純情きらり(141)その1~桜子

2006-09-13 23:52:36 | 連続テレビ小説
桜子さん、初めての発表会を覚えていますか? 今日の晴れの舞台と同じように、あのときも磯叔母が作ってくれた白い洋服を着て、徳治朗さんのために皆で飾りつけした納屋を舞台に、母マサさん愛用のオルガンの前に座り、その人が大好きだった曲『埴生の宿』を演奏し、それぞれの想いを胸に皆で歌いましたね。(放送されたのは)半年前なのに、遠い昔の出来事のように懐かしく思い出され、そして昨日のことのように鮮やかに目の前に甦ります。

次に訪れた晴れの舞台は新入生歓迎会でした。ジャズ調にアレンジした『春の小川』を合唱して、やんややんやの歓声(なぜか、かねさんと一緒に来賓席に座っていた達彦君も手を叩いていましたね)を浴びましたが、そのときのあなたの顔といったら、本当にキラキラと無邪気に輝いていました。その代償は、一週間の自宅謹慎と反省文の提出という厳しいものでしたが、謹慎中に外出したことが知られてあわや退学かというとき、あなたを守るためお父様が平手打ちをしましたよね。「自分は何も悪いことはしていない」とふくれるあなたを諭すように草笛で『埴生の宿』を吹きながら、「嘘も方便だ」と言って、あなたの音楽学校受験を応援してくれました。そんなことを、ふと思い出しました。

喫茶〈マルセイユ〉で、無謀にも達彦君の代役をつとめたことを覚えてますか? 今日の演奏会で、あなたがいつになく緊張していたのは、あのときの体験がトラウマになっていたからでしょうか? いいえ、本当は意外と気が小さいタイプだったりして・・・。それはともかくして、達彦君のピアノを聴いて、あなたはこの人にはとても敵わないと、劣等感と、そしてほんのちょっぴり恋心も抱きましたね。

あれから、いろいろなことが起きました。私を含めてテレビの前で固唾を呑んでいる人は皆、あなたと一緒に大いに笑いながら、そして涙を流しながら、あるいはあなたの、何ごとにも前向きで後ろを振り向かない「純情きらり」な態度に憤慨しながら、今日の日を迎えました。新入生歓迎会のときと違って、聴衆の中に懐かしい人々が一人もいないことが、残念といえば残念なのですが・・・

でも、彼らの代わりに〈マルセイユ〉のヒロさんが駆けつけてくれました。カウンターの向こうから、今日までずっと、あなたと達彦君を優しく見守ってくれた人が、大きな体で、今日の晴れ姿を見つめてくれている。幕間に、「自分を達彦君だと思うように」と、似ても似つかぬ顔と体で言ってくれたヒロさんの優しさに励まされて、ようやく緊張がほどけたあなたが、秋山さんの巧みなリードにつられて指も自然に動き出し、本来の自分を取り戻したとき、不意に達彦君が現れました。あなたは演奏に夢中になっていたからわからなかったでしょうが、達彦君は覚悟を決めた清々しい顔で会場に現れ、あなたのピアノソロを聴いている間、誰もがとりこになったかつての優しい微笑を浮かべ、演奏が終わる頃には昔と何ら変わらない澄んだ瞳をきらきら輝かせていました。後はもう、私が言う必要もないですね。父源一郎が一番好きだった思い出の曲、あなた自身も父の書斎で数え切れないほど聴いた『セントルイス・ブルース』をバラード調に演奏しながら、離れていた心と心が、ついに結ばれました。

PS.あと一つだけ、疑問を書くつもりです。なぜあなたは、あのとき、「思い出の曲を弾くね」と言って、『陽のあたる街角で』を選んだのだろう? つまらないことかもしれませんが、ずっと気になっていたんです・・・