Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

B→C 藤井玲南 ソプラノ・リサイタル

2021年02月17日 | 音楽
 ソプラノ歌手の藤井玲南(ふじい・れな)のB→Cコンサートに出かけた。最初プログラムを見たときは、多彩なプログラムだとは思ったが、全体の流れがつかめなかった。なので、逆に興味をもったのだが、実際に聴いてみると、なるほど、個々の曲のつながりがよく考えられているのだとわかった。

 まずバッハの2つのカンタータから数曲。藤井玲南を聴くのは初めてだが、ヴィブラートを抑えて、澄んだ、よく通る声の持ち主だ。次に二コラ・バクリ(1961‐)というフランスの作曲家の「3つのロマンティックな愛の歌」から「ズライカ」。ゲーテの詩で、ドイツ語だ。ピアノの激しい伴奏音型は西風を模しているのだろう。

 次にシューマン夫妻の曲が3曲、クララ、ロベルト、クララの順に続くのだが、その最初の曲、クララの「3つの歌」から「あの人はやってきます」のピアノの伴奏音型がバクリの前曲とよく似ている。バクリの前曲とクララのその曲とは、拍手を入れずに、続けて歌われたが、それは両曲のつながりを考慮してのことだろう。シューマン夫妻のこの3曲では、藤井玲南の歌唱は、しっとりと、情感豊かだった。

 次にアルマ・マーラーの曲が2曲とグスタフ・マーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌」から「真夜中に」が歌われた。それらのマーラー夫妻の曲の間に、リームの「3つのヘルダーリンの詩」から「生のなかば」が歌われた。聴く前は、なぜリームの曲がはさまれるのだろうと思ったが、聴いてみると、よくわかった。リームのその曲の終わり方が深い静寂に包まれ、その静寂が「真夜中に」につながるのだ。

 それにしてもクララとアルマと、二人の女性作曲家の個性のちがいが際立った。クララの慎ましいなかにも情熱を秘めた感性と、アルマのパワーと。二人ともジェンダー問題の犠牲者だったかもしれないことに(メンデルスゾーンの姉のファニーもそうだ)思いを馳せた。

 プログラム後半は、まず前出のバクリの「愛の歌」。郷愁を誘う歌曲集だ。次に藤井玲南自身の作詞、山中千佳子の作曲によるモノオペラ「巫~KANNAGI~」。天岩戸に閉じこもった天照大神を誘い出すためにアメノウズメが踊る物語だ。それはアメノウズメが自らを巫として自覚する成長物語のようにも思える。女性による作詞、女性による作曲そして女性の成長物語は、現代からクララやアルマへの答礼のように感じられた。

 最後はメシアンの「天と地の歌」から3曲。メシアン最初期の曲だが、ピアノの音型がすでにメシアンだ。本山乃弘(もとやま・のりひろ)のピアノが美しかった。「復活」では藤井玲南の声が教会の鐘のように鳴り響いた。
(2021.2.16.東京オペラシティ・リサイタルホール)

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