戦場に置去りにされて死亡した友の遺品を届け、たった一人の肉親だった姉の前で許しを請う達彦に、その姉は、弥勒菩薩のような微笑を浮かべながら、静かに優しく、しかし凛とした声で「あなたのことを許しません」と告げた。
許されざる者として自分を否定するのは、実はたやすい。困難なのは、許されざる者として生きること。過去から目を反らさず、非難も中傷も甘んじて受け入れ、その上で現在の自分を肯定し、痛みと共に生きること。消えない傷跡をときに人前にさらしても、未来に向けて歩き出すこと。この言葉を書くのに(昨日の井坂さんみたいに)2時間ぐらいかかったけれど、言うは易しで行なうは遙かに難しい。
「許しません。許してしまったら、弟は浮かばれないからです。この戦争を、私は許さないことに決めたんです。この戦争が良いこと、正しいことだと、戦うべき価値があるんだと弟を奮い立たせて、戦場に送り込んだ人たちのことも、それをとめなかった自分も・・・。ですから、あなたのことも、許しません」
「あなたには未来がある。でも、弟にはないんです・・・」
今日の「純情きらり」の主役は、「ほっとくわけにはいかん」桜子ではなく「君には関係ない」といいながら寄り切られてしまった達彦でもなく、山長の玄関口で野木山さんにゴッツンコした鈴村さんです・・・というのは嘘で、圧倒的に若山百合子(木村多江)さんでした。
彼女の言葉は、わざわざ遺品を届けてくれた人に対する言葉としてはメッセージ性が強く、達彦に向けて言うよりも、「美しい国」といった美名の下に過去の戦争を正当化したくてたまらない人(プリンスとか呼ばれていますが、鼻の下にちょび髭をたくわえて髪の毛をニ八分けにした方がわかりやすい人物だと思います)と、その人を総理大臣にしようと血気盛んな若手国会議員(実際、彼が次期首相なので怖いです)に向けて話していただきたいくらいですが、「許しません」という彼女の言葉で、許されていく達彦の表情が印象的でした。言葉の一つ一つが壊れた心に届いたのか、達彦の瞳に少しずつ力強さが戻ってきたのです。
ですが、腹立たしいのは、この一番大事な場面に、桜子のカットが必要以上に挿入されたこと。お膳立てをした彼女がこの極めてデリケートな場面にまるで保護者のように同席していること自体があまり面白くないのですが、後方で景色になっていればいいのに、クローズアップも含めて6回も彼女のカットが入るのはとても我慢できる代物ではありません。ここの主役はあくまでも達彦だから、「切り返し」で撮るなら、眉間に皺を寄せたまま表情が変わらない彼女のカットは全く不要で、達彦と多江の二人に限定すべきです。個人的には、達彦の表情の変化を追いたいから「ワンショット」で撮影して欲しかったなあ~。達彦と桜子の二人が同じフレームに収まっているときに、「ピン」が桜子に来ていましたが、もう絶句です・・・
今までは、例えば「マロニエ荘時代」に、桜子が斉藤先生に逢いに行こうか行くまいか揺れに揺れたとき、カメラはなぜか桜子よりも桜子を見つめる達彦を追った。同一画面で「ピン」が桜子でなく達彦にきていたとき、「これは凄いぞ」と思った。トム・クルーズは契約書に自分の「カット数」まで細かく記載させるらしいが、自分が何カット映っているかを考え出したら、作品はひどくつまらないものになっていく。先ほどの演出は、達彦が主役を食ってしまったのではなく、二人のせつない心をより表現するために行われたことなのだ。
ところが、ドラマが佳境に入ってきて、「格付け」の問題が表面に出てきたのか、「大河ドラマ」の主役にふさわしい差別化を行っているのか、肩書きでは他を圧倒しているヒロインが、どの場面でも極めて目立つようになってきた。これまでもヒロインの「お節介」や、スーパーウーマン的な活躍に白けることが何度もあったが、達彦が帰ってきて(ドラマの中でも)わずか三日しか経っていないのに、結果オーライの強引な行動がまたしても成功し、達彦の一番重荷になっていたことを解決してしまうとは夢にも思わなかった。だが、こうしてヒロインが突出すればするほど、登場人物たちが口々にヒロインを賞賛すればするほど、ヒロインのことを嫌いになっていく・・・
来週も、達彦さんは軍服を脱がない様子なのでとりあえず「安心」だけれど、達彦が「純情きらり」ならぬ「純情きらー」の手に落ちるのはどうやら時間の問題です。「マロニエ荘」時代の一番感動的な台詞「私は達彦さんの味方だよ。これからずっと味方になるでね。誰に何と言われても・・・」を、ここで使ってくるとは思わなかったよ~。最も大事な言葉だったので、心の準備がまだできません(トシ子ができなくても達彦ができるならいいやんけ!)。冬吾に対する「私のために生きて!」を思い出して、見事なまでの使い分けに舌を巻くのみですが、今日の木村多江さんと桜子を比べると、達彦さんの隣で傷を分かち合いながら生きていくに相応しい人物は、どちらなのだろうと、つくづく考えてしまいました。
せっかく、達彦さんが帰ってきたのに、こんな感想を抱いて第23週を終えるのが残念です。来週までに以下のことを念じて、桜子の果敢なアタックに達彦がいつまで抵抗して軍服を着続けるか、見届けたいと思います。
①桜子は母かねの死がショックで達彦を死んだと思い込んだ。達彦への想いと共に死んでしまった音楽への思いを、同じ芸術家として彼女が慕い、何度も彼女の窮地を救ってくれた冬吾のおかげで取り戻すことができた。それをきっかけに冬吾を意識するようになり、彼が東京大空襲で重傷を負ったことから、この人を失ってはもう生きていけないという気持ちが募って恋愛感情に発展してしまった。
②微妙な立場に立たされた笛子だが、嫉妬に怒り狂うよりも「妻」として冷静に振舞うことで冬吾の気持ちが桜子に傾かないように苦心した。桜子の気持ちを察しながら冬吾と二人きりにしたのは危険な賭けだったが、あまりの苦しさに彼女が恋を諦めるだろうとしっかり計算した上で二人を誘導している。冬吾に再び筆を取らせるため積極的に「霊感」である桜子を利用したことへの罪悪感をもって、桜子が冬吾を好きになったこと自体を許した。
③冬吾にとって桜子は「霊感」であり、桜子だけが用心深い冬吾が張り巡らせている防護壁を容易に突破してくる。以前達彦に話したように、冬吾は遠くから桜子のことを想っていたのかもしれない。だが、それがただ想っているだけで済まなくなったとき、冬吾はかつて婚約者から逃げ出したように、桜子からも逃げることにした。「俺の方が苦しくなってしまった」と半分本当半分嘘の言葉を置き土産に・・・。冬吾の言葉を聞いて満足した桜子は、恋心を永遠に封じ込めた。
④したがって、桜子さんの達彦への想いは以前と全く同じで、達彦の心の傷を癒したのち二人が結ばれるのは当然の帰結である。
①~④を100回ぐらい暗誦すれば、来週以降納得できるかもしれませんが、彼女主演の大河ドラマは、今は見る気が全く起きません!
(「巧妙が辻」も見ていませんが・・・)