青春タイムトラベル ~ 昭和の街角

昭和・平成 ~良き時代の「街の景色」がここにあります。

3代目、大阪駅舎!

2023-02-28 | 昭和・懐かしい大阪の風景

国鉄、いやJR大阪駅がどんどん変わって行きます。新しいホームが完成しましたが、今後も続々と計画がありますので、駅周辺開発と共に永久に変わり続けるのでしょう。僕の人生では大阪駅の完成形を見ることは不可能だと思います。

1979年の大阪駅と切符切りの駅員さんの写真中央コンコースの噴水などの記事を過去にアップして来ましたが(その他沢山の記事がありますよ)、今回も「国鉄大阪駅」の写真です。

これは昭和40年の3代目の国鉄大阪駅舎です。

そもそも大阪駅舎はどれだけ変わって来たのでしょう?初代駅舎は明治7年の赤レンガ造り2階建て。2代目駅舎は明治34年に石造りで建築され、昭和になって解体されて戦時期に3代目駅舎の建設は進められました。当初は5階建てで上階にはホテルが入る予定でしたが、戦局に鑑み、中央部を除き3階建てとして、昭和18年に竣工しました。

この後4代目は1979年、現在の5代目駅舎は2011年からお目見えしました。


佃煮の佃島は、大阪がルーツ!

2023-02-27 | 昭和・懐かしい京阪神の風景
ここは大阪市西淀川区の「佃」(つくだ)、昭和41年の写真です。
 
 
佃は神崎川と左門殿川の間にある中州です。古来漁業が盛んで、天正年間、徳川家康が当地を訪れた折に、白魚を献上したことが縁で、江戸時代に住民の一部が江戸に移住、移住先の地は「佃島」となりました。天下の台所「大阪」が、江戸の有名な「佃島」の元祖だったのです。
 
千葉の勝浦が、和歌山の勝浦からの移住した人の街だったのと同じ。
 
写真手前、神崎川を渡ってすぐの所に「千船駅」が見えます。ここは昭和52年に高架化されました。そして、写真左上に見えるのが「佃ゴルフセンター」で、僕が生まれて初めてラウンドしたゴルフ場です。
 
 
コースは全部で6ホール。それを3周して1ラウンド。小さいながらも池越えのホールもあれば、しっかりバンカーもありましたが、あるホールのグリーンに、キノコが生えていたのを覚えています。
 
コース右の四角い土地は、ゴルフの打球場です。ここで生まれて初めての「打ちっぱなし」を楽しみ、その後隣接のコースで生まれて初めてのラウンドを経験しました。それまでは近所の田んぼや空き地でパットの練習、整備もされていない河川敷でアイアンの練習をしていただけなので、小さくても本物のゴルフ場に感動しました。
 
 
打ちっぱなしの料金は友人のお父さんが払ってくれ、コースの代金は自分で払ったのは覚えていますが、金額までは覚えていません。昭和51年(1976年)3月28日、春休みのことでした。スコアはみんな、笑ってしまうような数字ですね。
 

“キンプリ” 恐るべし!

2023-02-26 | 日記
先週のことになりますが、キング&プリンスって、凄いですね。
 
キンプリの新譜発売日、タワーレコードは定休日。
 
タワレコの営業に合わせて、キンプリはCD発売日を決めていない。だから、タワレコが臨時販売コーナーを設け、発売に対応!写真は大阪・梅田の茶屋町です。
 
 
本でもCDでも、お店の定休日と発売日が重なった時、こういう対応を取っているのを初めて見ました。
CD時代は終わったとか、ジャニーズ事務所も落ち目だと言われても、こういうこともあるんですね。平日に行列を作るファンも凄い。

ロボット広場 ~なんばCITY南館

2023-02-25 | 昭和・懐かしい大阪の風景

昨日は「なんばCITY本館」についての思い出を書きましたが、今日は続編「南館」を思い出してみようと思います。1985年にタイムスリップ!

では早速本館から南館へ、当時の2つをつなぐサウスストリート(上の写真)を通って入ってみましょう。

南館2階には舶来ファンシーのお店「モリス」や、女性の占い師がいた「妖精の館」が人気を呼んでいたのを覚えています。

南館1階には大きなフロアにスポーツ用品やウエアを置いた「ミナミスポーツ」、スポーツシューズなら大抵のものが揃う「アスリートフック」、古本屋が10軒以上並んでいる「なんばん古書街」がありました。とても思い出深いです。

食事には「伊太利亭」「あかさたな」「もとせ」「土佐藩」が、ここに入っていました。

そして南館地下1階には、でっかいロボットがで~んといる「ロボット広場」がありました。

900平方メートルのイベントホールで、コンサートや演劇の公演を行う「シティホール」や、ピラフ、グラタン、スパゲティの「薔薇の木」も覚えています。今思い出しても、キタと呼ばれる梅田に対抗して誕生した「ミナミのなんばCITY」は、キタとは全く違う色合いだったと思います。今も両者は雰囲気が全く違います。

この通りを渡ると、今は無き大阪球場でした。

 


なんばCITY ~地下に広がる未来都市

2023-02-24 | 昭和・懐かしい大阪の風景

1980年代後半、「地下に広がる未来都市」と呼ばれたのが、南海電車・難波駅のターミナルビル内に出来た新しい街「なんばCITY」。当時キタに対抗してミナミ復権の拠点にという意気込みで作られ、メインテーマは「21世紀を指向するロマンの世界」。

1985年の現在とは違う、なんばCITYを当時の写真で見てみましょう。

ファッションからホビー、飲食店など約270の店が地下2階から地上2階まで並んでいました。ロボットやロケット広場、シティホールなどもあるショッピング・コミニュティゾーン。星、月、太陽の街にエレガンス・アベニュー、デリカパーク、シティスポーツなど個性あふれるスペースが広がっていました。

本館1階には、アニマルプリントの服の「ゲスト」、ランジェリー専門店「クレール」、ラルフ・ローレンのコレクション店「ベコー」、アイデア商品が満載の「王様のアイデア」等のお店があり、なんばCITYの文化の核となる「読売なんばCITY文化センター」がありました。

本館地下1階には、日本で最初の静止衛星「きく2号」を打ち上げたNロケットを置いてある「ロケット広場」がありました。未来シティのシンボルモニュメントでした。15人ほどで満席になる珈琲の美味い「蘭館珈琲ハウス」、サンドイッチならおまかせの「フジローズ」、世界105か国のチョコレートが1,000種類近くある「世界のチョコレート一番館」も覚えています。

本館地下2階はエレガンス・アベニュー。高級ブティックが軒を並べている一角。そばには光と噴水の幻想的なピラミッド広場があり、しっとり落ち着いたムードを盛り立てていました。