青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

新参者の「たい焼き屋」さん

2010-06-29 | ぶらり散歩

東京は中央区の人形町。

まずはこの時期しか使えないネタということで。

さすが、商魂たくましいお店。サッカー中継でお客を呼ぶ。でもお客が居座って回転が悪くならないかと気になりました。

こちらは、たいやきの「柳屋」。いつも凄い人数が列を作っており、買うまでに一体どれだけ時間が掛かるのか分かりません。僕は1度開店時間に1番に行きましたが、開店と同時に焼かない!12時から焼くと言うので出直しました。すると「今から焼くから30分は待たないと駄目だよ・・」と、12時なのにのんびりと・・・老舗にあぐらをかいているのかと思ったら・・・。このお店は、たいやき発祥の店らしく、東京「たいやき御三家」のひとつだそうです。

「実るほど頭をたれる稲穂かな」ですよ!写真を撮った日は、「お!空いてる」と思ったら「もう終わりだよ」って・・まだ明るいのに。僕には縁の無いお店のようです。TVの「新参者」で、阿部ちゃんがいつも並んで買えない鯛焼きのお店のモデルはここ。本当に買えません。実際食べても、そんなに特別な味とは思わないのですが・・。

この1枚はお店の前に飾られている人形。この町で腹が立つと、決まってこの人形が目に入り、僕に謝ってくれているように見えるのです。そしていつも「いや、そこもとのせいではござらん」と、気分を直す僕です。

この火消し人形は、前がドトール・コーヒーのお店なので、この音が聞こえるとお店から数人が何事かと出て来る様子も合わせて、この浜町の名物だと僕は思います。(笑)


梅田地下・ふるさと名産店の終焉

2010-06-21 | 昭和・懐かしい大阪の風景

先日、仕事で大阪に行った時のこと。地下街があちこち工事中。阪急百貨店前の大通りなどは工事で道幅が半分以下になっているものだから、狭くて仕方がありませんでした。地下街の人口密度が高くなっていました。

以前にはなかった、美味しそうなパン屋さんが出来ていたりもしましたが。それにしても梅田地下街も変わったものです。

第1から第4ビルの中や、丸ビルの中、三番街そのものは同じでも、その途中の地下街が一変したな~と、強く感じたものです。その時ふと思いました。仙台の銘菓「萩の月」が食べたいと。阪神百貨店から地下鉄西梅田駅までの間の地下通りには、全国各地のお土産が手に入るように県の数だけのお店がありました。「ふるさと名産店」です。僕が物心ついた時には既にありましたから、少なくとも40年前からは、あったことになります。

お店の奥行は何と「50センチ」しかありません。ここで出張のアリバイを作るサラリーマンがいるということを聞いていましたが、私は昔ここで、「ひよこ」など各地のお菓子を買ったものです。「賞味期限は大丈夫か?」という気持ちもありましたが、美味しくいただいたものでした。秋葉原にも、これくらい狭いパーツ屋さんなんかが残っていると聞きますが、大阪には全国の都道府県の数、こういうお店がズラリと並んでいたのです。

しかし、「萩の月」を求めて歩いて行くと、何とこの名店街のお店の数が激減していたのです。シャッターが下りていて、知らない人には単なる地下通りの壁としか思えないと思います。しかし、実はお店のシャッターが下りているのです。

こういう大阪名物が無くなって行くのを見るにつれ、時代が変わって行く・・そう思わざるを得ません。皆さんは知っていますか?大阪でジャンボ宝くじの1等当たりが1番出る売り場を。第4ビル前の売り場ということになっていますが、実はここは移動してきた場所で、昔は阪神百貨店と地下鉄御堂筋線改札口前の、地下の夕刊新聞などを売っていたお店が並んでいた場所でした。汚いから改装という理由で、売店も全部強制立退きになり、現在の場所に移動になったのです。

壁には夕刊紙のサンプルが貼られ、「こ●き」(何でこれが使用禁止文字なのか?)も結構座っていました。80年代のバブル期には、「こ●きは3日やったら辞められない」というのは本当か?と、僕が実際にやってみたら、当時現場仕事のアルバイトで1日5,000円のバイト代が相場だったのが、1日座ったら確か12,000円になり、毎日座ろうかと思ったことを、今記事を書きながら思い出しました。この時、喉が渇いたので、売店に缶コーヒーを買いに行ったら、「こ●きは向こうにお行き!若いのに働きもせず!」と言われて、缶コーヒーを投げつけられたのを覚えています。

しかし、こちら梅田の「ぶらり横丁」は健在でした!ここは以前より道が整備されて、行きやすくなったような気がしますね。


「ACACIA ~ アカシア 」 プレミア試写会!

