村中魔物だらけだったというのに、鬼遣らいの会場となる鬼の頭の塚の前には不思議と一匹の魔物さえ見当たらなかった。
塚の封印もそのままで破られた形跡はなかった。
初めての戦いで緊張と恐怖を味わった孝太と隆平は、すでに心底疲れ切っていた。
魔物との戦いはこれからが本番だというのに、できることならもう全部終わったんだと思いたかった。
「塚の封印を解きます。 ここはすべての塚の力が集まっている場所です。
なにが起こるか分かりません。 心しておいてください。」
修が孝太と隆平にそう言って封印を解こうとすると、背後から足音がして彰久たちが駆けつけて来た。
「ご無事で何よりです。修さん。実は今、本家に立ち寄ってきたのですが…。」
彰久は末松から聞いた久松のことを掻い摘んで修に話した。
「やはりそうでしたか…。 ですが…彰久さん。
末松さんがまるっきり何もしてないかと言うとそうではないのですよ。
むしろ積極的にに動いているのは末松さんの方なのです。」
「と…申されますと? 」
彰久が怪訝そうな顔をした。
「今に分かります。 」
修はそう言って微笑んだ。
もう一度封印を解こうと塚の方に向き直ると笙子がいた。『う…やばい…。』
透と雅人が同時に修の顔を見た。『やっぱ忘れてたね…あの顔は。』『うん。』
じっと塚を見ていた笙子が何かを感じ取ったように振り返った。
「修…油断しないで…とんでもない奴が居るわ。
それにこの塚の下に蠢いている魔物の数もレベルも半端じゃないわよ。
皆…少し離れていて。 一気に吹き出てくるから。」
修は頷くと塚の二重封印を解いた。
ゴォーという風の唸るような音とともに塚の中から魔物の群れが噴き出した。
ダムの放水かと思われるような勢いだった。
あっという間にあたりは魔物の海と化した。
塚のあたりにぽっかり開いた闇の空間から、いま、不気味なものが腕を伸ばし、この世界へと這い出ようとしていた。
それは凄まじいばかりの憎悪の気を放ち、ひとたび世に出たら破壊と殺戮の限りを尽くさんとばかりに、鋭い牙を剥いて咆哮した。
孝太も隆平も少しばかり前に鬼の一匹と戦った程度で死ぬかもしれないと思っていたことが恥ずかしくなった。あんな鬼はこの化け物に比べたら犬のようなもの。
だが今、その犬のような鬼よりも強力な魔物ばかりであたりは埋め尽くされている。もはや逃れることもできない。戦うしか生き残る道はない。
「隆平。 指示がなければ僕から離れるな。 あいつの狙いはおまえだ。 」
隆平は驚きのあまり声を出せなかったが、分かったというように頷いた。
修は、我が子隆平を護ろうとして気を張っている孝太の存在が気になった。
気持ちは分かるがかえって危険だ。
「笙子。 孝太さんを頼む。 まだひとりでは戦えない。 属性は紫峰だ。」
「鬼面川じゃないのね? 孝太さん…行きましょう。ここにいては危ないわ。」
孝太はいささか戸惑った。女性にエスコートされるとは…立場が逆のような。
その隙を突いて魔物が孝太に喰らいついた。孝太が逃れようともがくうち、笙子が一撃でそれを消した。
「馬鹿やってんじゃないわよ! 命がかかってるの!
あなたに力があろうとなかろうと手加減してくれるような相手じゃないのよ!
