東日本大震災の後、
「悪質なチェーンメールに気をつけよう」ってのが、一時期、話題になったじゃない?
「この機に乗じて、根も葉もない噂を流して混乱をおもしろがっている人がいるから、
そういうチェーンメールに惑わされず、冷静に対処しよう!」
なんて、言われたりしたよね
でも、実際に、そういう愉快犯に、あなたは会ったことがある?
私にメールをくれた人は、
ものすごく、私のことを心配して、アドバイスをしてくれたんだ
その気持ちは、とっても伝わってきた
だからね、あのとき、誰かにメールを回した人は、もれなく皆、そうだと思ったの
だいたい、あの混乱期に、
自分も日本に住んでいて、なおかつ、あの事態をおもしろがれる人が、いただろうか??
私の結論は、「愉快犯なんていなかった」ってこと
少なくとも私は、自分の目でそういう人の存在を確かめることはなかった
だから、私は、自分が見つけたことを信じるの
「新聞やテレビが言うから・・・」
「噂によると、そうらしいから・・・」
そういう根拠でもって、何かを信じている人が、
この世の中には、とても多いかも知れなくて、
それは、自分の目や耳で判断するのを忘れているって思う
私はセッションのとき、クライエントさんに、
「私の言うことをそのまま信じないでね」って言ってるのね
自分の真実は自分の内側から生まれてくることでしかあり得ないって思っているから
ただ、私の言うことは何かのきっかけになると思ってる
そして、実際、自分で手応えをつかむ人が、やっぱり圧倒的に多くて、
心底、頼もしく、思っていたんだ
・・・これまでは、ね
さあ、ここで、こんなシチュエーションが浮かんできたよ
「いろいろ考えた結果、里誉さんの言うことを、そのまま鵜呑みにするって、決めました!」って言う人が現れたら・・・
しかもその人は、過去、それほどまでに人を信じたことなんてないって人だったとしたら・・・
それはそれで、ものすごく衝撃的で、
自己責任ってカードをきれなくなる私がいて、
ある意味、追い込まれることになる
そうなったら、私は、
そういう選択をする人が、私の目の前に現れたそのことの意味を考えて、
今度は、私が、その人の選択を鵜呑みにして信じることでもって、
命がけで自分を表していくしかないんだって、ことだよね
ハートサポートサロン「フォルテネージュ」