僕のような60歳を超える人なら、新選組・鬼の副長「土方歳三」と言えば、俳優・栗塚旭を思い出さずにはいられないと思います。テレビ朝日系で昭和に放送された「新選組血風録」「燃えよ剣」で、土方歳三を演じ、一躍スターダムを駆け上がった俳優さんです。
その栗塚氏の経営した喫茶店が「若王子(にゃくおうじ)」でした。テレビ出演で得たお金で、京都・哲学の道沿いに土地を購入。そこに自宅を建て、カフェをオープンしたのが昭和47年(1972年)。2002年(平成14年)に閉店、その後も栗塚氏はそこに住んでおられましたが、いつまにか空き家になり、寂れ、現在は自宅もカフェも取り壊され、かつての場所にはその面影も残っていません。
僕がこのお店を訪ねた頃、お店には栗塚氏本人が忙しく店内を歩き、自らお客さんに珈琲を運んでいました。栗塚氏のお店だけれど、本人の姿を見れない・・そういうお店ではなく、本人がお店で接客をされていました。
新選組ファンの方が「燃えよ剣」などの本を差し出してサインをお願いしても、気さくに応えられていました。ただ・・・栗塚氏の普段の声はTVの土方の声とは全く違い、かん高い声で、土方の声を聞かせて欲しいというリクエストにだけは、「あれは仕事の声だからお金が要るよ」と役者の矜持からなのか、応じられていませんでした。
お店も1人で切り盛りしているかのようで、庭にある池の水は濁っていましたし、店内や庭には仏像もあれば、キリスト像もあり、ミロのビーナスもある。樹も花もいろんな種類が統一感無く植えられていました。その統一感の無さについて質問すると「世の中にはいろんな宗教や綺麗な物があって、どれが正しいとか間違っているかではなく、その人が良いと思ったものが良い。だから、良いものを全部一堂に集めているんです。人間のようにそれぞれが喧嘩はしないと思うよ。」と話をしてくれましたが、周囲で僕らの話を聞いていた人の中には、「それは違う」と席を立って出て行く方もおられました。
多くの人が土方歳三を求めて来店されるからか、自分のイメージにそぐわないと失望する方がいても仕方がありませんが、そういう人に取り合わない栗塚氏の態度を冷たいと思う人もいたようです。
桜吹雪と桜の花びらで美しい哲学の道を歩いていると、不意にとんがり屋根の上に風見鶏の建物が出て来る。階段を下りて行くとお店があり、この辺りに他にお店が無い事もあって、多くの人が散歩の喉の渇きを潤しに、ここで一休みというのどかな光景を見ることが往時には出来ました。
TVドラマ「燃えよ剣」の土方に会えて、僕の子供たちもご満悦でした。彼らが「土方さん」と話し掛けた時、「俺に何の用だ」とあの声で応えてくれたことに感謝しました。子供と女性には親切!
そうそう、飲み物には全て自家製のクロワッサンが付いて来ました。1990年頃のことですが、珈琲は700円。営業時間は10時から夕方6時で年中無休でした。