ぼけっとしてないできっちり付いてらっしゃい! 」
笙子に啖呵を切られて孝太は二の句が継げなかった。
迫力に気圧されて黙って笙子の後に従った。
彰久は修が言ったことを考えていた。確かに長を選ぶと言い出したのは末松。
手紙を書いて送ってきたのも末松。先代の愛人を後妻に向かえ、数増を育てたのも末松。数増を隆弘の姉と結婚させたのも多分末松。
思い返してみれば、久松がやったかもしれないのは朝子と秀夫の殺しだけだ。
この魔物たちにしてみても、本当に操っているのはどちらなのか…。
彰久の目の前で史朗が見事な剣舞を披露している。心はすぐにタイムスリップし、千年前の華翁閑平と鬼将将平に戻ってしまう。
華翁の剣が閃くたびに魔物が消し飛ぶ。相変わらず所作の美しさは天下一品だと父である鬼将は思う。
華翁の動きに注目したのは彰久だけではなかった。雅人もまた複雑な思いでそれを見ていた。
流れるように滑らかな剣と体の運び…凛として隙がない。
雅人は舞い散る桜の花びらを思い浮かべた。
普段の史朗からは想像もできないような、優美で官能的でさえある剣での戦いっぷりに、やはり修が受け止めるだけのものが史朗にはあるのだと感じられた。
「危ないですよ! 雅人さん! 」
西野の声で我に返った雅人は、今まさに齧り付こうとしている魔物に一撃を加えた。 『やっば~。見とれてる場合じゃなかったね。』
魔物の量から言えば一気に消滅させた方が楽かも知れないが、周りに仲間が沢山いる状態では共倒れの危険性もでてくる。せいぜい数匹ずつが関の山。
紫峰の中では最も修に近い力を持つ透でも、この中から魔物だけを選別して消滅させるには経験が浅すぎる。
できるだけ魔物を引きつけておいて少しでも量を稼ぐしかない。
しかし厄介なことにこの魔物たちはこちらが隙を見せない限り必要以上には近付いてくれない。先ほどまでの単純な連中とは大違いだ。
透はわざと身を伏せてみたり、他所に気を取られているふりをしてみせ、襲ってくる魔物を退治していったが、それもわりと骨の折れる仕事だった。
雅人がぼけっと史朗の方を見ているのに気が付いて危ないなとは思ったが、史朗の戦いっぷりを見ていると確かに惹きつけられる要素がある。
『なかなかやるね…史朗さん。 ちょっと見直したかも…。』てなことを考えていると、魔物がいっせいに襲い掛かってきてくれた。
『よっしゃ! 11匹GET!』
闇から産まれ出でた化け物は、今やその全貌を修たちの前に現した。
恨みと憎しみ、苦しみ、やり場のない悲しみが全身を形作っているようで、見ている方でさえ気が滅入るほど救いがたい雰囲気を漂わせている。
久松ひとりではない…と修は感じた。確かに本家の座敷で遭遇した久松の魂もこの化け物の中から感じ取れる。
と言うよりは久松の魂をベースに大勢の人の救われぬ魂を集め固めた集合体。
いったいな何故、そしてどこから、これほど大勢の人が…?
「隆平…一回しか言わないよ。 鬼面川と紫峰との戦い方の違いだ。
あそこで魔物退治をしている彰久さんと史朗ちゃんの戦い方を良く見てみなさい。」
悠長にも修は戦い方の講義を始めた。化け物はじりじりと迫ってくる。
「特殊な力を持つ彰久さんは自分の中にあるその力を使って戦っている。
力を持たない史朗ちゃんはあの剣を武器として使うことによって、彰久さんと同じくらいの働きをすることができる。」
化け物がその触手のような、固く長い爪のついた腕で隆平を掴み取ろうとする。
修は隆平を押しのけそれを防いだ。
「彰久タイプが紫峰、史朗タイプが鬼面川の戦い方の特徴。
要は自分の中に生まれつき持っている武器を使って戦うか、そこにある武器を使いこなすかの違い。
使いこなすにもそれなりの能力は必要だが…紫峰の持つ霊力や念力とは全く別のものだ。」
化け物が突然、すばやい動きを見せ隆平に飛び掛った。
「防御!」
修の声に反射的に隆平は障壁を張った。勿論、修がその壁をカバーした。
化け物の身体が弾かれた。
「そう…イメージしている暇はない。
