徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三十話 揺さぶり)

2005-08-14 23:57:35 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「妻子を失った時…。」

久松はまず自分の過去を振り返った。

 「俺はまだそれが単なる自然災害によるものだと信じていた。

 この年はいろいろな災害が続いたので村のあちらこちらが脆くなっていて、多くの人たちが公民館の方に避難していた。

 俺の妻子と末松の妻子は炊き出しのために公民館へ行っていたんだ。
公民館の裏手は崖のようになっていたが、防災のための補強工事をしたばかりで皆安全だと思っていた。

 ところが突然崖崩れが起きて、俺や末松の家族とともに公民館を飲み込んでしまったんだ。
 多くの人が犠牲になった…。 」

そのことは隆平も聞いていた。公民館の跡地には追悼の碑が立っている。

 「俺も末松も悲嘆にくれた。 長兄が亡くなってから、次兄の対立候補だった俺は、次兄には良く思われてはいなかったから、この村では妻子だけが心の支えだったのに…。

 裏があるとは知らず、俺はただ悲しんでばかりいた。
しばらくして末松が後妻をもらうと、余計に寂しさが増してな。
もうこの世には未練はないと思って自殺を企てたのだ。

 毒を飲んで死に掛けている俺の傍で、末松がしっかりしろと声をかけたのを覚えている。」

 久松の魂がチラッと末松を見たようなふうに感じた。

 「その時末松は言った。 長兄は次兄によって殺された。 しかも次兄は村長や弁護士と手を組んで自分が長になり、長として権勢が及ぶのをいいことに、公民館などの村のあちこちの防災工事を手抜きしていて、浮いた資金を流用していたのだと…。

 仕返しもせずに死んではならんと末松は言ったが、俺は死んで怨霊となり、仲間を率いて仕返しをするつもりだからこのまま死なせろと突き放したのだ。」



 久松は死んでも恨みを忘れることができず災害で死んだ救われぬ魂を集めた。 
自分で集めたのか誰かが集めてきたのか…そのところははっきりしないが。

 ただ、さまよえる魂たちには必ず逝くべき所へ逝かせてやると約束し、手を貸すように仕向けた。自分でそう仕向けたのかどうかは…それもはっきりしない。

 鬼を装って、隆弘と共謀し、隆弘の子供を二人死産させ、三人目が生まれる鬼遣らいの日に、当代つまり次兄の娘を出血多量で死なせた。

 久松としては、最初は単に長兄や妻子を殺された復讐として次兄に家族を失う苦しみを味あわせてやりたかっただけだった。
 
 ところが、当代長を殺してしまっても一向に癒されず、自分だけでなく協力した魂たちが救いを求め騒ぎ出した。

 その時に末松が、これは目的を達成していないからではないかと言った。
命を失った責任者は当代長だけではなく、村長や弁護士、当代の血を引く者などまだ何人も残っている。

 彼らは人を死なせておいてのうのうと生きているのだ。
彼らを血祭りに上げれば自分たちの心に平安が戻り、逝くべき所へと導かれるのではないかと…。

 そして長選びを口実に関係者を次々と呼び出したのだ。勿論、呼び出しの手紙などを書いたのは末松である。疑われないように、先代の忘れ形見である彰久や史朗の父親宛にも手紙を送った。

 

 「思えば、それが誤算だった。 まさか…おまえたちに力があろうとは…。 」

 久松は唸った。彰久と史朗がこの村に来たことで、紫峰家までを引っ張り込み、計画に大きな支障をきたしたのだ。

 「わが父隆弘もそれに加わっていたというのか? 」

 隆平は訊ねた。隆平に酷い仕打ちを繰り返したとはいえ、人殺しができる父とは思えなかった。

 「隆弘の目的はあくまで、先代の長を亡き者にした当代の長に仕返しをしたいということだけだった。
 隆弘は先代には我が子のように可愛がってもらったので、黙ってはいられなかったのだろう。

 当代長が亡くなると俺たちとは手を切った。隆弘は俺たちに協力はしたが、自ら手を下してはいない。 」

 久松は溜息をついた。隆平も隆弘が身内殺しに直接手を下したのではないことに少しほっとした。

 「隆弘はおまえを赤ん坊の時から苛めてはいたが、俺たちと手を切るまでは命にかかわるような苛め方はしていなかった。

 それが俺たちと袂を別つ瞬間から、まるで本物の鬼にでもなったようにおまえを折檻しだした。前から酷く殴ったり、蹴ったりはしていたがその度合いが違う。
 
 それはおまえの命を護るためだったと…俺は思う。

隆弘がおまえを苦しめ、痛めつけている間は俺たちも手が出せない。 」

 隆平は愕然とした。
あの父親が自分を護ろうとしていた? 
自分を死ぬほど辛い目に遭わせて置きながら…?

 今すぐには信じろと言われても信じられないことだった。
ただ、隆弘が頑ななまでに長になることを反対していたのは事実で、そのことを思えば全くありえない話しではなかった。
 
 『動揺してはいけない。』彰久がそう囁いた。
隆平は頷いた。
そう…落ち着け…。いま大切な祭祀の真っ最中だ…。
隆平はしっかりと心に言い聞かせた。

 「長になりたがる当代の血を引く者を次々と片付け、これで後は村長と弁護士、そして最後に隆平を…と考えていたのに。

 しかし、本当言えば、ひとりまたひとりと殺すほどに心は平安から遠ざかり、苦しみは増すばかりで…。
 俺も末松ももはやどうにもこれらの魂を抑えることができなくなってきていた。
下手をすれば当代の血を引くものだけではなく、鬼面川の血筋全員を殺すまで収まらないかもしれない。

 鬼面川はともかく面川までも消してしまってはもともこもない。
一族の全滅を防ぐためには誰かを生贄に捧げるしかない。
最後のひとり隆平を…。 」



 その場が一瞬しんとなった。

 「それで解決できると…思ったのか? 」

 隆平の声が静寂を破った。

 「愚かなことだ。 この隆平を殺せば面川を囲む防御壁が無くなるようなもの、ますます面川が危険にさらされるということが分からなかったのか?

 隆平という的があればこそ、鬼面川全体には目が向かなかったものを…。」

突然、隆平は姿勢を変えると末松の方に向き直った。

 「末松。久松を利用してこの隆平を亡き者にせんとした本当の理由を述べよ。」

 思いがけない隆平の言葉に皆の視線が末松に集まった。
末松は言葉に窮した。

 「な…何のことだ…? 」

 隆平は見透かすように末松の顔を見た。

 彰久はまた修の表情を探った。
目が合うと修は口元に笑みを浮かべた。
『まあ成り行きを見守ろうじゃありませんか…。』
そんなふうに見えた。

 だが彰久には分かっていた。
末松に揺さぶりをかけているのは隆平本人ではない。
本当は誰なのかを…。




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