徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第二十六話 人身御供 )

2005-08-07 23:36:00 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 「隆平!」

 孝太は少し離れたところで笙子から魔物退治の特訓を受けていたが、何気なく視線を移した瞬間に隆平があの化け物のすぐ近くで立ちすくんでいるのを目にした。

 いてもたってもいられず、隆平の下へ向かおうとした孝太を笙子が叱責した。

 「自分さえ護れないのに他人を護れるはずがないでしょう。邪魔になるだけよ。我が子をを殺したいわけ? 助けたいなら一匹でも多く魔物を消すのよ。 」

孝太は唇を噛み締めた。

 「修はね。 あの子たちを護るために命削って戦ってきた人よ。
誰よりもあなたの気持ちが分かってるの。だから余計にあなたを鍛えたいのよ。」

 そう言っている間にも、笙子は次々と魔物を消滅させている。
どうすれば力を引き出せる…? 今まで鬼面川式しか知らなかったのにそれが間違いだったなんて…。 

 「所作も文言も関係ないわ。 史朗ちゃんのように純粋な鬼面川なら必要なことだけど、紫峰であるあなたには全く意味がないの。 
祭祀ではともかくも実践では何かに頼るのではなく自分自身に任せるのよ。

 まずは魔物一体一体に気を集中させ破壊しなさい。 
そうね。 目印が必要なら自分の手でも足でも使うといいわ。
慣れてくればまとめて倒せるようになるから。」

 孝太の目の前に牛ほどもある魔物が現れた。この魔物、他で追い立てられたのか異常に興奮している。
 孝太は踊りかかってくる魔物をかわし、その背後に手をかざした。
笙子の言うようにその手に意識を集中させると魔物に向かって気を放出した。

 魔物の動きが一瞬止まったかに見えた。魔物はそのまま砂で作った像のように崩れ落ちた。
 孝太は息を呑んだ。
確かめるように他の魔物に手を向けた。魔物が消滅した。

 「どうやら…目印があれば多少大物でもいけそうだわね。
但し、あなたの場合は魔物との距離が近いからその点だけは気をつけるのよ。
さあ…皆と一緒に戦って! 」

 笙子が満足げに言った。孝太は頷き、戦いの輪の中に入っていった。



 先代を殺したという当代の長の血を引くとはいえ、殺された先代の血をも引いている隆平にとって、復讐の対象にされることは不本意であるには違いない。

 何故?という疑問がいつもついてまわる。
何故、隆弘は自分に暴力をふるい続けたのか?
何故、誰も助けてはくれなかったのか?

 そして今、何故、こんなとんでもない化け物に狙われるのか?

 修は…今は黙って見ているだけだ。そこいらの魔物を消し飛ばしながら…。
『相当危なくなるまでは手を出さないから…。』という雅人の言葉を思い出した。
ということは…危ないけど相当って状態じゃない。

 やってみるしかないと隆平は思った。
化け物は立て続けに触手で攻撃してきた。防御をすることには慣れてきた。
戦いに身体が慣れてくると、かわすことも上手くなってきた。
 
 しかし、この化け物は巨体に似合わず俊敏で攻撃する隙を与えてくれなかった。
逃げ回っているだけでは余計に疲れが溜まってくる。
 
 いっそ仕掛けてみようかとも思うがなかなか勇気が出ない。

 「逃げ回るだけか…? 隆平…。 まるでネズミだな…。」

しわがれた不気味な声が化け物の口から搾り出された。
 
 「おまえのその穢れた血を面川の主流に遺してはならん…。
おまえはここで死ぬがいい…。 それですべてが収まる…。」

 何故?…がまた増えた。

 「おまえに言われる筋合いはない! 
当代長の血がどうのこうのって言うけど、一族は皆同じ血を受け継いでいるんだ。
 
 僕だけが特別な血だっていうわけじゃない。先代も当代も末松も皆同じ血を…」

 「だまれ!」

 化け物は動揺した。

隆平は考えた。
隆平を殺すことでこいつは何かにけりをつけようとしているのではないかと…。

 人身御供…?

そうしなければ収まらない何かがあるのだ。

 隆平に考える隙を与えまいとしてか、化け物はまた攻撃を開始した。
触手を振り回すだけではない。その牙を剥き喰らいつこうとさえする。
憎悪に満ちた唸り声を上げ、狂ったように襲い掛かる。 

 逃げ回るうち、隆平はうっかり化け物の触手に足を取られてひっくり返った。
あっと思った瞬間、化け物が覆いかぶさるように隆平の身体の上に飛び乗ってきた。隆弘の顔が一瞬目の前に浮かんで消えた。
もう嫌だ!殴られるのも…蹴られるのも!もうたくさんだ!消えてくれ!

 「僕に触れるな!」

そう叫んだ途端、化け物ははるか向こうに吹っ飛んでいた。

 何が起こったのか隆平にもよく分からなかった。
何かの力を使ったのだけは確かだった。

 化け物にそれほどのダメージを与えたわけではなかったが、それでも計り知れない力を隆平が持っていることだけは知らしめたわけで、化け物を警戒させるには十分だった。

 隆平の目に修の満足げな笑みが映った。

 化け物は隆平がそう簡単には倒せない存在であることに気付いた。
正面からやみくもに襲い掛かっても無駄だということが分かった。

 化け物にはどうしても隆平に死んでもらわなければならない事情があった。
それはこの身体…。
憎悪の塊とも言える、この醜い身体はたくさんの霊の集合体だ。
怨み、憎しみ、悲しみ…それぞれが背負うものを複雑に絡み合わせた闇の創造物。
 それらは皆、面川の当代の血への復讐に取り憑かれ、どうでもそれを果たさねば収まらない状態に陥っている。
 
 隆平はその最後のひとりとして是が非でも血祭りにあげなければならない。 

 面川が生き残るための人身御供として…。

 それは化け物自身の意志であるのか…はたまた別の者の意志であるのか…。
そんなことは今どうでもいい。
隆平を殺す。嬲り殺す。
そうすればすべては終わるのだ…。

 化け物がすばやく向き直って、隆平を睨みつけたとき、隆平は今までのように不安げな表情を浮かべてはいなかった。
 偶然だかなんだか分からないが、とにかく自分の中に紫峰の力を見い出せた。 
鬼面川と違って内面から溢れ出る力を。

 化け物は焦った。このまま、隆平が完全に目覚めてしまえば、生贄であるはずの隆平そのものが少々厄介な障害物となる。
 一息に殺してしまうに限る。
化け物はそう感じた。

 化け物が急に動きを止めたので隆平は戸惑った。
何か地の底を響いてくるような振動を感じた。
化け物の身体に亀裂が入り、見る間に三つの物体に分裂した。

 地の底から闇の穴から新たなる憎悪の塊が供給され、三つの物体は三体の化け物へと成長を遂げた。

 隆平は絶句した。
一体でもてこずっているのに…。

 その時修の声が聞こえたような気がした。

『さあ…どうする?』
 
 その楽しげな声が今はとても恨めしく感じられた。



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