相手が強ければ強いほど、ほとんど反射的、直感的に対処するしかない。
武器を使うことも紫峰おいてはさして意味がない。
紫峰祭祀にそれほど多くのの所作や文言がないのはそのためだ。」
『聞こえてますかね? 雅人くん。透くん。 油断すると死ぬよ! 』
修は聞き耳を立てている二人に雷を落とした。『やべえ! 見つかった!』
化け物はすぐに起き上がり、再び襲い掛かった。
今度は指示なしに隆平が障壁を張った。が、修が補強をしなかったので化け物を弾くことまではできなかった。
目の前にグロテスクで巨大な化け物が立っている。
弾けなかった分、距離が近付いてしまったのだ。
化け物は舌舐め刷りをして隆平を見ている。
獲物は手にしたも同然のところにいる。
すぐにでも食い殺せるところに…。
緊急事態なのに、なぜか修は指示を出そうとはしない。
隆平はどうしていいか分からず、茫然と化け物を見上げていた。
次回へ
塚の封印もそのままで破られた形跡はなかった。
初めての戦いで緊張と恐怖を味わった孝太と隆平は、すでに心底疲れ切っていた。
魔物との戦いはこれからが本番だというのに、できることならもう全部終わったんだと思いたかった。
「塚の封印を解きます。 ここはすべての塚の力が集まっている場所です。
なにが起こるか分かりません。 心しておいてください。」
修が孝太と隆平にそう言って封印を解こうとすると、背後から足音がして彰久たちが駆けつけて来た。
「ご無事で何よりです。修さん。実は今、本家に立ち寄ってきたのですが…。」
彰久は末松から聞いた久松のことを掻い摘んで修に話した。
「やはりそうでしたか…。 ですが…彰久さん。
末松さんがまるっきり何もしてないかと言うとそうではないのですよ。
むしろ積極的にに動いているのは末松さんの方なのです。」
「と…申されますと? 」
彰久が怪訝そうな顔をした。
「今に分かります。 」
修はそう言って微笑んだ。
もう一度封印を解こうと塚の方に向き直ると笙子がいた。『う…やばい…。』
透と雅人が同時に修の顔を見た。『やっぱ忘れてたね…あの顔は。』『うん。』
じっと塚を見ていた笙子が何かを感じ取ったように振り返った。
「修…油断しないで…とんでもない奴が居るわ。
それにこの塚の下に蠢いている魔物の数もレベルも半端じゃないわよ。
皆…少し離れていて。 一気に吹き出てくるから。」
修は頷くと塚の二重封印を解いた。
ゴォーという風の唸るような音とともに塚の中から魔物の群れが噴き出した。
ダムの放水かと思われるような勢いだった。
あっという間にあたりは魔物の海と化した。
塚のあたりにぽっかり開いた闇の空間から、いま、不気味なものが腕を伸ばし、この世界へと這い出ようとしていた。
それは凄まじいばかりの憎悪の気を放ち、ひとたび世に出たら破壊と殺戮の限りを尽くさんとばかりに、鋭い牙を剥いて咆哮した。
孝太も隆平も少しばかり前に鬼の一匹と戦った程度で死ぬかもしれないと思っていたことが恥ずかしくなった。あんな鬼はこの化け物に比べたら犬のようなもの。
だが今、その犬のような鬼よりも強力な魔物ばかりであたりは埋め尽くされている。もはや逃れることもできない。戦うしか生き残る道はない。
「隆平。 指示がなければ僕から離れるな。 あいつの狙いはおまえだ。 」
隆平は驚きのあまり声を出せなかったが、分かったというように頷いた。
修は、我が子隆平を護ろうとして気を張っている孝太の存在が気になった。
気持ちは分かるがかえって危険だ。
「笙子。 孝太さんを頼む。 まだひとりでは戦えない。 属性は紫峰だ。」
「鬼面川じゃないのね? 孝太さん…行きましょう。ここにいては危ないわ。」
孝太はいささか戸惑った。女性にエスコートされるとは…立場が逆のような。
その隙を突いて魔物が孝太に喰らいついた。孝太が逃れようともがくうち、笙子が一撃でそれを消した。
「馬鹿やってんじゃないわよ! 命がかかってるの!
あなたに力があろうとなかろうと手加減してくれるような相手じゃないのよ!
