コタツ評論

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喫煙は、あなたにとって

2010-07-19 00:56:00 | ノンジャンル


勝新の映画「座頭市」には、いくつも見どころがあって楽しい。市が徳利から杯に酒を注ぐとき、トクトクという音で杯が満たされたのを察してピタッと傾きを止め、見物人を感心させる場面は有名だが、煙草を吸う場面も秀逸だ。敵方のヤクザの家へ乗り込み、固唾を呑んで取り囲む子分どもを気にもかけず、板の間に腰かけて脚を組む。おもむろに煙草入れから煙管を取り出し、煙草を詰め、吸い口に火を付け、スパスパ吹かす、ポンポンと灰を捨てる。そのメリハリをつけた手指と道具の動き、落語家の名人上手のそれのように、小気味よい流れだった。



「嫌な渡世だなあ」と座頭市のように呻きたくなるほど、いまどきの喫煙者は市の十分の一くらいの蔑みを蒙っているのに、美味くて面白いタバコが出た。MARLBORO ICE BLASTである。フィルターの上半分に直径5mmくらいの円があり、その中心に薄いグリーンのボールが描かれ、「ICE BALL」と書いてある。この「ICE BALL」という緑玉を親指で押し潰すと、プチッと蚤を潰したときのような音がする(猫の蚤取りをした人にはわかるはずだが、同じ音と感触である)。そして火を付け、ひと吸いしてみると、フリスクを噛み砕いたときのような、メンソールの香りとスーハー感が、口蓋中に一気に広がるのである。一瞬、タバコを吸っている気がしない。

潰してから吸いはじめなくても、吸っている途中で、プチッと潰してもいいのである。一本のタバコを吸い終わるまで、およそ10回は吸うのであるが、3回くらいまでが味わいで、3回以降は惰性で吸っている場合が多い。5回目くらい、タバコが半分に減ったときに、「ICE BALL」をプチッとやると、口中と喉をメンソールで洗ったように、紫煙の新鮮な味わいが戻るのである。ただし、難点はある。かなり指先に力を込めないと、プチッにならない(猫の蚤取りと同様に、指の腹で押さえ、爪先で潰すのであるが)。暗闇の場合、ライターの火かなにかで、目印の「ICE BALL」を探す手間もかかる。やがて吸い慣れれば、やはり猫の蚤取りと同様に、見もせずに指先だけで蚤を探し当てるように、「ICE BALL」を見つけることができるだろう。



吸いながら、このタバコはもしかすると、クラックからヒントを得たのではないかと思った。そして、「ICE BALL」にヘロインやコカインを仕込んで、麻薬を合法化したらどうかと夢想した。実際に、麻薬中毒患者の治療の一方法として、医師が麻薬を処方しながら、徐々に摂取を減らしていくという治療もあるようだ。「ICE BALL」の技術を活用して、より「安全」で「清潔」な麻薬を、国家がかつてのタバコのように製造販売したら、いまよりずっと「安全」な社会になるのではないかと思えるくらい、南北アメリカの「麻薬戦争」は深刻で絶望的らしい。



最近、『犬の力』(ドン・ウィンズロウ 角川文庫)というメキシコの麻薬戦争を扱った凄惨な小説を読んだ。麻薬の生産では、コロンビアが有名だが、メキシコの麻薬王はいちはやく生産を止めて、最大の消費国アメリカと国境を接するという地政学的な優位性を活かし、麻薬流通だけを請け負うことで市場を制するという物語だった(アメリカとメキシコの国境は約3,000kmにわたり地続き)。覇権や首領の交代を狙って麻薬組織同士が殺し合い、警察と麻薬組織が殺し合い、殺戮と拷問など残酷描写のオンパレードで進んでいくのだが、娯楽小説だから誇張されていると思いきや、メキシコの現在は小説をはるかに凌駕しているようだ。小説中で殺されたのは100人には達しなかったが、メキシコでは、麻薬戦争によって、この一年間に7000人が殺されているというから驚きだ。

タバコのパッケージには、「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます」という注意書きが書いてあるのだが、以前は、「肺ガンの恐れ」ではなかったのか? いかに読んでないかという証明みたいなものだな。

(敬称略)



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