生姜を下ろす、胡麻をする、茗荷を刻む、大葉も刻む、炒り卵をつくる、ヤマキのそうめんつゆ、氷を浮かべた水桶、以上準備万端整えているうちに、大鍋に湯が煮立ち、木箱入りのそうめんを取り出す。一束一束、黒い帯を締めて、楚々たる風情である。その帯の端を指でつまみ、少し剥がしてから、沸騰した湯の上で吊し、ついと引っぱると帯が「ハラリ」と解け、そうめんの一本一本が、線香花火のように湯に広がる。評判の小町娘の帯に手を掛けた上田吉二郎の興奮が、ささやかだながら味わえて楽しいものだ。しかし、上田吉二郎を思い出したのは、不吉な兆しだったことをすぐに思い知らされた。たしかに、上田吉二郎は、町娘やお女中やお内儀の帯に手を掛けて、独楽のように回して、彼女たちに、「ア~レ~」と悲鳴を上げさせ、「グヘヘ」と涎れ笑いしながら、しどけなく投げだされたその肢体を眺めて悦に入るのだが、それは必ず長襦袢まで、けっして肌身を晒すところまではいかないのだ。たいていの場合、あわや落花狼藉の寸前、暴れん坊将軍とか桃太郎侍とか遠山の金さんといった人々の邪魔が入るのである。
さて、一束のそうめんの帯の端をつまみ、グラグラする熱湯の上で、「エイッ」と解いたら、位置が高すぎたせいか、鍋の外にまで散らばり広げてしまった。箸くらいに長かったものが、楊枝くらいに折れて短くなったのを、落ち穂拾いのように這いつくばって集める羽目になった。今度は、低めの位置で、「ヨッ」と帯を解いたつもりが、帯を止めた糊が強かったせいか、解けずに束のまま「ドポン」と落ちたものだ。製造物責任法について考える間もなく、すぐさま湯に指を突っ込み、そうめん束をつまみ出す。箸を使えばいいのだが、そんな悠長なことをしていたら、すぐにそうめんは煮えてしまう。「熱ッチッチっ」と鼻に皺を寄せながら、引き上げたそうめんの束は、すでにグッタリとしてまな板に横たわる。とりあえず、帯を切って、前をはだけ、ベタベタ粘つくのを、引き剥がし引き剥がしして、二、三、四、五本とくっついたまま、湯に入れていく。先に入れたそうめんとは、茹で時間が異なり、台無しである。目尻が赤く滲む上田吉二郎。
やがて、沸騰した白泡が盛り上がり、「シューッ」と噴きこぼれるところから、すでにそうめんは始まっている。もし、豪快な沸騰という山場がなく、トロ火でじゅうぶんとなったとしたら、そうめんやそば、うどん、ラーメンを好む人は、きっと激減するだろう。盛大に上がる湯気に、コップ半杯の差し水をして、再び煮立つ寸前、火を止める。しばらく、鍋に蓋をして二分ほど置き、手早く水にさらしてから、食卓へ。
下ろし生姜を一寸、茗荷を一寸、大葉を一寸、胡麻を一杯、炒り卵もスプーン一杯、「ズゾッ」と啜れば、「旨い! キンチョーの夏」である。そうめんなんぞ、どう作っても旨いのである。ざまあみやがれ。
(敬称略)