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ひとりぼっちの青春

2008-05-27 23:36:24 | レンタルDVD映画
シドニー・ポラック(Sydney Pollack)監督が亡くなったそうだ。
以下の作品を監督した。

雨のニューオリンズ This Property Is Condemned (1966)
インディアン狩り The Scalphunters(1968)
大反撃 CASTLE KEEP(1969)
ひとりぼっちの青春 They Shoot Horses, Don't They? (1969)
追憶 The Way We Were (1973)
ザ・ヤクザ The Yakuza (1974)
コンドル Three Days of the Condor (1975)
トッツィー Tootsie (1982)
愛と哀しみの果て Out of Africa (1985)
ザ・ファーム/法律事務所 The Firm (1993)
サブリナ Sabrina (1995)
ランダム・ハーツ Random Hearts (1999)
ザ・インタープリター The Interpreter (2005)

享年73歳。すると、「ひとりぼっちの青春」 They Shoot Horses, Don't They? (1969)を撮ったときは、36歳だったのか。若くはないが、中年というほどでもない。ハリウッドの有名監督の一人ではあったが、一流半から二流といった位置だったのではないか。

73年の「追憶」以降は、すべて駄作といっても異議を唱える映画ファンはそう多くないだろう。バーブラ・ストレイザンドとロバート・レッドフォードが共演したメロドラマ「追憶」はヒット作となり、好きな人も多いかもしれないが、「追憶」はひとえにバーブラ・ストレイザンドの魅力と歌声でもった映画であり、レッドフォードとストレイザンドのツーショットになると、とてもこの二人が魅かれ合うはずがないというちぐはぐさで、あんな変な顔の女でもハンサムを射止め振り回すことができるという女性ファンの溜飲を下げたという以上の映画ではなかった。

「ザ・ヤクザ」や 「愛と哀しみの果て」「サブリナ」「ザ・インタープリター」などは、俺がプロデューサーだったなら、 試写室でシドニー・ポラックの首を絞めただろう出来だった。「ザ・ヤクザ」に出たおかげで、高倉健は本当に不器用なのだと呆れ、「愛と哀しみの果て」でメリル・ストリープはブスだとあらためて思い、「サブリナ」であの輝くばかりだったジュリア・オーモンドがその光を失い、「ザ・インタープリター」で国連ビルというのは何とつまらない場所かと知った。「トッツィー」もダスティン・ホフマンのワンマンショーで、映画として心に残る場面はなかった。

しかし、30代のシドニー・ポラックが60年代に立て続けに撮った「雨のニューオリンズ」「インディアン狩り」「大反撃」「ひとりぼっちの青春」はいずれも傑作・秀作だった。これらを撮って、もしシドニー・ポラックが死んでいたら、いまごろはカルト・ムービー作家としてその名を不動にしていただろう。

とりわけ、

ひとりぼっちの青春 (They Shoot Horses Don't They?)
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD7535/

この作品は、俺のナンバーワンの映画だ。もっと優れた映画はあるし、もっと感動した映画もたくさんあるが、いちばん好きな映画といえば、俺は迷わずこの映画を挙げる。もっと具体的にいえば、この映画でジェーン・フォンダが演じた、不安定でやけっぱちでシニカルだが、懸命に前を向いて歩こうとするグロリアに、19歳の俺は恋したのだった。

3番館で1週間の上映期間中、毎日開館から閉館まで繰り返し観た。併映の「ひまわり」(ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ共演、監督ビットリオ・デシーカ)が上映している間は寝ていた。この映画も映画ファンの間では、思い出の名画に上げられることが少なくないが、俺にとってはただ邪魔な駄作であった。いま思えば、そうわるい映画ではなかったのだが、「ひとりぼっちの青春」と比べると、古色蒼然という感は否めなかった。

ジェーン・フォンダはこの「ひとりぼっちの青春」の演技が高く評価され、71年に「コールガール」でアカデミー主演女優賞に輝くが、明らかにコールガールの役作りはグロリアの焼き直しだった。その後、紆余曲折を経て、ジェーン・フォンダはハリウッドセレブになっていくが、俺にとっては、「ひとりぼっちの青春」のジェーン・フォンダとして、ナンバーワンの女優であり続けている。

1930年代の大恐慌のさなか、過酷なマラソンダンスに参加した貧しい若者たちを描いたこの映画は、アメリカンドリームの残酷な本質を露わにさせながら、しかし美しく静かにグロリアを終わらせた。生へ深い哀しみを捧げるかのように、死が安らぎであるかのような静謐に包まれた結末は、その古い着色写真のようなくすんだ色彩と相まってより深く胸に残った。

比べると、「ダンサー・イン・ザダーク」におけるビョークの処刑シーンは、正視に耐えないほど惨(むご)い。シドニー・ポラックよりラース・フォン・トリアーのほうがはるかに「芸術的」な作家だが、映画は演劇ではなく、映画館は劇場ではない。映画として、映画監督としては、俺は「ひとりぼっちの青春」と36歳のシドニー・ポラックの通俗性を愛する。

『彼らは廃馬を撃つ』(They Shoot Horses Don't They?)というホレス・マッコイの原作を読みたいと思いながら、いまだに果たせないでいるが、この映画を観なかったら、いまも映画を観続けていることはなかっただろうと思う。シドニー・ポラック監督の冥福を祈る。
コメント (3)
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