徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三十二話  食わせ者)

2005-08-18 21:15:29 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 鬼面川の本家に四番目に生まれた子供は双子だった。

 ひとりは幼くしてその秀でた力を高く評価され、長兄とともに長候補としての指導を受けさせられた。

 いまひとりは全く評価の対象にはならなかった。
本当はこちらの方が大きな力を持っていたのに、そのことが逆に大人たちを警戒させ、ひたすらその力の存在を隠すようにと仕向けられた。
度を超えた力は災いを招くと考えられたからだ。

 周りから正当な評価を受けることができなかった末松は次第に屈折していった。
無能力の評価に甘んじるふりをし、自分で秘かに力を蓄えた。
 正直で、性格の良い、親切な人を演じ続け、一族の信頼を得て世話役など何かと重要な役を任されるようになった。

 だが、いつも心の中ではいつか必ず鬼面川を支配してやろうと考えていた。

 先代の長が生きている間はそれでも末松は比較的おとなしくしていた。
先代長である長兄は気のいい男で、小さい頃から末松を可愛がってよく面倒をみてくれたし、いつも気遣ってくれた。

 力もそれなりにあったから、力を持ちながら封じられている末松の立場に気付いて同情を寄せてくれ、事がある時には下へは置かず、末松のことを何かと持ち上げてくれていた。

 ところが長兄が亡くなると、指導すら受けていない次兄が強引に本家の跡を継ぎ長兄の妻子を追い出し、対立候補の久松を迫害し出した。

 勝手に長を名乗り、候補ですらない末松はまるで使用人のような扱いを受けた。
末松はもはや自分を抑えている必要は無いと感じた。

 そんな時に村に災害が頻発し出したのだった。久松の話したとおり、久松と末松の家族はその災害に巻き込まれてしまった。

 

 「もしあのまま長兄が生きておったなら、わしはずっと自分を封じたまま、長兄の腕となり、足となって働いたやもしれん。

 それほど先代は穏やかで心根の良い男だった。
隆弘を弟子にする前に、ほんの少しだが何かの時に役立てよと祭祀を教えてくれたことがある。

 ただし、わしを怖れる者たちへの配慮もあって触り程度のことだったがな。
それでも初めて人に認められたことがわしの心の慰めではあった。 」

 末松は先代の人柄に思いを馳せた。
彰久にとっても史朗にとっても初めて聞く祖父の姿だった。

 孝太にとっても先代は実の祖父であるが、一度も会ったことのない先代よりは長年一緒に暮らしてきた末松の方がそれらしく感じられた。

 孝太は戸惑っていた。すべてを動かしているのは末松だとずっと分かっていて、その魔手から隆平を護ろうとしたこともあった。

 ただその時は普段の末松が自分にとって普通のお祖父ちゃん以外の何者でもなかったことから、何かに憑依されているか、二重人格ででもあるのではないかと考えていた。

 だから祖父とそっくりな双子の兄久松が黒幕だと教えられて、やっぱり、祖父は曾孫を殺そうとするような人ではなかったんだ…修に助けられた時のあの黒い影は久松だったんだと安心したのだった。

 ところがそれも束の間、黒い影は久松でも、本当に裏で糸を引いていたのは末松だったなどと言われ、二転三転の状況変化に頭がパニックを起こしそうだった。

 何にせよ、たとえ義理の仲とはいえ、曽祖父が曾孫を殺したがるなどは考えたくも無いことだし、その点だけでも違うと言って欲しかった。

 「久松が自殺を図った時にわしは今だと思った。
自ら動かずとも、この久松の魂を使って復讐を果たせばいいではないか。

 復讐したいと考えている魂は他にも大勢いるだろう。
片っ端から使えばいい。 
 どうせすべての復讐が終われば魂は満たされ、この世から消える。

 その跡をわしが引き継ぎ鬼面川を立て直す。

 だが結果はご覧のとおり…そして久松の話したとおり…復讐すればするほど魂たちは救われない状態に陥っていった。 」

 
  
 久松やさまよえる魂を口車に乗せ復讐を果たしてきたはものの、末松には奥儀『救』が使えるはずも無く、しかも、身近に隆平という『絶望の種』が存在した。

 取り敢えずは何としても『絶望』の恐怖を取り除かねばならない。
このことは久松にさえ言えぬこと。ならばいっそ久松に片付けさせよう。

 「ところが隆弘の奴め、普段あれだけ苛めておきながら急に隆平を護る側にまわった。
 わしとしては、祖母さんが隆弘を殺してくれて万々歳だったわ。

 しかし、隆弘は自分の死と引き換えに最後まで隆平を護って逝った。

 紫峰にもらわれていく隆平を殺せるのはその時しかないと…人目が無くなるのを手薬煉引いて待っていたのだ。

 それに気付いた隆弘はいつもに増して痛めつけ、少しでも早く紫峰の手に隆平を逃れさせるため、隆平に救いを呼ぶ声を上げさせた。 」

 隆平の目から思いがけず涙がこぼれた。それが父親としての愛情によるものではないことは分かっていたが、隆弘が命を懸けた事には違いない。
 命を懸けて隆平に託した隆弘の先代と鬼面川に対する強い想いを今更ながらに感じていた。

 「隆平を殺さねばならぬ理由はもうひとつある。
わしが鬼面川を牛耳るにはどうしても孝太を跡に就けねばならぬ。

 そのために隆平が邪魔だというのもまあ理由と言えば理由だが…もっと邪魔な連中をわしは自ら招きいれてしまった。

 彰久や史朗が鬼面川の所作、文言を孝太や隆平に伝授したことにあの隆弘が気付かぬはずは無かった。

 人に伝授するからには当然自分が伝授を受けていなければならない。
伝授を受けている者は長になる資格を持つ。
 それは彰久や史朗が狙われる立場になったことを意味していた。

 先ほど隆平が言ったように、隆弘は先代の血を引く彰久や史朗を隆平に護らせようと考えた。たとえ微力でも何かの時にはふたりを護る楯になるだろうと…。 

 わしとしては迷惑千万。 楯など早いことぶち壊しておかねば…。」

  末松はそこまで言うと自嘲するように笑った。

 「だが…計画の方がぶち壊された…。 

 思うに…すべては紫峰の宗主を甘く見ていたわしの油断だ。
こんな若造に何ができるかと…。

 この男…何をするでもなく飄々とそこに座しながら、すべてを探り出しおった。
何人もの話と行動の中から真実だけを抜き出して…。
優しい顔をして相当な食わせ者だわ。

 先代譲りの人のいい彰久と史朗だけなら…あるいは巧くごまかせたかも知れぬものを…。

 もう…隆平の口を借りずとも良いぞ…宗主どの。 」

末松は修の方を見た。修は不敵な笑みを浮かべた。

 「さすが…と言うべきでしょうね。 末松さん。 」

修の白々しい褒め言葉に末松はふふんと鼻先で笑った。

 「それはあんたも同じだわ。 よくも惑わされずにいたものだて…。

孝太などは、はや何が本当なのか見当もつかんようになっとるで。

 彰久も史朗も馬鹿正直で人を疑うことを知らん。 」

横目で三人を見ながら末松は溜息混じりに言った。

 「宗主どの…。  あんたは孝太、数増、うちの祖母さん、久松、わし…少なくともそれだけの者から話を聞いた。

 それぞれが同じ内容を繰り返し、似たようなことを何度も聞かされたはずだ。
そこからどうやって真実だけを抜き出せたのだ?  」

 末松が不思議そうに訊いた。

 「それはまあ…なんと言うか…僕の性格が捩くれているせいなんでしょうね。」

 いかにも可笑しそうに修は答えた。

 末松相手にゆったりと構えているように見える修だが、心はすでに次の段階へ飛んでいた。

 できるだけ早急に『救』を再開させなければ…。

 そう…悠長な現世の人間同士の戦いに、集められた魂がそろそろじれてくる…。

 彰久…史朗…早く気付け!




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二番目の夢(第三十一話 隆弘の遺志)

2005-08-16 23:35:51 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆平自身には誰かに操られているというような感覚は全くなく、本当に問いたいことを問うているに過ぎないのだが、彰久には隆平の背後に修の影が見えた。

 本来、他の一族の奥儀に手を出したり、口を挟んだりすることはルール違反であるし、礼儀に悖る行為である。

 そのことは紫峰宗主である修が誰よりも良く知っているはずであるのに、なぜか無遠慮にも、隆平を使って奥儀に関わろうとしている。

 彰久が修に全面的な信頼を置いていなければ、族間のトラブルにも発展しかねない行為である。

 それにしても何故…?と彰久は考えた。

 修は理由もなしに他の一族の祭祀を侵害するような人間ではない。
それは分かっている…。

 彰久の力を信頼していないわけでもない。

 むしろ彰久の力を高く評価するがゆえに、その一本気な性格が時には災いして自滅を招くことを懸念している。

 そういうことなのだろうか…?

