青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

宝塚歌劇 ~昭和・平成・令和の景色

2024-10-19 | 昭和・懐かしい京阪神の風景

NHK大河「光る君へ」を観ていますが、若い俳優が多い中、凰稀かなめさんがしっかり脇を固めています。彼女は元宝塚歌劇団宙組トップスター。元タカラジェンヌは舞台はともかく、映画やテレビでの演技が必ずしも上手いとは思いませんが、さすがの貫禄と思わせてくれる安定感は、流石だと思います。

僕は電車1本で「宝塚」にすぐ行くことが出来ますので、子供の頃から「歌劇」には何度も足を運んでいます。田舎の親戚のお姉さんたちが大阪に出て来て、僕の家に泊まる度に京阪神の案内をするのが小学生からの僕でした。7~8歳の子供の案内で、あちこち行くのに不安は無かったのかと思いますが(笑)、宝塚歌劇にもそうやって道案内がてら行きました。

この写真の建物は、大正12年3月に新歌劇場として開館した木造2階建ての劇場で、中劇場として建てられた、現在のバウホール横にあった建物で、歌劇の第2劇場としての役割を果たしました。昭和25年に「宝塚映画劇場」と改称、同28年に「宝塚新芸劇場」となり、昭和47年(1972年)に閉場、同53年(1978年)頃に解体されました。

写真の中央・トラックの左、建物の中に「ベルサイユのばら」公演の看板が見えるように、この写真は1976年の冬の撮影です。

こちらが同じ場所のほぼ30年後の平成20年(2008年)の景色。

更に16年後の現在の景色です。上の写真の工事中だった部分が、「こういう風になったのか」と分かりますね。

パワハラ・セクハラが社会で取り沙汰されるようになって随分経ちます。宝塚も例外ではなく、いろいろと改革が求められている情勢です。しかし、今も昔も平日にも関わらず、多くの宝塚ファンがここに足を運ぶ光景は変わりません。時代にうまく対応して、これからも華やかな舞台をファンに提供し続けてほしいですね。

 


阪神・甲子園球場を見て思う。老兵は去るのみ!

2024-10-16 | 昭和・懐かしい京阪神の風景
一体何年振りに足を運んだのか?本当に記憶にありません。最後に行った時は、まだ阪神パークが残っていたかも?
 
 
阪神電車・甲子園駅も、甲子園球場も記憶と全く違う光景でした。同じ場所にありますが、全く記憶とは違う球場がそこにありました。阪神高速神戸線もそこにありますが、阪神淡路大震災で改修されました。いつまでも同じように、当たり前のようにそこにあっても、中身は全く違います。
 
 
甲子園球場は綺麗にリニューアルされていました。周辺の道路にも、いろんな建物にも、駅にも、昭和の面影はもはや残っていません。
 
僕の甲子園のイメージは、下の写真のまま。水島新司の古い漫画の「男どアホウ甲子園」や「ドカベン」に登場するリニューアル前の甲子園球場です。
 
 
どんどん世の中が、次代の人の物に変わっていると実感します。若い人には、今度の選挙に投票し、自分たちの世代の総意で日本を変えて行ってほしい。老兵は去るのみです。

船で行く神戸 ~こんなデートがあった!

2024-02-24 | 昭和・懐かしい京阪神の風景

京阪神間に「こんなデートコースがあった!」ということで、このカテゴリーに書かせて頂きます。

どこかに出掛ける時、移動方法は勿論大切だけど、同じくらい途中の行程の楽しみ具合もデートの重要ポイント。通り過ぎる景色や風景が素晴らしければ、それだけでワクワクしたものです。だから僕らが若い時は中古車であってもローンで購入し(アルバイト代で支払ったものです)、ドライブ先を厳選し、カーステを取り付けて(当時は自動車にはAMラジオしか標準装備ではありませんでした。)BGMのカセットテープ作成にも力が入りました。

大阪から神戸へデートで行く際、当然電車か車かということになるのですが、「船を使うという手」もあったのです!リッチな船旅気分を味わい、神戸へ船で到着というロマンチックなルートが1992年の夏まであったのです。

それは大阪弁天ふ頭を午後4時半に出航。神戸の中突堤にに立ち寄る、関西汽船の別府航路でした。写真の船がこのデートの舞台「こばると丸」。関西汽船が運航していた客船で、僚船のあいぼり丸と共に、関西汽船が運航した最後の純客船でした。

夕陽を浴びての船旅の出発。暮れ行く六甲の山々のモノトーンな眺めを右に見て、潮風に吹かれる約1時間の船旅はムード一杯。

夕暮れが近づいて来ると、まるで映画の主人公のような気分に。

汽笛が鳴って、到着は港・神戸のど真ん中、ポートタワーのある中突堤なので、これだけで立派なデートコース。停泊中の外国大型船にはキラキラと明かりが点灯され、港のトワイライトは思わずため息が出そうでした。

ポートタワーが迎えてくれる神戸に到着後は、神戸の夜のクラビング(死語!笑)に出発!

