コタツ評論

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命の母A錠

2018-04-04 13:58:00 | レンタルDVD映画
日比谷公園の松本楼へは一度くらいは行ってみるべきだ。公園の緑を眺めながら、有名なビーフカレーを注文する。旨いというほどではないが、軽く食べてみるくらいの値段と量としては具合がよい。夏目漱石のようにビフテキを張り込む必要はない。

そんなことより、日比谷公園のど真ん中にある松本楼は誰かの所有地なのか、あるいは国や都からの借地なのか、いずれにしろ不動産価値としてはどのくらいになるのか、といった下世話なことでも考えるほかない、ちょっと退屈なぽっかりした時空間が訪れているのに気づく。

この洋食レストランはカレーだけでなく、かつて焼き討ちされたことでも有名だった。日比谷暴動事件である。映画『マザー!』の「衝撃的」な群衆・暴徒化の場面から、日本で同様なことがあったとすれば、明治38年(1905)のこの事件くらいだろう。

日本公開中止!ジェニファー・ローレンス主演作『マザー!』は、何が衝撃なのか?
https://movie.smt.docomo.ne.jp/article/1094326/

したがって、「日本公開中止」になった理由は、たんにアメリカでの興行成績が惨憺たるものだったから、以外には考えられない。宗教的な熱狂や群集心理の激発による略奪暴行、リンチ殺人などの暴徒化がこれでもかと連続するが、いずれも現代はもちろん、近代にさかのぼっても日本ではほとんど無縁といえる「衝撃」ばかりだ。

アメリカでは学校内の銃乱射事件をきっかけに、高校生たちが銃規制運動に立ち上がり、数千数万のデモに発展して話題を呼んでいるが、日本では選挙権が与えられた高校生の政治活動さえ学校の許可制であったり、労働者や一般市民の穏健なデモ行進ですら、「当たり前」のことではなく、白眼視されることも少なくない。

多くの指標やトピックが、日本の政治経済、文化がいかに劣化したか、低迷しているか、衰退の坂道を転げ落ちているかを明白に物語っているのに、群集が暴徒化するような兆しはこれっぽっちも見られない。むしろ、集団自殺するといわれるレミングを連想してしまいそうなくらいだ。

映画『マザー!』のひとつの読み方としては、マザーを地球、夫であり父を神、狂乱する暴徒を人類になぞらえているという。なるほど、もっともつじつまの合うメタファーだろうが、前述したように、日本を念頭においても、日比谷暴動以外にそんな記録はないし、関東大震災時の朝鮮人虐殺にしても、暴徒の手による暴行死ではなく、「密殺」に近いものだったと考えられる。

私には、この映画が描く「衝撃的」な場面は、西欧民主制の歴史と現在に読めた。「一神教」と「民主主義」に歪められた「暴徒」に惨殺され続ける西欧民主制が『マザー!』であるとすれば、エマ・ゴンザレスさんの感動的なスピーチを「母なる西欧民主制」から子殺しへの切なる訴えと聞くこともできる。

すると、日比谷暴動は日本の民主制における数少ない表象といえるわけで、なるほど、天皇が「一神教」にもっとも近づいた時代ではあったのだ。などと観た映画を反芻するには、うってつけの日比谷松本楼であった。

Emma Gonzalez gives speech at March for Our Lives rally



フロリダ乱射事件の高校生エマ・ゴンザレスのスピーチ和訳
https://note.mu/diafeliz/n/n80c6b17b22e0

(止め)

コメント
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