このままでは彰久自身に危険が及ぶと修は考えているのだろうか?
彰久は場合が場合だけに、修と直接会話できないもどかしさを感じていた。



 隆平に問い詰められて末松はたじろいだ。

 「おまえの目的は単に隆平を殺すことにあったのだ。
久松の考えのた救済の生贄とか当代長への復讐などとはいっさい無関係に。

 たかだか16~7の子どもを葬ろうとするわけを訊こうか。」

 隆平はさらに答えを迫った。

 「馬鹿な。わしは何も殺したいわけでは…。ただ面川を護りたいがために…。」

しどろもどろな答えに隆平は納得しなかった。

 「正直に話さぬとあらば…こちらから言ってやろうか? 
この隆平は鬼面川すべての防御壁になっている…隆平が死なぬ限りおまえの目的は果たされぬ…。

 邪魔者は久松に始末させて、自分は良き長老を演じていればよいと高をくくっていたのに…な。

 そうであろう? 末松よ…。」

 隆平は嘲るような笑みを浮かべた。
末松は驚いたように目を見開いて隆平を見つめた。

 「わ…わしは…。」

完全に見透かされた末松は反論する言葉を失った。

 「鬼面川のお歴々に申し上げる…。」

 隆平は彰久、史朗、孝太…そして久松に対しても深々と礼をし、まるで大人のような語り口で話し始めた。

 「隆弘が何故、自分の子でもないこの隆平を護ろうとしたのか…それを考えておりました。
 確かに…育てた子に対する愛情が無かったとは言えませんが…それだけでは無いことに気付きました。

 隆平の持つ力は隆平自身より隆弘がよく見抜いていたと思います。
隆平は生まれながらに防御の力に優れ、母親が亡くなったというのにその胎内で生き延びたほど…。
 隆弘はその防御力とともにもうひとつ、隆平の中に紫峰の『滅』の力が存在することを知っていたと思われます。 」

 彰久も皆も真剣な面持ちで隆平を見ていた。ことに彰久は隆平の言葉を修の言葉とも受け取った。

 「今はまだ未完成な『滅』の力が隆平の中で完成されること、復讐する魂たちにとっても末松にとっても、これは脅威以外の何者でもありません。

 救いを求める魂にとって『完全なる死』は絶望なのですから。

 特に末松は絶望の存在を隠し通さなければなりませんでした。
そんなものがあると知れば、魂たちは末松の言うことを聞かなくなってしまうでしょう。
 皆に知られる前に生贄として始末せねばと考えたのです。

 逆に末松の本音を知った隆弘は、隆平の力が完成されれば鬼面川を護る者として、このままいけば一族を全滅させてしまうかもしれない末松に立ち向かうだろうと考えました。

 隆弘は彰久さんや史朗さんに出会った瞬間に、おふたりが奥儀の伝授を受けた者であることを見抜きました。
 しかも、おふたりは先代の血を引く正当な後継者です。
末松がいつか彰久さんと史朗さんの命を狙うであろうことは疑う余地もありませんでした。 」

 彰久も史朗もその言葉に驚愕した。まさか後継を辞退した自分たちが狙われているとは思ってもいなかった。

 「隆平の存在は鬼面川を崩壊させないための防御壁。
隆弘は万が一、彰久さんと史朗さんが久松たちを救おうとした場合に、奥儀祭祀を執り行うだろうということも想定して、隆平という護衛役を遺していったのです。

 命懸けの祭祀に集中しているとどうしても自分自身についての防御が手薄になります。
 奥儀祭祀に関わることには、たとえ関係の深い紫峰といえど別の一族である限り、そうそう短絡的に手を出すことはできない。

 そこを狙われたらいかに鬼将、華翁でも無事では済まないでしょう。 」

 彰久ははっとしたように修を見た。修は口元には微かに笑みを浮かべたが、その目は真剣そのものだった。

そうだったのか…。 それで隆平を動かしたのか…。
あなたにはまた助けられた…。

 「それだけの力が、本当は末松にもあるのです。 」

 驚きの声を上げたのは久松の魂と孝太だった。近しい身内であるのにそのことは全く知らずにいた。

 「その力は久松以上、先代と匹敵するか或いはもっと上をいくかというぐらい大きなものです。」

 隆平は言葉を無くして俯いている末松を見た。



 「まあ…ばれたら仕方がないでな。 」

 しばらく黙り込んでいた末松は苦笑いしながら言った。

 末松はそれまで勘が働く程度の小さな力はあるものの、長に就くほどの力はないと言われていたし、自分でもそう言っていた。

 だから長選びとは無縁の人…祭祀にも関われない人とされてきた。
人畜無害ということで鬼面川では世話役に徹していた。

 表向きは世話好きで親切な男を演じ、先代の愛人が病気になって働けなくなったと聞くや後妻に迎え、その子を養ったということも村では美談になっていた。

 「先代やわしの親の代がわしを祭祀に関わらせなかったのは…そりゃ身の危険を感じてのことだろ。

 わしの力を怖れてのことだわ。

 次兄…当代の長はわしの力には気付いてなかったが…。 」

 あの愚か者が…とでも言いたげに皮肉っぽく笑った。

 「そんなに聞きたけりゃ話してやるで…。
ただし、話したからといって、そして聞いたからといってどうなるということでもなかろうがな…。 」

くっくっと喉の奥から搾り出すような笑い声を上げた。

 うるさ型ではあるが面倒見のいい祖父のこのような姿を孝太は初めて目にした。
この祖父が曾孫である隆平を殺そうと企んでいたなど孝太には信じられなかった。
孝太にとっては、ごく普通のお祖父ちゃんだったからだ。

こんな馬鹿なことが…なんで爺さまが隆平を…?

 信じられないことを一時にたくさん体験したが、こればかりはたとえ真実でも信じたくは無かった。




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二番目の夢(第三十話 揺さぶり)

2005-08-14 23:57:35 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「妻子を失った時…。」

久松はまず自分の過去を振り返った。

 「俺はまだそれが単なる自然災害によるものだと信じていた。

 この年はいろいろな災害が続いたので村のあちらこちらが脆くなっていて、多くの人たちが公民館の方に避難していた。

 俺の妻子と末松の妻子は炊き出しのために公民館へ行っていたんだ。
公民館の裏手は崖のようになっていたが、防災のための補強工事をしたばかりで皆安全だと思っていた。

 ところが突然崖崩れが起きて、俺や末松の家族とともに公民館を飲み込んでしまったんだ。
 多くの人が犠牲になった…。 」

そのことは隆平も聞いていた。公民館の跡地には追悼の碑が立っている。

 「俺も末松も悲嘆にくれた。 長兄が亡くなってから、次兄の対立候補だった俺は、次兄には良く思われてはいなかったから、この村では妻子だけが心の支えだったのに…。

 裏があるとは知らず、俺はただ悲しんでばかりいた。
しばらくして末松が後妻をもらうと、余計に寂しさが増してな。
もうこの世には未練はないと思って自殺を企てたのだ。

 毒を飲んで死に掛けている俺の傍で、末松がしっかりしろと声をかけたのを覚えている。」

 久松の魂がチラッと末松を見たようなふうに感じた。

 「その時末松は言った。 長兄は次兄によって殺された。 しかも次兄は村長や弁護士と手を組んで自分が長になり、長として権勢が及ぶのをいいことに、公民館などの村のあちこちの防災工事を手抜きしていて、浮いた資金を流用していたのだと…。

 仕返しもせずに死んではならんと末松は言ったが、俺は死んで怨霊となり、仲間を率いて仕返しをするつもりだからこのまま死なせろと突き放したのだ。」



 久松は死んでも恨みを忘れることができず災害で死んだ救われぬ魂を集めた。 
自分で集めたのか誰かが集めてきたのか…そのところははっきりしないが。

 ただ、さまよえる魂たちには必ず逝くべき所へ逝かせてやると約束し、手を貸すように仕向けた。自分でそう仕向けたのかどうかは…それもはっきりしない。

 鬼を装って、隆弘と共謀し、隆弘の子供を二人死産させ、三人目が生まれる鬼遣らいの日に、当代つまり次兄の娘を出血多量で死なせた。

 久松としては、最初は単に長兄や妻子を殺された復讐として次兄に家族を失う苦しみを味あわせてやりたかっただけだった。
 
 ところが、当代長を殺してしまっても一向に癒されず、自分だけでなく協力した魂たちが救いを求め騒ぎ出した。

 その時に末松が、これは目的を達成していないからではないかと言った。
命を失った責任者は当代長だけではなく、村長や弁護士、当代の血を引く者などまだ何人も残っている。

 彼らは人を死なせておいてのうのうと生きているのだ。
彼らを血祭りに上げれば自分たちの心に平安が戻り、逝くべき所へと導かれるのではないかと…。

 そして長選びを口実に関係者を次々と呼び出したのだ。勿論、呼び出しの手紙などを書いたのは末松である。疑われないように、先代の忘れ形見である彰久や史朗の父親宛にも手紙を送った。

 

 「思えば、それが誤算だった。 まさか…おまえたちに力があろうとは…。 」

 久松は唸った。彰久と史朗がこの村に来たことで、紫峰家までを引っ張り込み、計画に大きな支障をきたしたのだ。

 「わが父隆弘もそれに加わっていたというのか? 」

 隆平は訊ねた。隆平に酷い仕打ちを繰り返したとはいえ、人殺しができる父とは思えなかった。

 「隆弘の目的はあくまで、先代の長を亡き者にした当代の長に仕返しをしたいということだけだった。
 隆弘は先代には我が子のように可愛がってもらったので、黙ってはいられなかったのだろう。

 当代長が亡くなると俺たちとは手を切った。隆弘は俺たちに協力はしたが、自ら手を下してはいない。 」

 久松は溜息をついた。隆平も隆弘が身内殺しに直接手を下したのではないことに少しほっとした。

 「隆弘はおまえを赤ん坊の時から苛めてはいたが、俺たちと手を切るまでは命にかかわるような苛め方はしていなかった。

 それが俺たちと袂を別つ瞬間から、まるで本物の鬼にでもなったようにおまえを折檻しだした。前から酷く殴ったり、蹴ったりはしていたがその度合いが違う。
 
 それはおまえの命を護るためだったと…俺は思う。

隆弘がおまえを苦しめ、痛めつけている間は俺たちも手が出せない。 」

 隆平は愕然とした。
あの父親が自分を護ろうとしていた? 
自分を死ぬほど辛い目に遭わせて置きながら…?