92年8月にさんふらわあ こがねの就航により、こばると丸とあいぼり丸の引退により、関西汽船の大型船は全てフェリー化され、このデートコースは終わりを迎えましたが、乗船券は何と驚きの「400円」という格安のルートだったことをご存知の方は、どれだけいるのでしょう?

大阪・梅田から神戸・三宮まで阪急電車で230円(特急29分)、国鉄(JR)なら380円(新快速24分)だったことと比べても、本当に経験しないのが「大損」のデートコースでした。

 


神戸・垂水 ~明石海峡大橋で激変した景色!

2024-02-18 | 昭和・懐かしい京阪神の風景

海と山が接近していて、小さな洋館が多い街。外国人たちがこの街の自然に心魅かれ、移り住んだことを物語っています。もう半世紀近く前になる学生時代、神戸・塩屋~垂水~舞子を歩いた時のことを思い出します。ウエザー・リポートという名物喫茶店のことについては、これまでに何度も触れていますが、今回はそれ以外のことを・・。

国道2号線を西へ進むと松林の舞子公園が今も昔もあります。あちこちにあるベンチではアベックが仲睦まじく語らっている姿が見えました。

ここで最も印象に残るのが、海べりに立つ「六角堂」。本当は八角形なのですが、遠くから見ると六角形に見えるのでこの名が付きました。正式名称は「移情閣」。孫文が亡命した時に招いた館として有名。この写真は昭和60年(1985年)のもの。現在は・・・

明石海峡大橋の建設によって、こんなにも風景が変わりました。しかし、夕暮れ時の形容し難い美しい移情閣の姿は、今も変わりません。

滝の茶屋駅から垂水駅までの間の住宅街。福田川から2号線に出て西に向かうと古い洋館がありました。それがこの写真の日本一洒落た垂水警察署でした。大正4年に四本氏の別荘として建てられたもので、当時の富豪の生活を物語るような風格のある建物は、昭和61年(1986年)まで警察署として使われていました。現在は篠山市にある「お菓子の里・丹波」に移築されています。

左は塩屋異人館倶楽部という本格的なフランス料理のお店で、「ウェザーリポート」より「もうひとつ上等」なデートコースの定番でした。昭和初期の異人館の建物をそのまま利用しており、僕が最後に行った1986年頃、海を見ながらの食事は最高でした。コースは確か4,500円からでしたが、格式ばらないお店で、コーヒー350円だけでも利用出来ました。

右はシーサイドクラブパレス塩屋で、こちらもフランス料理のお店。海に面したテラスが異国情緒たっぷり。潮風を頬に受けながらお茶を飲んだものです。夜は船の灯りを眺めながら、ちょっと気取ったコース料理を楽しみました。コースが5,000円くらいだったと記憶しています。残念ながら、どちらも今はありません。


消えた “ゴルフ練習場” ~神崎川

2024-01-12 | 昭和・懐かしい京阪神の風景

ジャンボ尾崎は三拍子♬・・なんてCMソングをご存知の方はいらっしゃいますか?

70年代は高度経済成長と共に、ゴルフも大人気でした。TVでも土曜の23時になればUSツアーを紹介する「ビッグ・イベント・ゴルフ」「プロ・ゴルフUSA」、そして「ジャック・ニクラウスのキングス・ゴルフ」と3番組が視聴率を争い、勿論土日の昼間には国内ゴルフトーナメントが生中継されていました。

家族対抗歌合戦に尾崎3兄弟が揃って、素晴らしい喉を聞かせてくれたり、傘のマークのアーノルド・パーマーの商品も身の回りでよく見かけました。

僕の住んでいた大阪の北摂と呼ばれる北大阪にも、ゴルフの練習場が沢山ありました。150ヤード以上ある広い練習場もありましたが、東豊中、千里中央、江坂、池田、神崎川・・・とても懐かしいのですが、今残っているのは阪急神戸線・神崎川駅前の練習場「つるやゴルフセンター神崎川」だけになりました。併設されたミニ・コースも狭くはなりましたが、最新の機械を打席に装備して営業を続けています。

現在の八幡宮神社前交差点から東を望んだ、昭和50年(1975年)の写真です。当時は交通量が少なく、信号機も設置されていませんでした。右に見える大きなフェンスがゴルフセンター神崎川。

現在はこのような景色になっています。

コロナ禍前でも、練習場に行けば60代の年齢の僕より若い人を、ほとんど見かけない。ゴルフコースでスタート前にクラブハウスで珈琲を飲んでいると、周囲のお客さん達は僕より年配の方ばかりで、どこどこの病院が良いだの、どこが悪いだのと病気の話ばかりしている。

ゴルフだけではなく、テニスの若者人口も大減少していますが、80年代より現在の方が安価で楽しめるスポーツがどれほど数多くあるか!若者にはゲームやスポッチャではなく、リアル・スポーツを楽しんでもらいたいと心から願っています。