2010-06-02 | 素晴らしかった興行・イベント

アントニオ猪木(67)が5月31日、初主演となる映画「ACACIA」(辻仁成監督、6月12日公開)の舞台あいさつを東京・港区のヤクルトホールで行った。猪木演じるは、息子を失った初老の元プロレスラー。元プロレスラーの孤独な老人が、他人に心を許さない少年との出会いをきっかけに、過去の痛みを乗り越える勇気を得ていく姿を描き出すヒューマン映画。

2008年に函館で全編撮影され、昨年の第22回東京国際映画祭コンペティション部門への正式出品を経たものの、いろいろなトラブルが制作会社サイドに起きた。その為、お蔵入りかとささやかれ、一時は公式サイトや公式ブログも閉じられていたが、ようやく6月12日より全国公開されることになった。奇しくも自身のデビュー50周年と初主演映画の公開が重なった猪木は「強運なんです。僕も、監督も」と笑顔をのぞかせた。

あいさつ前の会見では「見に来いよ、見れば分かるさ」とだけ話していた猪木だが、「元気ですかー!」と猪木節で登場するや、会場は大盛り上がり。「出る前から、辻監督から、『まじめにやってくださいよ』と言われましたが、大丈夫です!まじめにできますから」と話した。映画の出演経験はあるものの初主演という“大勝負”に挑んだ撮影を振り返ると「初めてのことだから期待に応えられるかな?と思ってね。感情を出さないといけなかったし」と照れ笑い。そして突然「バカヤロー!!」と報道陣を驚かせて、「そう言われないように頑張りました」と小声で笑みをこぼし、爆笑を誘った。相変わらずサービス精神旺盛なところを見せる猪木。むしろ辻監督のほうが「怒られるのではないか」と演出にもビクビクしていたようで、「撮影の最終日に、一発、ビンタをいただいた」と痛みを思い出すかのように頬を抑えた。

オファーを受けたときの感想をたずねられると「その質問、飽きちゃった」と一蹴。辻監督は、現場での猪木について「悪口なんかは絶対言わないで、くだらない冗談をいっぱい言う。僕がピリピリすると猪木さんが冗談を言ってくれて、助けてくれた。ありがとうございました」と改めて礼を述べた。すかさず猪木は、「今日のメシはサンマだよ」。取材陣から笑いが起こるなか、辻監督は「え?急でわからない・・・。ああ、分かった、ハハハ」と作品名にタレントの明石家さんまを引っ掛けた冗談に大ウケだった。

猪木はその後も、MCから「猪木さんの男泣きの場面が大きな見どころですが・・・」と聞かれると、突然「ウウッ!」と大声で泣きマネ。「目薬を入れようかと思った」と率直に話し、「あの女、どこ行っちゃったのかな、なんてことは考えていませんでしたよ。娘(8歳で亡くなった娘が、猪木にはいました。)を亡くしたことや、(自分の)じいさんとの別れを思い出しながら、本当の涙を流しました」と振り返った。辻監督は「現場に嫁さん(中山美穂)が来て、(猪木の)演技を見て大泣きしていた。彼の存在感そのものがこの作品の大きな要素になっている」と振り返った。

そんな猪木の演技を監督の辻は絶賛しており、「東京国際映画祭の上映のときに、フランスの友達から古い俳優だと思うんだけど、彼の演技が素晴らしかった。彼は黒澤や小津の作品に出ているのか?と聞かれました。(イタリアの名俳優の)マルチェロ・マストロヤンニとかそういうクラスの人だと思ったみたいです」と猪木を絶賛。それを受け、猪木も「僕は運がいい。演技(縁起)がいい男です!」と猪木流のだじゃれで、会場を笑わせていた。

映画のPRを、と言われると、猪木は「初めて映画に出演させていただいて、期待に添えるか不安もありましたが、いかようにも料理してくださいと、自然な形で淡々と演じました。共演の子役の林凌雅くんが天才だった」とたたえ、「見に来いよ!見ればわかるさ!」と猪木語録からアレンジして絶叫。そして、「やはりこれをやらないといけないでしょう。先日、米国で殿堂入りしました。その時は『ワン、ツー、スリー』でしたね。皆さんご唱和ください。イチ、ニ、サン、ダーッ!」と、まさに独壇場で会場を大いに盛り上げた。ほかに辻監督が作詞作曲した主題歌「アカシア」を歌う持田香織が同曲を初披露。子役の林凌雅も出席していた。

 

 

■STORY
さびれた団地の用心棒をつとめる初老の元覆面プロレスラー、大魔神。彼は息子に充分な愛情を注げなかった悔いを胸の底に秘めて生きてきた。そんな彼の家に転がり込んできた少年、タクロウ。母親に置き去りにされ、誰にも心を許さないタクロウが、大魔神の前ではなぜか素直になれた。あたたかい団地の住人たちとアカシアの木々に見守られ、束の間、親子のように暮らすふたり。かけがえのない時を重ねるうち、それぞれが本当の家族と再会し、過去の痛みを乗り越える勇気を手にしていく。父の愛とは何かを問いかけるヒューマンドラマ。家族がバラバラになり、離れて暮らすようになっても、父が息子のことを考えない日はない。その思いはどうしたら届くのか。空いてしまった心の穴は埋められるのか。高齢化社会にひそむ孤独や、子どもを取り巻くいじめの問題など、様々な世代の人間が抱える現実を見すえながら、映画はいつの時代もゆるがない人間の絆を描き出す。


日本のプロレス黄金時代を築き、不滅の闘魂を燃やし続ける男、アントニオ猪木。圧倒的な存在感を放つ本作の主人公、大魔神を演じられるのは、彼以外にいない。そう確信していた辻監督のオファーを、アントニオ猪木は「引き受けよう。男に二言はない」と快諾。映画初出演ながら、類まれなるスター性と純粋な眼差しで、日本の男たちが失いかけている強い父性を体現してみせた。目尻に深いしわを寄せて微笑み、大きな体を折り曲げて縫い物をし、哀しい過去を思い出して立ちすくみ、霧に包まれたリングの上に佇むその姿。スクリーンに焼き付けられたアントニオ猪木=大魔神の一挙一動は、観る者すべての胸を大きく揺さぶるだろう。