 今すぐには信じろと言われても信じられないことだった。
ただ、隆弘が頑ななまでに長になることを反対していたのは事実で、そのことを思えば全くありえない話しではなかった。
 
 『動揺してはいけない。』彰久がそう囁いた。
隆平は頷いた。
そう…落ち着け…。いま大切な祭祀の真っ最中だ…。
隆平はしっかりと心に言い聞かせた。

 「長になりたがる当代の血を引く者を次々と片付け、これで後は村長と弁護士、そして最後に隆平を…と考えていたのに。

 しかし、本当言えば、ひとりまたひとりと殺すほどに心は平安から遠ざかり、苦しみは増すばかりで…。
 俺も末松ももはやどうにもこれらの魂を抑えることができなくなってきていた。
下手をすれば当代の血を引くものだけではなく、鬼面川の血筋全員を殺すまで収まらないかもしれない。

 鬼面川はともかく面川までも消してしまってはもともこもない。
一族の全滅を防ぐためには誰かを生贄に捧げるしかない。
最後のひとり隆平を…。 」



 その場が一瞬しんとなった。

 「それで解決できると…思ったのか? 」

 隆平の声が静寂を破った。

 「愚かなことだ。 この隆平を殺せば面川を囲む防御壁が無くなるようなもの、ますます面川が危険にさらされるということが分からなかったのか?

 隆平という的があればこそ、鬼面川全体には目が向かなかったものを…。」

突然、隆平は姿勢を変えると末松の方に向き直った。

 「末松。久松を利用してこの隆平を亡き者にせんとした本当の理由を述べよ。」

 思いがけない隆平の言葉に皆の視線が末松に集まった。
末松は言葉に窮した。

 「な…何のことだ…? 」

 隆平は見透かすように末松の顔を見た。

 彰久はまた修の表情を探った。
目が合うと修は口元に笑みを浮かべた。
『まあ成り行きを見守ろうじゃありませんか…。』
そんなふうに見えた。

 だが彰久には分かっていた。
末松に揺さぶりをかけているのは隆平本人ではない。
本当は誰なのかを…。




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二番目の夢(第二十九話 告白せよ!)

2005-08-11 23:44:02 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 怒りと憎しみに喘ぐ多くの魂の前で将平は今、名乗りを上げた。
それは取りも直さず、彰久なら許される弱さと未熟さを捨て、鬼面川の祖霊としての責任を負わねばならなくなったことを意味していた。

 かつて修が紫峰の祖霊樹として命懸けで戦ったように、将平もまた命懸けでこれらの哀れな魂を救済せねばならない。

 『俄かには信じ難いことだ…。 』

久松は唸った。

 「信じるか否か…そんなくだらぬことを長々と考え、論じても始まらぬぞ。
あなたがすべてを話してくれれば、私は『救』を行うことができる。
それで証明されよう。」

 将平は挑発するかのように言った。

 「末松の後妻はすでに先に旅立った…。」

久松は動揺した。取り巻いている魂たちが騒ぎ出した。
このような姿で何時までも現世にさまよっていたい者などいないのだ。
生き返ることなどできるはずもなく…。



 将平の出現に驚いたのはさまよえる魂たちばかりではなかった。
孝太は腰を抜かさんばかりだった。夕べからずっと不思議なことばかり経験してきたが、自分に所作や文言を伝授してくれた彰久が将平の生まれ変わりとは想像だにしていなかった。

 しかも息子閑平までがご丁寧にも同時期に生まれ変わっているとは…。

 思い当たることと言えばあの史朗の戦い方である。あの剣は確かに華翁の剣でこの社の宝物殿の奥に厳重にしまわれている筈のものである。
 それがなんと勝手に剣の方から史朗の手に現れて優雅な剣舞を披露してくれたではないか。

 その時は自分のことで手一杯で、孝太も不思議とは感じなかったものの、今考えてみれば絶対ありえない話である。

 先代長の孫二人が将平、閑平であるなどという奇跡は、いま親族間の無益な争いによって滅びようとしている鬼面川を救えという御大親のご意志によるものであろうか…。
 孝太はそんなふうに考えた。



 「そんな馬鹿げた話は信じちゃならんで!」
突然、扉が開いて末松が現れた。

 「千年も前の祖霊が今になって現れるなどありえようはずが無いわ。
彰久も史朗も少しばかり力があるだけのことよ。」

末松はずかずかと皆の中に割り込んで彰久のすぐ前に進み出た。

 史朗が彰久を護るように間に入った。手には華翁の剣があった。
それを目にした末松はそれ以上前には進めず、そこに腰を下ろした。

 「おまえたちは何を企んどる。鬼面川を乗っ取るつもりか?」

 将平の表情が曇った。

 「愚かなことを…。 私も閑平もここへ戻って来ようとはつゆほども思わぬ。
我等が今ここにあるのはこれらの魂を救えという御大親の御意志によるものだ。」

 将平が言った。

鼻先でふふんと笑うと末松は意地悪い目で将平を名乗る彰久を見た。

 「どうだかな。 身内の不幸に付け込んで悪さを仕掛けよるのかも知れんで。」

 「無礼な! 我等祖霊に対してなんという態度をとるのか。 
まことに嘆かわしい。 鬼面川の礼は地に落ちた。」

閑平が怒りをあらわにした。

 「閑平…そのように怒るでない。 急に現れて祖霊を名乗る者を信ぜよと言う方が無理なのだよ。」

将平は穏やかに微笑んだ。

孝太がおろおろと前に出て来て、彰久と史朗に対して手をついた。

 「申し訳ない。 どうか堪忍してやってください。 年寄りのすることだで。」

孝太は末松の方に向き直った。

 「爺さま…。爺さまは鬼面川の祭祀に関していっさい口を挿むことはできない。
先代長の時にも当代長の時にも一度たりとも祭祀に関わることを許されなかったお人だ。」

 いつに無くきつい口調で孝太は末松に詰め寄った。
曲がりなりにも孝太は隆弘によって選ばれて祭祀に関わることを許された者。
そのけじめはつけずにはおかれない。

 末松の唇が怒りに震えた。

 「生意気な口をきくな! ろくろく祭祀もできぬ者が。」

 「俺は半端者だが、祭祀を司る者の端くれとして言わせてもらえば、このおふたりは少なくとも隆弘よりずっと格が上だ。

 話に聞く先代長の上をいくかもしれない。 祖霊か否かを別としてもだ。
俺は確かにこのおふたりから『救』を教わった。 」

 孝太は譲らなかった。末松に対して孝太がこれほどはっきりとものを言うのは初めてのことだった。養子である数増の末松に対する遠慮から、孝太も祖父に対してはめったに反論することはなかったのだ。

末松は怒りのあまり口も聞けなかった。

 「僕が…。」

 突然、隆平が声を出した。皆がいっせいに隆平の顔を見た。
隆平はちょっと戸惑ったがすぐに後を繋いだ。

 「僕が祭祀を執り行います。 鬼面川の奥儀『救』を…。」

 皆は唖然とした。それまで全く口を利かないでいた隆平がこともあろうに祭祀を行いたいという。

 「隆平。それはちょっとやばいって。」
 
 「そうだよ。 奥儀なんてすぐにできるもんじゃないよ。」

 雅人も透も慌てて止めに入った。
隆平は二人を見て少しだけ笑みを浮かべた。

 「僕には鬼面川本家を代表するものとしてこれらのさまよえる魂を救済する責任があります。
 これが祖父のした悪行の結果と言うのなら、なおさらのこと僕の手でそれを正さねばならないのです。」

 隆平の決意に将平は微笑みながら頷いた。

 「隆平。 よくぞ決心いたした。 おまえの志まことに嬉しく思う。
好きなようにやってみるがいい。
 おまえが『救』を極めるには少し無理があるが、我等が介添えを務めよう。
さすれば巧くいくだろう。

 ただし、おまえは鬼面川の長にはなれない。 
おまえの根底にあるのは完全なまでに紫峰の『滅』だ。 

 孝太は力の属性こそは紫峰だが、鬼面川の特性が色濃く残っている。」

 将平は浄几の前へと隆平を誘った。
隆平は、久松らを前に腰を下ろすと、一度目を閉じて深呼吸をした。

 

 やがて、静かに目を開くと隆平は別人のように見えた。普段のような子供っぽさは消えて、久松と対峙して遜色ない強さを感じさせた。

 「久松よ…我が大叔父よ。 この隆平を生贄に捧げどうするつもりだった?」

 皆は驚いたように隆平を見た。『生贄』とはただ事ではない。
隆平を狙ったのは単に復讐のためではないと言うのか…。

 彰久は修の表情を伺った。修は別に驚いた様子もなく楽しげに隆平を見ていた。
『あなたという人は…。』彰久は溜息をついた。
 隆平は多分、修に動かされている。それも全面的にではなく、本人にもそれとは気付かないくらいの軽さで…。
 そうするように仕向けられていると言った方がいいのかもしれないが…。

 「復讐の名を借りて、この隆平を人身御供に差し出した。 何のためだ?」

再び、隆平が問うた。

 『おまえを殺せばすべてが終わるはずであった。』

久松が答えた。

 『面川への憎しみと怨みはもはやどうしようもないまでに膨らんでいたのだ。
このままいけば面川と血の繋がりのある者はひとり残らず殺されてしまう。
由緒ある面川一族が絶えるようなことは避けねばならん。』

 「当代長の血を引く者を全部殺せば、他の親族には手が及ばないと考えたのか?
それは…おまえの考えではないな?」

隆平がそう言い放つと久松はあきらかに動揺した。

 「よいか久松。 このままいけば誰一人救われるものはない。
これらのさまよえる魂を逝くべき所へ導けるかどうかは、すべておまえの心ひとつにかかっている。
 皆の安らぎを願うのであれば真実を告白せよ。
鬼面川の一族として恥じぬ行いを致せ。」

