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東京のどこに住むのが幸せか

2008-11-18 20:10:00 | ブックオフ本
『東京のどこに住むのが幸せか』(山崎 隆 講談社セオリーブックス)

帯文(表)
都内55エリアを徹底検証!
広尾、自由が丘、豊洲、武蔵小山……人気のあの街は、いま本当に「買い」か?
経験豊富な不動産コンサルタントが独自の視点で明らかにした、東京の『住んでいい街、ダメな街』を完全公開!


帯文(裏)
広尾…………賃料も高いが価格はそれ以上に高い
自由が丘……成熟しすぎた街なので変化は期待できない
代々木上原…築年数の古いマンションでも価格は高め
練馬…………イメージの割には価格は高めに推移
久が原………職住近接のニーズに弱い高級住宅街
北千住………新築を避ければ大きなリスクはない街
芝浦…………大地震が来ても本当に安全な街なのか
武蔵小山……明るい未来を感じさせる期待の「下町」


表紙カバー裏
「資産価値のあるマンションや一戸建ての定義を、勘違いしている人が多い。どんなに耐震性能が高くても、どんなに眺望がよくても、どんなにリビングが広くても、衰退することが運命づけられた街の住宅を買ってしまったら、すべては水の泡である」(本文より)

東京と近郊で賃貸生活30年、およそ3000万円の家賃を払ってきた身として、これから不動産を買う気も買う金もないのだが、新聞折り込みの不動産チラシを読むのが好きだ。電車で読む本がないときなど、駅に設置されているラックからリクルートの無料住宅情報誌を取ったりもする。

マンションや戸建ての広告を眺め、その家に住んでいる自分を想像してみると、この世界とは異なるパラレルワールドに暮らす別の自分に出会ったような、ちょっと懐かしい気さえする。

そこでの俺は、一人住まいだったり、同棲していたり、夫婦二人だったり、小学生の娘と息子がいたり、犬を飼っていたり、両親と同居していたり、外国人留学生をホームステイさせていたり、する。なるほど、俺にとっては親の位置は、ペットや下宿人と変わらないのだなとあらためて思い知り、一人赤面したりする。

俺の職業もさまざまだ。都心に通うエリートサラリーマン、商店主、工場の熟練工、中学校の教員、居職の職人、鳶職などの肉体労働者、年金生活者、金利生活者、バーやクラブの経営者、ときにはそこで働くホステスだったり、駅裏に店を開くスナックのママ、あるいは専業主婦になったりする。

その俺や私に合わせて、部屋ごとのインテリアはもちろん、窓からの眺望、周辺の公園や商店街、駅までの散策コース、そこから足を伸ばせる近場の名所旧跡から日帰りできる観光地などまで、思いつくかぎりを思い浮かべるのだ。とくに大事なのは、帰り道である。少し土地勘があれば、ほとんど完璧に瞼裏に映像化できる。

秋の夕暮れ、電車が駅に入る、踏切音、改札を抜けて駅前のネオン、バスが大回りしてくる、パチンコ店の騒々しさ、居酒屋の賑わい、商店街の伸びた灯列、八百屋の活気肉屋の油の匂い、駆ける子どもたち、ラーメン屋の湯気、学習塾、医院、犬や猫、お稲荷さん、やがて人通りが減り、薄闇に住居表示。見上げれば、「我が家」の灯り。

落語「湯屋番」の若旦那のように、想像はもう止めどなく、その街の俺は行き交う老若男女と言葉を交わし触れあい、小さなドラマを繰り広げたりする。俺の目許口許はだらしなく緩み、目やにと涎が垂れることもあり、電車で横に座った人はさぞかし気味が悪いだろう。目やにを拭い涎をすすり、その住宅の価格を見る。

そこで気味が悪い人は夢から覚めるわけだが、気味が悪い人の横に座っちゃった人にも、本書は住宅のほんとうの価値について視野を広げてくれる好著である。

「本書は、東京の街の歴史的考証を踏まえたうえで、価格と賃料について、約2万件の成約事例をベースに「重回帰分析」という手法を用いて導き出した、街選びのための指南書である」(まえがき 5頁)

家や不動産を物色する前に、「マンションでいえば共有部分」である街を選びなさいというわけだ。本当の資産価値は建物ではなく、その下の地価でもなく、それが建つ街に左右される。「街の歴史的考証」を踏まえ、2006年までのデータを使っているそうだから、その分析は説得力がある。

多摩ニュータウンのように、大規模開発の街は住民の高齢化とともに活気を失い寂れる。芝浦や南千住の高層集合住宅群も職住近接のメリット以上に、大規模スーパーやショッピングモールが近いというだけでは、多様性を欠いて魅力に乏しすぎやしないか。世田谷などの戦後の新興住宅地も実は中途半端で物足りない。

街づくりはカネやモノだけではできない。そこに暮らしている人々や暮らしが多様でなければ街ではなく、街には人々が離合集散を繰り返して落ち着くまでに長い時間を必要とする。住んでみればわかるが、ホワイトカラーだけ、ブルーカラーや商店で働く人や老人がいない、あるいは住宅だけといった、一様な街は暮らしにくい。

「街の灯」がなければ、「我が家の灯り」を探しようもない。帰り道に安心感も笑顔も浮かばないなら、何のための家だろう。貯金通帳の住宅ローン引き落とし額をジッと見て、涙ぐむことになる。

都心から離れていない武蔵小山や戸越銀座のような「明るい下町」を見直しなさいという主張らしい。同感である。古くからの商店街が生き残っている街こそ、医院や病院、学校があり、小さくとも公園に人が集い、隣近所が挨拶を交わし、若者も年寄りも、もし身体が不自由になっても、暮らしやすいユニバーサルデザインの街だと思う。
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