「全英オープン」最終日、トム・ワトソンは59歳での史上最年長メジャー優勝まで、ほんのあと僅かまで迫り、6度目のクラレットジャグに片手を掛けたが、するりとすり抜けた。
ゴルフの全英オープン選手権は19日、英北西部のターンベリー・エイルサコース(7204ヤード、パー70)で最終ラウンドを行い、スチュワート・シンク(米国)が59歳のトム・ワトソン(米国)をプレーオフの末に破り、メジャー初優勝を果たした。優勝賞金は75万ポンド(約1億1500万円)。ワトソンのメジャー史上最年長優勝はなりませんでした。
「Old fogey almost did it.」
“時代遅れがほぼやり遂げた”- ワトソンは、この日の戦いを自らそう形容した。59歳10か月のメジャーを含むツアー史上最年長優勝、そして26年ぶりで最多となる6度目の大会制覇が目の前に見えた。1打リードの単独首位を守って迎えた最終18番ホール。誰もが歴史が変わる瞬間を予感した、この最終18番に落とし穴があった。フェアウエーからの第2打。残り約190ヤード。9アイアンと迷い、8アイアンを握った。ボールはピン筋に飛んだが、グリーン奥にこぼれた。「ショートだけは絶対に避けたかった」というパターでの寄せがオーバー。ウイニングパットとなるこの2メートル半を外し、3組前のシンクにプレーオフを許してしまった。
この8アイアンの選択は痛かった。59歳の脚に、夕闇迫り、気温も下がり始めたリンクスで、ボールにバックスピンをかけるだけの力が残されていなかった。この日は全選手がスコアを落とす消耗戦。ワトソンは最終組だけに、先にプレーする選手がトラブルになるたびに、冷たい風の吹くコース上でプレーを待たされ続けた。張りつめた気持ちが緩み、逆に筋肉は疲れから硬直して行く。これではショットに影響が出ないわけがない。私はワトソンの敗因はそこにあったと見る。結果、プレーオフは6打の大差で完敗。世界中が期待した奇蹟は起こらなかった。
ティーオフから5時間が過ぎたプレーオフの最終18番ホール。「足が働かなくなり」(ワトソン談)、ショットは右へ左へ痛々しいほど乱れた。かつて「栄光への花道」として歩んだ18番のフェアウエーで、ワトソンは何かをじっとこらえるように唇をかみしめていた。敗北が決定的なワトソンが18番グリーンへ戻ってくると、周りをぐるりと取り囲んだギャラリースタンドの人々が総立ちとなり、温かい拍手と歓声で疲れ切った老兵を出迎える。それは、これまでの寒さや疲れも吹き飛ぶような、心温まる瞬間だった。激闘に終止符が打たれると、ターンベリーの風は穏やかになった。ワトソンには勝者より大きな拍手が送られた。
ワトソンがターンベリーで見せてくれたのは、パーを拾うことの大切さ。パーオンしなくても、バンカーやグリーンサイドからアプローチを寄せていく。パーパットを沈めると、スコットランドのギャラリーは大歓声を挙げてワトソンを褒め称えた。1977年のニクラウスとの死闘が「白昼の決闘」なら、2009年は「黄昏の決闘」だった。
実はこの大会前週の日曜日、ワトソンは1977年のターンベリーで「白昼の決闘」と呼ばれる名勝負を演じたジャック・ニクラウス(69)と夕食をともにし、昔話に花を咲かせた。ワインを数本空けた後でもスコットランドの空はまだ明るい。2人で午後11時ごろから近くのコースへ繰り出し、パー3のショートホールで「真夜中の決闘」を楽しんだ。駆けつけた警備員も「ジャックさんじゃないですか!どうぞ続けてください」と驚きを隠せなかった超豪華競演。「勝敗?楽しんだだけだよ」と笑ったが、盟友の存在が支えになった。激闘を見守ったニクラウスは地元紙に「本当に静かに見ていた。みんなと同じようにね・・・。でも涙が出たよ。すばらしいことをやってくれた」とワトソンを讃えた。
優勝したシンクは、「ギャラリーの大半がワトソンの優勝に期待していたことは知っていた。私は観衆が100%味方につくタイプではない。それが私の立場だ。」と語る一方で、「子どもの頃からの憧れの存在と競うなんて超現実的な経験だった。彼は時間を元に戻した。」と、ワトソンに敬意を表することも忘れなかった。「自分を疑ったこともあった。でも、これで乗り越えることができた。これから新しい章が始まる」。“無冠の帝王” スチュワート・シンクが、次の時代のページをめくった。
ほぼ手中にしていた59歳のメジャー最年長優勝を土壇場で逃したトム・ワトソン。試合後は、悔しさをにじませながらも、ウイットに富んだ記者会見を行った。重苦しさに包まれた会見場。記者が会見場にゾロゾロやってくる様子を見て、ワトソンは開口一番「これは葬式じゃないんだよ」と冗談を飛ばし、深いしわが刻まれた顔をほころばせた。
―試合直後のインタビューで『失望している』といっていたが
「すごく失望している。はらわたを切り裂くようにね。受け入れるのは簡単なことではない。涙がこぼれそうなほど、がっかりしている。優勝するつもりだったが、最後のホール(本戦の18番)でそれがかなわなかった。(2打目を)8Iではなく9Iで打てばよかったと思っている。遠くに飛び過ぎた。プレーオフでは悪いショットを繰り返した。」
―シンクについては
「スチュアート(シンク)は勝つために必要なことをやった。プレーオフでは競い合うことができなかった。スチュアートには『おめでとう』といいたい。」
―最後は疲労が敗因か
「そのように見えたかい?そうは感じていなかったが、そうなのかもしれない。プレーオフの17番では足が動かなかったが、そのときのスチュアートはすごくいい状態だった。」
―また勝つチャンスはあるか
「もちろんあるさ。まだ私は戦える、そう信じられた1週間だった。来年のセントアンドリュースでも十分戦えるさ。」
この日、全英オープンの歴史に新たに刻まれた1ページは、皆が語り継ぐにふさわしい珠玉のストーリーだった。