少年とは思えぬほどの気魄が久松を追い詰めた。

 「俺も鬼面川の血を受けた者だ…。 これらの魂をこのままにはしておけぬ。」

久松はぽつりぽつりと真実を語り始めた。




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二番目の夢(第二十八話 さまよえる魂との問答)

2005-08-10 21:48:53 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 紫峰の『滅』、藤宮の『生』というようにそれぞれの一族に相伝として伝わっていく奥儀の特徴は、そのままその一族の能力の根底に流れるものであり、生まれつき身についている族間の相違点でもある。

 例えば、雅人のように何でもありの多彩な能力の持ち主でも、紫峰の特色を失うことはなく、鬼面川には珍しく自らが強い能力を持つ彰久でもその特質である武器や道具を操る力がないわけではない。

 逆に言えば、何々一族という根っこを持っている能力者が、別の一族の持つ特徴的な業を使いこなそうとするのはかなり難しいことで、孝太や隆平のように両方の血を引いていてさえもどちらの力をも完全に使えるという保証はないのである。
 むしろ、どこにも属さない能力者の方がいろいろな一族の業をものにできる可能性が高いだろう。

 修のように純粋な紫峰でありながら、他の一族の業も身につけてしまうような例はごく稀である。言うまでもなく、完全にというわけにはいかないし、すべての業を修得できるわけではない。
 とりわけ奥儀と呼ばれる業についてはさすがの修も手を出すことができないので、伝授を受けた当人にお任せするしかない。

 宗教色の濃い鬼面川には『導』という祭祀があって、この祭祀によって迷える魂を逝くべき所へ導くことができるという。
 紫峰や藤宮のように比較的宗教から離れて存在する一族にはない『救』という相伝奥儀があり、彰久も史朗も将平、閑平の時にそれを伝授されている。
『導』もその『救』の一部であり、長となる者は必ず修得しなければならない業である。

 ところが、長が二代に亘って急死した鬼面川では誰もこの業を知るものがなく、孝太も隆平も彰久と史朗から正確な所作と文言を教わった時に初めてそれが奥儀だと分かったくらいだった。

 孝太に所作や文言を指導した隆弘ならもしかしたらそのことを知っていたかもしれないし、すでに先代から奥儀を伝授されていたのかもわからない。
今となっては知る術もないが…。
 
  

 さて、形骸を破壊された魂たちを文字通り救済する『救』を執り行うにあたっては、本来なら長が仕切るべきところを、場合が場合だけに彰久が代理を務めることになった。勿論、史朗に補佐を務めさせてのことである。
 
 彰久は孝太に仕切らせてみようかとも思ったが、相手が手強そうなので万一を考えて見学させることにした。

 天と地と御大親へ彰久が代理を務める許しを得た後、儀式は厳かに始まった。

 修と隆平によって形を失い四散した魂は、いま、再び霊迎えによって再び社の中に集められた。

 鬼面川の儀式での霊迎え、霊送りという言葉は、仏教の盂蘭盆会の魂送り、魂迎えとは少し意味する所が異なるかもしれない。

 「畏くも御大親の御前にて、ここに迎えし諸々の御霊にお訊ね申す。

 そも人の死に際しては、いみじくも天の定めたるところにより、その魂はあるべき姿で逝くべき所へと導かれるのが順当なり。

 然るに、徒党を組み、あまつさえ異形の物と化し、現し世に生ける人を襲うはいかなる存念によるものかは…? 」

 彰久が魂に問いかけた。

 お経のような言い回しに、雅人たち若い衆が首をかしげた。

『修さん…何言ってるか分かんないよ。 彰久さんの言葉どうにかならない? 
魂にだって通じないよ。 あれじゃあ…。』

 雅人がそう耳打ちしたので、修はいまにも噴き出しそうになりながら口元を拳で隠すようにして堪えた。笙子も横を向いてくすっと笑った。

 「彰久さん。 現代口語でいけますか? 文言に響かなければですが…。」

 修が声をかけると彰久が頷いた。

 「今のでもずいぶん崩したと思ったのですが…いいでしょう。
やってみましょう。」

 彰久は一度咳払いをすると再び祭祀を始めた。
彰久の前の浄几の上あたりにぼうっと黒っぽい何かが蠢いた。

 「…ここに迷い集まった諸々の魂たちよ。
あなたたちは何故、化け物になって人を襲ったりするのだ? 」

 蠢くものは口々に叫んだ。

 『当代長の祭祀がいい加減だったために我等は現世での命をなくした。』

 『長の血を引く者は我等の恨みの声を聞け!』

 隆平ははっとして顔を上げた。化け物の正体は度重なる災害で亡くなった大勢の村人だった。彼らは祭祀がなされなかったために災害が起きたと思い込んでいる。
人々は罵倒の声を上げ、社の中は姿なき声の抗議で騒然となっていた。

 「静まれ! 畏くも御大親の御前で徒に騒いではならぬ。 」

 彰久の声が凛と響いた。あたりはしんと静まり返った。

 「さらば面川久松に聞く。 
 雨土による災害は通常なれば天地のなせる業である。
あなたは鬼面川方でありながら何ゆえ当代長が祭祀を怠ったせいだと言うのか?」

 彰久は久松を名指した。

 『祭祀もまともにできぬものが先代長を亡き者にし、自らを長に就けて権勢を欲しいままにした結果が災害となって現れたのだ。』

 久松は答えた。

 「さらに問う。 その災害は防げたということか? 」

 彰久のその問いかけには、久松は少し間を置いた。

 『防げたと考えている…。 村長と弁護士が当代長と組まなければ…。
いい加減な防災対策をして経費を削るなどしなければ…。
 防げたはずであった…。』

 彰久がチラッと修の方に顔を向けた。修が軽く頷いて見せた。

 「久松よ。 そのことを知りながら何もせずに妻子の後を追うたのか?
何ゆえ生きて悪者どもの企てを暴こうとはしなかった? 

 何故、化け物などに身を落とすようなまねをした? 
異形の物に身を落としては逝くべきところへ逝けぬのだぞ。 」

 久松は黙した。

 「…誰かがあなたの死を利用したのではないのか? 」

 彰久は鎌掛けるように訊ねた。

 『利用されたとは思わん…。 あれも妻子を失のうて苦しんだ。
すべては死を決意した俺が言い出したことだ。』

 久松が再び口を開いた。

 「胸のうちにある真情を吐露せよ。 
あなたと亡くなった村人の魂を救う方法があるやも知れぬ。 」

 彰久はそう促した。

 『…鬼面川にはすでにそのような力の持ち主はおらぬ。 
それ故、我等は当代長の血を絶やすという目的を成就させようとしたのだ。
恨みが晴れれば、皆安らかに眠れようものを…。』

 久松は半ば捨て鉢とも取れる口調で言った。

 「それは詭弁に過ぎぬ。
かようなことで、恨みを抱えさまよえる魂が救われるはずがない。

 ましてや、罪なき少年を血祭りにあげるなど言語道断。
御大親の御心に背き奉ることになる。 未来永劫安らぎは与えられぬ。 」

 彰久は強く反論した。
再び彰久は修の方を伺った。まるで許可を求めるような眼差しで…。

 過去に樹の忠告を聞き入れず痛い目を見た鬼将は、今ここで、孝太や隆平のいる前で、その本性を現してよいものかどうかを決めかねていた。

 修は軽く微笑んだ。
『彰久さん。 それはあなたと史朗くんの問題ですよ。
僕がどうこう言えることではありません。 あなたがお決めなさい。
 鬼面川の祖霊としてあなたが決断すべきことです。 』

彰久は史朗を見た。史朗は『父上の良きように…。』と一礼した。

 「久松よ…。 彰久、史朗は先代長の遺児の子である。
 鬼面川の力を引き継ぐ者として、いまここに奥儀である『救』を執り行わんとしているのだ。
 あなたにはその意味が分かると思うが…。」

 彰久がそう語ると久松は驚きの声を上げた。

 「ありえん事だ。 もはや奥儀を伝授された者はおらぬはず。 
先代が亡くなった時にはおまえたちはまだ生まれていなかった。
どうやって『救』を覚えた? 
おまえたちの父親でさえまだ知らなかったはずのことを…。」

 久松の言葉には隆平も孝太も驚いた。鬼面川の所作や文言、奥儀に至るまで何もかも知っていた彰久と史朗。
 二人は父親から作法として教えられたと言っていたが、知っているはずがないと久松は言う。
 
 「久松よ…。 我が名は鬼面川将平なり。
この現し世に甦り、いま、鬼面川の末裔どものありさまを深く嘆いておる…。 」

 いかにも口惜しげに彰久は言った。
しかし、久松はその言葉の中に強い怒りが込められていることを察した。
まさかとは思いつつもこの青年の文言の放つ不思議な力に引き寄せられた。

鬼面川将平…。
この村における鬼面川の祖。

それが真実であれば…救われる。

久松だけでなく、さまよえる魂たちがざわざわと騒ぎ始めた…。





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二番目の夢(第二十七話 鬼面川の中の紫峰の血)

2005-08-08 23:42:26 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 どうすると言われてもどうしようもないのが今の隆平。
分裂して三体に増えた化け物を前にしてに青息吐息だ。

 化け物はじりじりと迫って来る。
二匹が移動を始め、隆平を囲い込もうとしているようだ。
その動きを助長するかのように、本体である一匹が隆平に襲いかかった。

 隆平も今度は障壁ではなく攻撃に転じた。
身の内から溢れ出る何か分からないもの。これが気というものかもしれないが、それを一点に集中させて化け物の身体に叩きつける。

 本体が吹っ飛ぶと、間髪をいれず二匹目、三匹目が攻撃してくる。
これはかわすしかない。気を集中させるスピードが遅いためだ。
しかし、二匹目、三匹目をかわしているとすぐに本体が迫ってくる。
どうしよう…どうしたらいい?

