきたいと思います。

まだ営業の世界は、「KDD」とか「GNP」と呼ばれていた時代の話です。KDDは勘・度胸・出たとこ勝負、GNPは義理・人情・プレゼントの略です。『セールスマンの死』はそれよりも、はるか以前に書かれた作品でした。それが現在にも十分に通用することに驚いてしまいました。ウィリー・ローマンはまさにKDDとGNPの権化だったのです。
 
タイトル通りウィリーは、自ら死を選んでしまいます。セールスの仕事を誇りに思い、人生にも大きな夢を抱いていたウィリー・ローマンは、なぜ死を選んだのでしょうか。前記のようにセールスの世界は、時代の荒波にもまれて方向転換を求められていました。老セールスマンの手法は、もはや通用しなくなったのです。
 
期待をかけていた息子たちは定職につかず、結婚もしていません。仕事にも家庭にもいやけをさしたウィリーに残された道は、幻想の世界だけだったわけです。死んだ兄や幼かった長男に向かって、ウィリーが語りかける場面は胸を締めつけられます。幻想の世界から抜け出す唯一の道。それが死だったのです。

『セールスマンの死』は、そのまま日本の営業現場にもちこんでも十分に通用します。しかし、当時のアメリカの社会情勢を理解していると、もっとわかりやすくなります。ウィリーは地道なセールスをつづけて、自分の会社をもとうとしていました。アメリカン・ドリームという言葉がありますが、ウィリーは自分にも自分の息子たちにも無限の可能性を抱いていたのです。

将来の希望が、老いと環境の変化によりしぼみつつある現実。それらが老セールスマンを、狂気へと走らせます。本書は絶対にはずしてはいけない、人生必読の1冊だと断言したいと思います。小さな書店では、本書を見つけられないかもしれません。私はアマゾンの新刊で購入しました。送料は無料なので、近所の書店で注文するよりも早く入手できます。
(山本藤光:2009.12.25初稿、2018.02.18改稿)

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