ぼけっとしてないできっちり付いてらっしゃい! 」
笙子に啖呵を切られて孝太は二の句が継げなかった。
迫力に気圧されて黙って笙子の後に従った。
彰久は修が言ったことを考えていた。確かに長を選ぶと言い出したのは末松。
手紙を書いて送ってきたのも末松。先代の愛人を後妻に向かえ、数増を育てたのも末松。数増を隆弘の姉と結婚させたのも多分末松。
思い返してみれば、久松がやったかもしれないのは朝子と秀夫の殺しだけだ。
この魔物たちにしてみても、本当に操っているのはどちらなのか…。
彰久の目の前で史朗が見事な剣舞を披露している。心はすぐにタイムスリップし、千年前の華翁閑平と鬼将将平に戻ってしまう。
華翁の剣が閃くたびに魔物が消し飛ぶ。相変わらず所作の美しさは天下一品だと父である鬼将は思う。
華翁の動きに注目したのは彰久だけではなかった。雅人もまた複雑な思いでそれを見ていた。
流れるように滑らかな剣と体の運び…凛として隙がない。
雅人は舞い散る桜の花びらを思い浮かべた。
普段の史朗からは想像もできないような、優美で官能的でさえある剣での戦いっぷりに、やはり修が受け止めるだけのものが史朗にはあるのだと感じられた。
「危ないですよ! 雅人さん! 」
西野の声で我に返った雅人は、今まさに齧り付こうとしている魔物に一撃を加えた。 『やっば~。見とれてる場合じゃなかったね。』
魔物の量から言えば一気に消滅させた方が楽かも知れないが、周りに仲間が沢山いる状態では共倒れの危険性もでてくる。せいぜい数匹ずつが関の山。
紫峰の中では最も修に近い力を持つ透でも、この中から魔物だけを選別して消滅させるには経験が浅すぎる。
できるだけ魔物を引きつけておいて少しでも量を稼ぐしかない。
しかし厄介なことにこの魔物たちはこちらが隙を見せない限り必要以上には近付いてくれない。先ほどまでの単純な連中とは大違いだ。
透はわざと身を伏せてみたり、他所に気を取られているふりをしてみせ、襲ってくる魔物を退治していったが、それもわりと骨の折れる仕事だった。
雅人がぼけっと史朗の方を見ているのに気が付いて危ないなとは思ったが、史朗の戦いっぷりを見ていると確かに惹きつけられる要素がある。
『なかなかやるね…史朗さん。 ちょっと見直したかも…。』てなことを考えていると、魔物がいっせいに襲い掛かってきてくれた。
『よっしゃ! 11匹GET!』
闇から産まれ出でた化け物は、今やその全貌を修たちの前に現した。
恨みと憎しみ、苦しみ、やり場のない悲しみが全身を形作っているようで、見ている方でさえ気が滅入るほど救いがたい雰囲気を漂わせている。
久松ひとりではない…と修は感じた。確かに本家の座敷で遭遇した久松の魂もこの化け物の中から感じ取れる。
と言うよりは久松の魂をベースに大勢の人の救われぬ魂を集め固めた集合体。
いったいな何故、そしてどこから、これほど大勢の人が…?
「隆平…一回しか言わないよ。 鬼面川と紫峰との戦い方の違いだ。
あそこで魔物退治をしている彰久さんと史朗ちゃんの戦い方を良く見てみなさい。」
悠長にも修は戦い方の講義を始めた。化け物はじりじりと迫ってくる。
「特殊な力を持つ彰久さんは自分の中にあるその力を使って戦っている。
力を持たない史朗ちゃんはあの剣を武器として使うことによって、彰久さんと同じくらいの働きをすることができる。」
化け物がその触手のような、固く長い爪のついた腕で隆平を掴み取ろうとする。
修は隆平を押しのけそれを防いだ。
「彰久タイプが紫峰、史朗タイプが鬼面川の戦い方の特徴。
要は自分の中に生まれつき持っている武器を使って戦うか、そこにある武器を使いこなすかの違い。
使いこなすにもそれなりの能力は必要だが…紫峰の持つ霊力や念力とは全く別のものだ。」
化け物が突然、すばやい動きを見せ隆平に飛び掛った。
「防御!」
修の声に反射的に隆平は障壁を張った。勿論、修がその壁をカバーした。
化け物の身体が弾かれた。
「そう…イメージしている暇はない。
相手が強ければ強いほど、ほとんど反射的、直感的に対処するしかない。
武器を使うことも紫峰おいてはさして意味がない。
紫峰祭祀にそれほど多くのの所作や文言がないのはそのためだ。」
『聞こえてますかね? 雅人くん。透くん。 油断すると死ぬよ! 』
修は聞き耳を立てている二人に雷を落とした。『やべえ! 見つかった!』
化け物はすぐに起き上がり、再び襲い掛かった。
今度は指示なしに隆平が障壁を張った。が、修が補強をしなかったので化け物を弾くことまではできなかった。
目の前にグロテスクで巨大な化け物が立っている。
弾けなかった分、距離が近付いてしまったのだ。
化け物は舌舐め刷りをして隆平を見ている。
獲物は手にしたも同然のところにいる。
すぐにでも食い殺せるところに…。
緊急事態なのに、なぜか修は指示を出そうとはしない。
隆平はどうしていいか分からず、茫然と化け物を見上げていた。
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