 本体をかわしながら気を集中させてみる。
少しは早くなるが二匹目には攻撃できても、そのすぐ後の三匹目に反応できない。
三匹目の攻撃をかわし損ねて隆平は仰向けに倒れた。

 三匹目は倒れた隆平が身を護るために反射的に出した腕に齧り付いた。
激しい痛みが隆平に声を上げさせた。
化け物はそのまま腕を食いちぎろうとしている。

 隆平は噛み付かれた状態のまま破れかぶれで化け物の口へと気を放った。
隆平の傷から血飛沫が舞うのと同時に化け物は中ほどまで二つに裂けた。

 一瞬、隆平は相手を倒せたと思った。
だが、ぬか喜びに過ぎなかった。化け物の裂けた身体はあっという間にくっついてしまった。

 もし、いま隆平が完全に化け物を二つに引き裂いていたら、果たして化け物は消滅したか…?
隆平の脳裏に突然そんな疑問が浮かんだ。
 考えたくもないことだが、その時は四匹目が生まれてしまう可能性もある。
思わずぞっとした。

 身を裂かれた化け物は怒り狂って再び隆平に踊りかかった。
二匹目も、本体もほとんど同時に襲いかかった。
 隆平ひとりに三体同時はかえってお互いが邪魔をし合う形になり、幸運にも逃れることができたが、化け物の牙や触手によってかなりの痛手を受けた。

 隆平の着衣は見る影もなく無残に裂かれて身体中血にまみれていた。
疲れが全身に及んで体力も限界に近付いていた。
 隆平は肩で息をし、手で汗を拭いながらもしっかりと化け物を見据えていた。
そうしなければすぐにでも食い殺されそうだった。

 どうすれば勝てる…?

 隆平の中で何か別の感情が生まれ始めた。
怪我を怖れ、死を怖れ、逃れようともがいてひたすら戦ってきた隆平だが、いま初めて勝ちたいと思った。

 勿論、それが生き延びることに繋がることは分かっている。
けれどもそんなことよりも、こいつ等に負けるのは絶対に嫌だという気持ちになってきたのだ。

 『完全なる消滅…。』隆平はそう考えた。
その考えは紫峰相伝の奥儀『滅(完全なる死)』に繋がる。
紫峰ことは何も知らないはずの隆平の中に間違いなく受け継がれている紫峰の血。

 隆平を観察している修にも隆平の心の変化は読み取れた。
『確かに隆平は紫峰の子…。』修はそう確信した。

 化け物たちはだんだんじれてきた
隆平の如き小童ひとりに振り回されるなど考えられないことだ。
 ことに何度も失敗を重ねた三匹目の化け物はどうでも隆平を食い殺してやらなければ気が済まなくなった。 

 長い触手のような腕を伸ばし一匹が隆平の足を狙った。かわそうとしたがさすがに疲れが響いて足を取られた。隆平はもがいた。そのままずるずると引きずって、化け物は自分の目の前に隆平をさかさまにぶら下げ、ざまあ見ろとでも言うように醜い口に不気味な笑みを浮かべた。

 このまま地面に叩きつけられでもしたら、全身の骨が砕け散るだろう。
『殺られて堪るか!』そう思った瞬間、隆平の身体を再びあの怒りの焔が包んだ。
怒りの炎は瞬く間に化け物に燃え移り、化け物の全身を覆いつくした。
慌てた化け物は隆平の身体から手を離した。

 隆平は受身もできずに石畳の上に頭から墜落した…はずだったが、修が衝撃を軽減させたおかげでそれ以上の怪我を免れた。

 燃え尽きた化け物は塵となって砕け散った。
何とか一匹は消滅させたものの、まだ本体ともう一匹が残っている。
隆平は何とか起き上がって体勢を立て直そうとしたが、化け物に引きずられたときに足を痛めたことに気付いた。

 立ち上がろうとすると激しく痛む。
その様子は化け物たちにもはっきりと見て取れた。チャンスとばかりに化け物たちが攻撃を仕掛けてくる。
 動けない隆平は防御するしかない。おまけにさっきので力を使い果たしたのか、なかなか気を集中できずにいた。

 化け物たちは絶好の機会を逃そうとはしなかった。
今度こそ隆平を血祭りにあげるべく、倒れたままの隆平めがけて一気に襲い掛かった。

 『もうだめ!』隆平は目を閉じてしまった。
 
 はっと目を開けると化け物はあらぬ方向へと吹っ飛んでおり、目の前には修の姿があった。

 「そう簡単に諦めるもんじゃないよ。」

 修は隆平を振り返るとそう言って笑った。

 「まあ…一匹やっつけたんだから…合格点あげちゃおうかな。」

 修の背後に体勢を立て直した化け物が迫っていた。
隆平はこの状態で冗談が言える修の心境を量りかねた。

 「修さん。『完全なる死』はやめにしてくださいね!」

 少し離れたところから彰久が声をかけた。

 「大丈夫。こんなところで紫峰の奥儀なんか使いませんよ。」

 化け物が二匹同時に修に覆いかぶさるように飛び掛った。

その瞬間に修が何をしたのか隆平には感じ取ることすらできなかった。
ただ、瞬きする間に化け物の身体がガラスのように砕け散ったのは覚えている。

 隆平があれだけ苦労して一匹倒したのに…修が二匹片付けるのに要した時間はほんの一瞬。

がっくりだった。情けなかった。力が抜けてしまい、その場に大の字に転がった。

 「そう嘆くことないよ。 あの人は別格さ。」

雅人がそう言いながら隆平の手当てをしてくれた。

 「僕等が戦っても結果は似たようなもんだからね。 慣れてくればもっと楽に戦えるよ。」

透も元気づけるように言った。

 「隆平…大丈夫かい? 痛かったろうに…。」

 孝太の心配そうな声もいまはうつろに響いた。
自分を目いっぱい可愛がって愛してくれる人だけど、孝太兄ちゃんは…僕に優しすぎる。
僕を甘やかしてしまうだろう。 
 僕はもっと強くなりたい。鍛えなきゃいけない。

 「やれやれ…だ…。」

いつの間にか皆魔物を消し終えたらしく集まってきていた。
夜が白々と明け始めていた。

 「まだ終わったわけではないよ。 
形骸は確かに破壊したが、多くの魂が路頭に迷ったままだからね。 
ほっとけばまた同じことの繰り返しだ。 」

 修が言った。

 「今度は鬼面川の出番だわ。 彰久さん。史朗ちゃん。 『救』を…。」
 笙子が鬼面川祭祀を促した。

 「分かりました。 史朗くん。 同時に行きますよ。」 

彰久が史朗に声をかけた。史朗は黙って頷いた。

 「待ってください。 今、社を開けます。 その方が人目につきません。 」

夜も明けたことなので孝太の言う所に従って皆は社へ移動した。

 修が気になっているのは久松を取り巻いていたあの大勢の浮かばれぬ人々の正体。
久松はどうもあの人たちを満足させようとして身内殺しをしているように思えてならない。
あの人たちは何故、鬼面川をそれほど憎むのか?

 思い当たるのは、当代長のせいで災害が増えたことによって、亡くなったという被害者たちだが、災害はもともと自然のなせる業である。
 例えば公共の工事に手抜きがあったとか、公がちゃんとした対処をしなかったとかで災害が大きくなったとすれば、憎まれるのは役人だと思うのだが…。

 とにかくも彰久と史朗によって鬼面川の祭祀のひとつが始まった。
ここからはさまよえる魂と鬼面川との戦いになる。

 修は千年ぶりに見る鬼将と華翁の祭祀の力に大いに期待していた。
 


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二番目の夢(第二十六話 人身御供 )

2005-08-07 23:36:00 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「隆平!」

 孝太は少し離れたところで笙子から魔物退治の特訓を受けていたが、何気なく視線を移した瞬間に隆平があの化け物のすぐ近くで立ちすくんでいるのを目にした。

 いてもたってもいられず、隆平の下へ向かおうとした孝太を笙子が叱責した。

 「自分さえ護れないのに他人を護れるはずがないでしょう。邪魔になるだけよ。我が子をを殺したいわけ? 助けたいなら一匹でも多く魔物を消すのよ。 」

孝太は唇を噛み締めた。

 「修はね。 あの子たちを護るために命削って戦ってきた人よ。
誰よりもあなたの気持ちが分かってるの。だから余計にあなたを鍛えたいのよ。」

 そう言っている間にも、笙子は次々と魔物を消滅させている。
どうすれば力を引き出せる…? 今まで鬼面川式しか知らなかったのにそれが間違いだったなんて…。 

 「所作も文言も関係ないわ。 史朗ちゃんのように純粋な鬼面川なら必要なことだけど、紫峰であるあなたには全く意味がないの。 
祭祀ではともかくも実践では何かに頼るのではなく自分自身に任せるのよ。

 まずは魔物一体一体に気を集中させ破壊しなさい。 
そうね。 目印が必要なら自分の手でも足でも使うといいわ。
慣れてくればまとめて倒せるようになるから。」

 孝太の目の前に牛ほどもある魔物が現れた。この魔物、他で追い立てられたのか異常に興奮している。
 孝太は踊りかかってくる魔物をかわし、その背後に手をかざした。
笙子の言うようにその手に意識を集中させると魔物に向かって気を放出した。

 魔物の動きが一瞬止まったかに見えた。魔物はそのまま砂で作った像のように崩れ落ちた。
 孝太は息を呑んだ。
確かめるように他の魔物に手を向けた。魔物が消滅した。

 「どうやら…目印があれば多少大物でもいけそうだわね。
但し、あなたの場合は魔物との距離が近いからその点だけは気をつけるのよ。
さあ…皆と一緒に戦って! 」

 笙子が満足げに言った。孝太は頷き、戦いの輪の中に入っていった。



 先代を殺したという当代の長の血を引くとはいえ、殺された先代の血をも引いている隆平にとって、復讐の対象にされることは不本意であるには違いない。

 何故?という疑問がいつもついてまわる。
何故、隆弘は自分に暴力をふるい続けたのか?
何故、誰も助けてはくれなかったのか?

