青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

1969年の “スタンド・バイ・ミー”

2021-04-09 | 昭和・思い出は色褪せない

小学校3年の夏、僕は自転車を手に入れた。みんなは16インチの小さなサイズの新車から買ってもらい、背が伸びると買い換えていたけれど、僕の自転車は中古でサビだらけの、いわゆる運搬車でした。しかも親父も乗れるようにと、大人用。中古と言わずに、友達に「ちゅうぶる」の自転車と言われたのは恥ずかしかった。でも親父と一緒にサンドペーパーで錆を落とし、銀色(灰色と言う方が正しい!)のペンキを塗って少しでも綺麗に仕上げました。自転車は僕の行動範囲を、この夏飛躍的に広げてくれた。

僕が住んでいたのは豊中市・蛍池。地名の通り、当時は池や沼が沢山あって、毎年何人かの子供が魚釣りに行っては亡くなった。2学期の朝礼での「黙祷」は毎年の出来事で、この後どんどん池は埋め立てられていきました。「仮面ライダーごっこ」の、ショッカーの秘密基地に持ってこいの洞窟(防空壕跡?)も残っていたから、本格的な秘密基地を作り、いろんなものを持ち込んで遊んだ最後の世代だと思う。

夏休みと言えば、昆虫採集。森とまではいかないけれど、雑木林は沢山あって、カブトムシやクワガタも採れたし、七色に輝く玉虫やカナブン、日本最大のシロスジオオカミキリも採れました。ゲンゴロウが採れたくらいだから、まだまだ虫天国だったと思う。



ある日皆で、阪急電車が開通時に壊した(古墳だと分からない内に)前方後円墳跡の、雑木林を探検に行くことになった。前方後円墳のど真ん中に阪急電車を通したのだから、池は線路を挟んで両側にあり、真ん中の島(古墳)も同じように2分されていた。(白黒写真で、電車の後ろ左側の森。これは当時の写真!カラーは現在で、モノレールが出来ている。ワイド写真で現在を撮影した下の写真では、古墳も池も埋め立てられ、現在はほとんど残っていないことが分かります。)



林はかなり広い範囲で、すぐ横には国立刀根山病院があり、そこで亡くなった人の幽霊が出るから行っては駄目だと言われていた場所だ。立ち入り禁止になっているし、そこならカブト虫もいるのではと思ったから、子供はそこに分け入っていく。さすがに未開の雑木林には、大物の虫がいた。カブト虫もいた!夢中で採っている間に、皆がバラバラになって行った。(写真は当時の雑木林!)



そろそろ戻ろうと思った時、何か大きな物体が、目の前で宙吊りになっているのが目に入った。今でも記憶しているのは、逆光の中のシルエットだけ。そして異臭。白いワンピースのような薄い着衣。そして空中のロープが、ギイギイという音を立てているように強く引かれていた。物体は人間の死体だった。

僕たちが見たものは女性の自殺死体だったのです。

あわてて交番に行き、そこから先はあまり覚えていません。死体を見つけた勇気ある少年のような扱いを受け、どこに行ってもその時の話を聞かれました。今でも数年に1回、当時のリアルな光景を夢に見ることがあります。



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