 そして今、何故、こんなとんでもない化け物に狙われるのか?

 修は…今は黙って見ているだけだ。そこいらの魔物を消し飛ばしながら…。
『相当危なくなるまでは手を出さないから…。』という雅人の言葉を思い出した。
ということは…危ないけど相当って状態じゃない。

 やってみるしかないと隆平は思った。
化け物は立て続けに触手で攻撃してきた。防御をすることには慣れてきた。
戦いに身体が慣れてくると、かわすことも上手くなってきた。
 
 しかし、この化け物は巨体に似合わず俊敏で攻撃する隙を与えてくれなかった。
逃げ回っているだけでは余計に疲れが溜まってくる。
 
 いっそ仕掛けてみようかとも思うがなかなか勇気が出ない。

 「逃げ回るだけか…? 隆平…。 まるでネズミだな…。」

しわがれた不気味な声が化け物の口から搾り出された。
 
 「おまえのその穢れた血を面川の主流に遺してはならん…。
おまえはここで死ぬがいい…。 それですべてが収まる…。」

 何故?…がまた増えた。

 「おまえに言われる筋合いはない! 
当代長の血がどうのこうのって言うけど、一族は皆同じ血を受け継いでいるんだ。
 
 僕だけが特別な血だっていうわけじゃない。先代も当代も末松も皆同じ血を…」

 「だまれ!」

 化け物は動揺した。

隆平は考えた。
隆平を殺すことでこいつは何かにけりをつけようとしているのではないかと…。

 人身御供…?

そうしなければ収まらない何かがあるのだ。

 隆平に考える隙を与えまいとしてか、化け物はまた攻撃を開始した。
触手を振り回すだけではない。その牙を剥き喰らいつこうとさえする。
憎悪に満ちた唸り声を上げ、狂ったように襲い掛かる。 

 逃げ回るうち、隆平はうっかり化け物の触手に足を取られてひっくり返った。
あっと思った瞬間、化け物が覆いかぶさるように隆平の身体の上に飛び乗ってきた。隆弘の顔が一瞬目の前に浮かんで消えた。
もう嫌だ!殴られるのも…蹴られるのも!もうたくさんだ!消えてくれ!

 「僕に触れるな!」

そう叫んだ途端、化け物ははるか向こうに吹っ飛んでいた。

 何が起こったのか隆平にもよく分からなかった。
何かの力を使ったのだけは確かだった。

 化け物にそれほどのダメージを与えたわけではなかったが、それでも計り知れない力を隆平が持っていることだけは知らしめたわけで、化け物を警戒させるには十分だった。

 隆平の目に修の満足げな笑みが映った。

 化け物は隆平がそう簡単には倒せない存在であることに気付いた。
正面からやみくもに襲い掛かっても無駄だということが分かった。

 化け物にはどうしても隆平に死んでもらわなければならない事情があった。
それはこの身体…。
憎悪の塊とも言える、この醜い身体はたくさんの霊の集合体だ。
怨み、憎しみ、悲しみ…それぞれが背負うものを複雑に絡み合わせた闇の創造物。
 それらは皆、面川の当代の血への復讐に取り憑かれ、どうでもそれを果たさねば収まらない状態に陥っている。
 
 隆平はその最後のひとりとして是が非でも血祭りにあげなければならない。 

 面川が生き残るための人身御供として…。

 それは化け物自身の意志であるのか…はたまた別の者の意志であるのか…。
そんなことは今どうでもいい。
隆平を殺す。嬲り殺す。
そうすればすべては終わるのだ…。

 化け物がすばやく向き直って、隆平を睨みつけたとき、隆平は今までのように不安げな表情を浮かべてはいなかった。
 偶然だかなんだか分からないが、とにかく自分の中に紫峰の力を見い出せた。 
鬼面川と違って内面から溢れ出る力を。

 化け物は焦った。このまま、隆平が完全に目覚めてしまえば、生贄であるはずの隆平そのものが少々厄介な障害物となる。
 一息に殺してしまうに限る。
化け物はそう感じた。

 化け物が急に動きを止めたので隆平は戸惑った。
何か地の底を響いてくるような振動を感じた。
化け物の身体に亀裂が入り、見る間に三つの物体に分裂した。

 地の底から闇の穴から新たなる憎悪の塊が供給され、三つの物体は三体の化け物へと成長を遂げた。

 隆平は絶句した。
一体でもてこずっているのに…。

 その時修の声が聞こえたような気がした。

『さあ…どうする?』
 
 その楽しげな声が今はとても恨めしく感じられた。



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二番目の夢(第二十五話 憎悪の化け物)

2005-08-06 23:52:36 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 村中魔物だらけだったというのに、鬼遣らいの会場となる鬼の頭の塚の前には不思議と一匹の魔物さえ見当たらなかった。

 塚の封印もそのままで破られた形跡はなかった。

初めての戦いで緊張と恐怖を味わった孝太と隆平は、すでに心底疲れ切っていた。
魔物との戦いはこれからが本番だというのに、できることならもう全部終わったんだと思いたかった。

 「塚の封印を解きます。 ここはすべての塚の力が集まっている場所です。 
なにが起こるか分かりません。 心しておいてください。」

 修が孝太と隆平にそう言って封印を解こうとすると、背後から足音がして彰久たちが駆けつけて来た。 

 「ご無事で何よりです。修さん。実は今、本家に立ち寄ってきたのですが…。」

彰久は末松から聞いた久松のことを掻い摘んで修に話した。

 「やはりそうでしたか…。 ですが…彰久さん。 
末松さんがまるっきり何もしてないかと言うとそうではないのですよ。
むしろ積極的にに動いているのは末松さんの方なのです。」

 「と…申されますと? 」

彰久が怪訝そうな顔をした。

 「今に分かります。 」

修はそう言って微笑んだ。

 もう一度封印を解こうと塚の方に向き直ると笙子がいた。『う…やばい…。』
透と雅人が同時に修の顔を見た。『やっぱ忘れてたね…あの顔は。』『うん。』

じっと塚を見ていた笙子が何かを感じ取ったように振り返った。

 「修…油断しないで…とんでもない奴が居るわ。  
 
それにこの塚の下に蠢いている魔物の数もレベルも半端じゃないわよ。

 皆…少し離れていて。 一気に吹き出てくるから。」

修は頷くと塚の二重封印を解いた。

 ゴォーという風の唸るような音とともに塚の中から魔物の群れが噴き出した。
ダムの放水かと思われるような勢いだった。

 あっという間にあたりは魔物の海と化した。
塚のあたりにぽっかり開いた闇の空間から、いま、不気味なものが腕を伸ばし、この世界へと這い出ようとしていた。
 それは凄まじいばかりの憎悪の気を放ち、ひとたび世に出たら破壊と殺戮の限りを尽くさんとばかりに、鋭い牙を剥いて咆哮した。
 
 孝太も隆平も少しばかり前に鬼の一匹と戦った程度で死ぬかもしれないと思っていたことが恥ずかしくなった。あんな鬼はこの化け物に比べたら犬のようなもの。

 だが今、その犬のような鬼よりも強力な魔物ばかりであたりは埋め尽くされている。もはや逃れることもできない。戦うしか生き残る道はない。
 
 「隆平。 指示がなければ僕から離れるな。 あいつの狙いはおまえだ。 」

 隆平は驚きのあまり声を出せなかったが、分かったというように頷いた。
修は、我が子隆平を護ろうとして気を張っている孝太の存在が気になった。
気持ちは分かるがかえって危険だ。

 「笙子。 孝太さんを頼む。 まだひとりでは戦えない。 属性は紫峰だ。」

 「鬼面川じゃないのね? 孝太さん…行きましょう。ここにいては危ないわ。」

 孝太はいささか戸惑った。女性にエスコートされるとは…立場が逆のような。
その隙を突いて魔物が孝太に喰らいついた。孝太が逃れようともがくうち、笙子が一撃でそれを消した。

 「馬鹿やってんじゃないわよ! 命がかかってるの! 
あなたに力があろうとなかろうと手加減してくれるような相手じゃないのよ! 
ぼけっとしてないできっちり付いてらっしゃい! 」

 笙子に啖呵を切られて孝太は二の句が継げなかった。
迫力に気圧されて黙って笙子の後に従った。



 彰久は修が言ったことを考えていた。確かに長を選ぶと言い出したのは末松。
手紙を書いて送ってきたのも末松。先代の愛人を後妻に向かえ、数増を育てたのも末松。数増を隆弘の姉と結婚させたのも多分末松。

 思い返してみれば、久松がやったかもしれないのは朝子と秀夫の殺しだけだ。
この魔物たちにしてみても、本当に操っているのはどちらなのか…。

 彰久の目の前で史朗が見事な剣舞を披露している。心はすぐにタイムスリップし、千年前の華翁閑平と鬼将将平に戻ってしまう。
 華翁の剣が閃くたびに魔物が消し飛ぶ。相変わらず所作の美しさは天下一品だと父である鬼将は思う。

 華翁の動きに注目したのは彰久だけではなかった。雅人もまた複雑な思いでそれを見ていた。
 流れるように滑らかな剣と体の運び…凛として隙がない。
雅人は舞い散る桜の花びらを思い浮かべた。
 普段の史朗からは想像もできないような、優美で官能的でさえある剣での戦いっぷりに、やはり修が受け止めるだけのものが史朗にはあるのだと感じられた。

 「危ないですよ! 雅人さん! 」

 西野の声で我に返った雅人は、今まさに齧り付こうとしている魔物に一撃を加えた。 『やっば~。見とれてる場合じゃなかったね。』

 魔物の量から言えば一気に消滅させた方が楽かも知れないが、周りに仲間が沢山いる状態では共倒れの危険性もでてくる。せいぜい数匹ずつが関の山。
 
 紫峰の中では最も修に近い力を持つ透でも、この中から魔物だけを選別して消滅させるには経験が浅すぎる。
できるだけ魔物を引きつけておいて少しでも量を稼ぐしかない。
 しかし厄介なことにこの魔物たちはこちらが隙を見せない限り必要以上には近付いてくれない。先ほどまでの単純な連中とは大違いだ。 

 透はわざと身を伏せてみたり、他所に気を取られているふりをしてみせ、襲ってくる魔物を退治していったが、それもわりと骨の折れる仕事だった。
 
 雅人がぼけっと史朗の方を見ているのに気が付いて危ないなとは思ったが、史朗の戦いっぷりを見ていると確かに惹きつけられる要素がある。
 『なかなかやるね…史朗さん。 ちょっと見直したかも…。』てなことを考えていると、魔物がいっせいに襲い掛かってきてくれた。
 『よっしゃ! 11匹GET!』



 闇から産まれ出でた化け物は、今やその全貌を修たちの前に現した。
恨みと憎しみ、苦しみ、やり場のない悲しみが全身を形作っているようで、見ている方でさえ気が滅入るほど救いがたい雰囲気を漂わせている。

 久松ひとりではない…と修は感じた。確かに本家の座敷で遭遇した久松の魂もこの化け物の中から感じ取れる。
 と言うよりは久松の魂をベースに大勢の人の救われぬ魂を集め固めた集合体。
いったいな何故、そしてどこから、これほど大勢の人が…?

 「隆平…一回しか言わないよ。 鬼面川と紫峰との戦い方の違いだ。
あそこで魔物退治をしている彰久さんと史朗ちゃんの戦い方を良く見てみなさい。」

 悠長にも修は戦い方の講義を始めた。化け物はじりじりと迫ってくる。

 「特殊な力を持つ彰久さんは自分の中にあるその力を使って戦っている。
力を持たない史朗ちゃんはあの剣を武器として使うことによって、彰久さんと同じくらいの働きをすることができる。」

 化け物がその触手のような、固く長い爪のついた腕で隆平を掴み取ろうとする。
修は隆平を押しのけそれを防いだ。

 「彰久タイプが紫峰、史朗タイプが鬼面川の戦い方の特徴。
要は自分の中に生まれつき持っている武器を使って戦うか、そこにある武器を使いこなすかの違い。
 使いこなすにもそれなりの能力は必要だが…紫峰の持つ霊力や念力とは全く別のものだ。」

化け物が突然、すばやい動きを見せ隆平に飛び掛った。

 「防御!」

 修の声に反射的に隆平は障壁を張った。勿論、修がその壁をカバーした。
化け物の身体が弾かれた。

 「そう…イメージしている暇はない。 
相手が強ければ強いほど、ほとんど反射的、直感的に対処するしかない。 
武器を使うことも紫峰おいてはさして意味がない。

 紫峰祭祀にそれほど多くのの所作や文言がないのはそのためだ。」

 『聞こえてますかね? 雅人くん。透くん。 油断すると死ぬよ! 』
修は聞き耳を立てている二人に雷を落とした。『やべえ! 見つかった!』

 化け物はすぐに起き上がり、再び襲い掛かった。
今度は指示なしに隆平が障壁を張った。が、修が補強をしなかったので化け物を弾くことまではできなかった。

 目の前にグロテスクで巨大な化け物が立っている。
弾けなかった分、距離が近付いてしまったのだ。

化け物は舌舐め刷りをして隆平を見ている。
獲物は手にしたも同然のところにいる。
すぐにでも食い殺せるところに…。

緊急事態なのに、なぜか修は指示を出そうとはしない。

隆平はどうしていいか分からず、茫然と化け物を見上げていた。




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二番目の夢(第二十四話  闇の正体 )

2005-08-04 23:55:20 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 書斎の方でなにやら大きな音がして大塚は目が覚めた。
時計を見るとすでに鬼遣らいの当日ではあるがまだ外は真っ暗だった。

 書斎には鬼面川の相続に関する資料や文書が保管してある金庫がある。
夕べ本家に親族がふたり盗みに入って鬼に食われて死んだという連絡をもらった。
弁護士の大塚の所にもだれぞ相続に関するものを盗みに来たのか…?

 大塚は恐る恐る書斎の方へと向かった。
書斎の入り口のところに小さな男の子がいた。

 「どこの坊だ? こんな時間に…。」

 大塚は声をかけた。男の子はチラッと大塚を見ると、ばたばたと足音を響かせて庭の方へと走っていった。
 大塚も後を追った。
庭に出ると植え込みの陰から男の子はそっと覗いていた。

 「おい。 何をしとる? 子供がうろうろするような時間じゃないで。」

 そう声をかけた途端、男の子は手が伸び、足が伸び、急激に大きくなった。
怖ろしい形相を見て大塚は思わず叫んだ。

 「お…鬼じゃ! どでかい鬼じゃ!」

 大塚は腰を抜かした。迫ってくる鬼にめがけて、その辺にある物を手当たり次第投げたが鬼にはかすりもしない。

 鬼は大塚を捕まえ、びゅんびゅん振り回すと地面にたたきつけた。
その一撃で大塚はのびてしまった。

 「弁護士さん! 」

 修が駆け寄ったとき全く意識はなく、ほかっておけばあの世行きだった。

 「隆平! ちょっと時間を稼いで! 手当するから!」

 修に言われて隆平は鬼の前に立ったものの、その大きさと奇怪さに圧倒された。
鬼は隆平に向かって鋭い爪のついた腕を伸ばしてきた。捕まる寸前、隆平は逃れた。
 そんなことを繰り返すうち、鬼はいらいらしたのか身体ごと飛びついて来た。
それも外れた。

 「隆…平…。 」

押し殺したような声が鬼の口から漏れた。隆平は愕然とした。

 「父さん…?」

 「隆平…俺を…殺し…た…。 」

隆平の心臓の動きが激しくなった。金縛りにあったように動けなくなった。

 「違う…僕じゃない。 僕じゃない…。」

 鬼は牙を向いて襲い掛かってきた。隆平は必死で逃れようと向きを変えた。
鮫のような特大の口が隆平の胴を捕らえた。
 腹部に激しい痛みを覚えて隆平は思わず声を上げた。
鬼はぎりぎりと音を立てて隆平の胴を噛み砕こうとした。

 屋敷の外で魔物を消していた孝太がかけつけ、鬼に喰われそうになっている隆平を見つけた。孝太は鬼に突進した。
鬼は隆平を銜えたまま孝太をはたき飛ばした。
孝太は怯まず、鬼の目をめがけ霊波の矢を立て続けに飛ばした。

 威力こそないが無数の矢に顔を狙われたことで、鬼は反射的に口を開き隆平を落とした。
 動けない隆平を庇って孝太は鬼の前に飛び出した。
鬼の牙が孝太の肩口から腹にかけて突き刺さった。

 「逃げろ! 隆平! 早く!」

 隆平は何とか起き上がろうともがいた。

 「孝太兄ちゃん…! 誰か助けて!」
 
隆平が叫んだ。

 「いつまでも…他人に頼ってちゃ生き延びれないよ。 」

 背後から大塚の応急処置を終えた修が近付いてきた。

 「そろそろ自分の力に目覚めなきゃね…。」

修は隆平を通り越し、鬼の間近へ歩み寄った。

 鬼は怪訝な顔をして、近付いてきた修を見た。
修の手が軽く鬼の身体に触れた瞬間、孝太の身体が地面に投げ出された。

 修に掴みかかろうと鬼が両手を振り上げたその時、鬼の身体が一瞬点描の絵のように見えた。
 まるでダイヤモンドダストを見ているようにきらきらと鬼の身体は光の塵となって宙を舞った。

 孝太も隆平も修の桁違いの力を見せ付けられて言葉を失った。

 修は二人の方に目を向けると何事もなかったかのように微笑んだ。

 「ちょっと痛かったでしょう。 戦いに怪我はつきものですが、戦い慣れてくればそのうち怪我も少なくなりますよ。 」

そんなことを言いながら修は孝太と隆平の身体に触れ、鬼に噛まれた傷を癒した。
『いや痛いとかそういう問題じゃないんだが…。 へたすりゃ死んでるし…。』と二人は思った。

 「さあ…早くここを出ましょう。 大塚が正気に戻る前に…。

 どうやら 敵は大塚の家族を眠らせてから攻撃を開始したようです。
当人だけを狙うとはわりと紳士的じゃありませんか…。」



 最終地点、鬼の頭の塚に向かう途中で、透たちと彰久たちは合流し、途中、行き掛かり上朝子と秀夫の通夜をしている本家に立ち寄った。

 彰久には気がかりなことがあった。今までの証言ではすべて末松が裏で操っているように言われていた。あの先代の愛人の話も孝太も本気でそう考えているようだった。
 しかし、彰久にはあの末松という老人にそれほどの力があるとは思えない。
多分そのことには修も気が付いているだろう。もし末松にそんな力があるとすれば修は見過ごしたりはしない。真っ先に気付いて警戒するはずだ。

 数増と加代子が世話をしていたが、時間も時間だが、さすがに盗みに入った者の通夜では誰も見舞いになど来ていなかった。

 「ここまで来るとな…さすがの爺さまもがっくりだわ。 」

数増は忌々しげに言った。座敷で小さくなっている末松の姿が見えた。

 「大叔父さまに至急お話しを伺いたいんですが…大丈夫ですか?
もう夜も明けようという時間ですが…。」

彰久が訊ねた。

 「ええて。 どうせ寝られやせんし。 」

 数増は皆を座敷へ通した。その途中、こっそり透に訊ねた。
『えろう別嬪さんがござるがどちらさん? 』『ああ…修さんの嫁さんです。』
数増はまじまじと笙子を見た。笙子は艶っぽい笑みを浮かべた。
『へえ~。あの御仁はわりと粋なお方とみえる。この手の美女がお好みか…。』

彰久は末松の前に腰を下ろした。

 「お疲れのところ申し訳ないのですがお話しいただけますか?」
  
末松は彰久の方へ顔を向けた。

 「おまえが聞きたいのは…わしの兄弟のことだな…。 久松のことだろう?」

彰久は驚いたように末松の顔を見た。

 「何…そのくらいの小さな力はわしにもあるわ。 
久松はな…わしの双子の兄だ。 とうに亡くなったが…。 魂はここにおる。

 自殺したのでな。 逝くべきところへ逝けぬのよ。
最初の災害でわしは前の妻と娘を失った…。 久松もな…妻子を亡くした。

 わしはこういう性格だで立ち直ったが、久松は後を追ってしまったんだわ。
だが…自殺した者は妻子のもとへは逝けん。 

 その魂は救われることもなく、未だ恨みと憎しみの中におる。 」
 
 末松はふうっと溜息をついた。

 「久松の力は将平の再来と言われるほどだった。 
わしらは瓜二つだで…誤解されるが大きい力を持っていたのは久松の方だ。 
当代に長の地位を横取りされたのも…な…。 」

 彰久はなるほどと思った。すでに亡くなっている久松が何か仕出かせば、それはすべて末松がやったように見えてしまう。
先代の愛人や孝太が誤解したのも無理はない。

 魔物を生み出し鬼を操る闇の正体は自殺した男の恨みと憎しみ。
復讐にすべてをかけることでしか満たされない無念の思い…。

彰久はこの救われぬ魂に悲しいものを感じた。

急がなくては…夜が明けてしまう。

その男の魂を観光客でいっぱいの鬼遣らいで暴れさせるわけにはいかない。

彰久は皆を促してその場を後にした。




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二番目の夢(第二十三話  華翁の剣)

2005-08-04 00:04:18 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「それほどの数じゃないといってた割にはうじゃうじゃといるじゃないの。」

透は呆れたように言った。まるで飴に集る蟻。稲に集るイナゴ。

 「また増えちゃったのね~って。こんなん増やして時間稼ぎかよ。」

 雅人はたいして力のない魔物が多いことに気付いていた。多分、村長や弁護士の所へ強力な奴を送ってるのだろう。この小物たちは足止めを食わせるための道具に過ぎない。

 透も雅人も一度に何匹もの魔物を消滅させながら進んでいった。

 「まあ村長ん家も、弁護士ん家もどこにあるのか分かんないからさ…。
取り敢えずはこいつら全部消しちゃえばいいんだろう。」

雅人は辺りの魔物をまとめて消そうと力のレベルを上げた。

 「待って! あそこに何か…子どもがいるような…。」

透が指差す方を見ると、本当に女の子のような白い影が見えた。

 「まさか…こんな時間に子どもがうろうろしているわけがないぜ。」

雅人は修の言葉を思い出していた。『嬰児の力は侮れない…。』

 「透。油断するな。あれは紫峰の鍵を破ったやつのひとりだと思う。」

透は頷いた。女の子はちょこちょこと二人の方へ駆けてきた。

 「人間だな…? 」

女の子は訊いた。獣のようにくんくんと鼻を鳴らし、匂いを嗅いでいるようだ。

 「鍵の匂いがする。 封印の匂いがする。 あたしを閉じ込めた奴だな! 」

女の子の姿は見る間に大きくなり、形相が変わり、鬼と化していった。
人間としては大きい方の雅人と比べてもゆうに2倍はあろうか。
長い牙と爪を持ち、丸太のような腕をぶんぶんと振り回して透たちに襲い掛かる。

 どでかい図体のわりに動きは俊敏で、少しでも油断したらあの腕でぶっ飛ばされそうだ。鬼はそこいらの魔物を掴みあげると、まるで石でも投げるかのように透や雅人をめがけ投げつける。

 鬼の動きに扇動されてか魔物がいっせいに二人に向かって飛び掛ってきた。
多勢に無勢、魔物たちを消すのに手間取ってなかなか鬼に攻撃できない。
鬼の投げつける魔物が時折、二人の身体をかすめ、受ける傷も増えてきた。

 「くっそ~。 いっぺんに吹っ飛ばしてやるぜ! 」

透が気を集中し始めた。

 「きりがねえや! どんどん沸いて出て来る。 透。同時にいくぞ。」

雅人は透に気を合わせた。

 「よっしゃ! せえの!」

 二人の身体から周囲に放たれた霊波が魔物たちを砕いた。
辺りがきれいさっぱり片付いた。

 「やったね! 」

 透がそう言うか言わないかのうちに、突然、彼らの背後から鬼の丸太が二人の首を締めてきた。頑丈な丸太の腕は透や雅人がどうあがいてもはずせそうになかった。ぐいぐいと締め付けられて息ができず、気が遠くなりそうだった。

 「消えなさい! 」

 背後からどこかで聞いたような女の声がした。
鬼は断末魔の悲鳴を上げると一瞬膨れ上がり、粉々に砕け散って塵と化した。
同時に、透と雅人は地面に投げ出された。

 「油断大敵よ…。 坊やたち…。」

はっとして振り返ると笙子が嫣然と微笑んで立っていた。

 「笙子さん! いつ来たの? 」

 「何時って…修と一緒に来たわよ。 聞いてなかった? 」

二人はぶんぶんと首を横に振った。
笙子は肩をすくめた。

 「これだもの…。 
ずいぶん長いことほかりっぱなしにされてるなとは思ったのよね。 
忘れられてるのね。 」

 笙子はわざと嘆いて見せた。
見ている二人は思った。『ふ~ん…たまには逆もありなんだ…。』

 「ま…いいわ。 先を急ぎましょう…。」

笙子が二人を促した。



 塚という塚が破られているのを目の当たりにした時、西野はこれは厄介なことになったと感じた。
 足の踏み場もないとはこのことか。まるで鬼の髪の毛一本一本まで魔物に変えたのかと思えるほどの魔物の数である。

 「村長の屋敷がこの向こうにあるはずですが、こいつらを何とかしなければたどりつけませんね。」

 西野は彰久に言った。

 「まずは掃除をということでしょう。 では史朗くん。 いきますよ。」

 彰久はそう言って史朗に微笑みかけた。
史朗も微笑んで返した。

 西野の不安はこの史朗という青年。
戦いのたの字もしたことのなさそうな普通の営業マン。『大丈夫かなあ…。』
宗主は別に問題なしと見ているようだが…。

 何しろ、修という人は物凄く大人である反面、物凄く子供みたいなところがあってお仕えする身としては戸惑うこともしばしば…。
『ま…人を見る目はある人だから…。 』 
 
 西野は取り敢えず、様子を見ながら戦うことにした。

 一匹の魔物が宙を飛び彰久に向かってきた。彰久は事も無げに消し飛ばした。
それを合図にあちらからこちらから魔物たちが襲い掛かってきた。 

 史朗の方へ一群が向かった時、西野はまずいと思った。
慌てて史朗の方へ向かった西野の目の前で何か刃物のような物が閃いた。
魔物の一群はあっけなく粉砕された。

 『うそだろ。』西野は我が目を疑った。

 史朗の手にはいつの間にか剣が握られていた。
それは鬼面川に代々伝わる華翁の剣で、かなりの曲者であるため、よほどの手足れでなければ扱えない代物だった。
 鬼将のように特別な力を持たない華翁はこの剣を使いこなすことによって鬼将に勝るとも劣らない伝説の人となったのである。
  
 今の史朗にそれが扱えるのは不思議だがこれも生まれ変わりのなせる業なのか。
しかもこの剣は自らの意思で史朗の手の中に現れたとしか考えられない。

 史朗はさながら舞うように剣を閃かせ魔物を退治していく。
この動きの優雅さは修にも彰久にもない独特のものだ。
幼少期より、人々は閑平の剣を操るその姿を華と譬え、老成したその動きを翁と譬えた。華翁と呼ばれる所以である。

 西野の不安は消し飛んだ。

 雑魚の魔物はあっという間に片付いた。
三人は村長の屋敷へと向かった。すでに魔物が入り込んでいると見えて、村長の屋敷からは何かに驚いたような叫び声が聞こえてきた。

 急いで声のした方へ行くと、村長と妻はショックで気を失っており、その前に鬼が立っていた。
 彰久たちの姿を見ると、鬼はいきなり太い腕を振り回し襲い掛かって来た。
思ったよりすばやいその動きに一瞬身体を捉えられそうになったものの、辛うじて交わし彰久が鬼を消し飛ばした。


 「早く…村長が目を覚まさないうちに行きましょう。」

 西野は手招きした。村長が起きている時なら村長と妻の記憶を操作しなければならないが、のびてしまっているなら夢でも見たんでしょうって事で…。

 彰久も史朗も急ぎその場を後にした。





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