徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第四話 幽霊先生)

2005-08-31 11:59:26 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 広い高等部校舎のあちこちを修と笙子は連れ立って歩いていた。
懐かしい校舎だけれども今は感慨にふけっている場合ではない。
輝郷に頼まれた件で全身のアンテナを張り巡らせて異能力の調査中なのだ。

 唐島の出現で修のことを心配した雅人が、修をひとりで学校に来させないよう笙子に頼んだので、こうして夫婦で母校を訪問することになった。

 「今のところ…異常はないように思うけれど…君は? 」

修は確認するように笙子に訊いた。

 「そうねえ…。 病気を招くほどの力は私にも感じられないわね…。 」

 ここは藤宮が創った学園だから、創るときにはそれなりに土地や建物に付随する異能力への対処はしてあるはずである。
 たとえその後に何か起こっていたとしても、その都度手は打たれてあるはずだ。

 笙子はふと教室の窓を見た。今は授業中だから先生も生徒もだいたい教室にいるはずだ。 うわさでは幽霊先生は新任の先生がひとりでいる時に現れるという。
 だとすれば放課後、先生たちが部活指導や他の仕事で構内のばらばらな場所にいる時の可能性が強いような気がする。

 「ねえ…時間的な問題もあるかもしれないわ。 少し間をおいて放課後に、もう一度探ってみない? 」

 笙子はそう提案した。修はそうだね…と言って頷いた。

午前の授業の終了ベルが鳴って生徒たちが休憩のために外へ出てきた。

 「修さん! 笙子さん! 」

 子どもたち三人が修と笙子を目ざとく見つけて駆け寄った。修は笑顔で彼らを迎えた。子どもたちは口々に調査結果を訊ねたが、まだ、何にもキャッチできていないことを知ると残念そうだった。

 子どもたちから視線をはなした途端、修の表情が固くなった。
近付いてくる唐島の姿が視角に入ったからだった。
唐島も修を見ると身体を強張らせた。
 修の中の鬼が目覚めようとするのを、笙子が腕をぎゅっと掴んで抑えた。
唐島は何か言いたげに唇を動かしたが言葉にはならなかった。
 
 「修さん。 国語の唐島先生だよ。 」

何も知らない隆平が唐島を紹介した。

 「ああ…そうだね。 この間、雅人の件でお会いしたよ。 」

修は引きつったような笑みを浮かべた。唐島は意を決したように口を開いた。

 「修くん。 少し時間をもらえませんか。 今とは言わない…。
君の都合のいい時に…。 」

 「殺されたいの? 」

雅人が言った。唐島はとても悲しそうな目をして雅人を一瞥したがすぐに俯いた。

 「それでも…構わない。 修くんがそうしたければ…。 」

唐島がそう答えると雅人は何をかっこつけてんだか…というように横を向いた。
 
 「雅人。 よしなさい。 先生に対してそういう態度をとるのは。

 唐島先生。 申し訳ないことです。 」

修は頭を下げた。唐島はいいえというように首を横に振った。

 「これは僕の連絡先です。 

 ひとことでも話を聞いてもらえるならどこへでも出向きます。 」

 唐島は小さなカードを差し出した。修はそれを受け取ってポケットにしまった。
受け取る時に唐島の手が震えているのを修は感じた。 
軽く一礼すると唐島はその場を後にした。 

 唐島の姿が消えてしまうと、修は深く息を吸い込んで吐き出した。

 「大丈夫…修…? 」

笙子はそっと手を握った。修は笑って見せた。

 「わりと…平気。 もう自分ひとりで何とかなるよ。 

心配ないから…。さあ。おまえたち昼ご飯食べに行きな。 時間なくなるよ。 」

 心配そうに見ている三人に向かっていつもの優しい微笑を見せた。
三人は手を振りながら学食の方へ駆けて行った。



 校舎の裏の人気のない陽だまりに唐島は腰を下ろした。
何を見るとはなしにぼんやり遠くを見つめた。 

 とうとう修に声をかけた…。
12歳の修とあんな酷い別れ方をしてからずっと今日こそは今日こそは…と思いながら修の家の門の前で、何度謝罪のベルを押そうとしたことか…。

 唐島は左手首を見つめた。
そこには無数の切り傷…複雑な家庭事情の中にあって追い詰められていたとはいえまだ子供だった修を苦しめた自分が許せなかった。  

 そんなことをしてどうなるの…姉の声が聞こえた。
死んだって許してもらえないわよ…かえって修くんを苦しめることになるのよ…。

 「古い傷だねえ。 」

背後からあの先生の声が聞こえた。

 「君は死ななくてよかったよ。 また罪を犯すところだった。
君が死んだら修は気持ちのやり場に困るだろう…。恨み言も言えなくてさ…。 」

先生は穏やかに笑いながら唐島の肩を叩いた。

 「…あんな酷いことをした僕は生きていてはいけないんだと思い込んだんです。でも姉に止められました…。

 真面目に生きることで、僕の気持ちがいい加減じゃなかったんだってことを修くんに信じてもらいなさいって。

 だから一生懸命勉強もしたし努力もしました。
この10何年もの間、良い人間であり、良い教師であるように努めて来ました。

 許してもらえなくてもいい。
僕の本当の心さえ知ってもらえれば…そう思ってそのために生きてきました。 」

唐島はなぜかこの先生だけには何でも話してしまう。

 「大丈夫だよ…。 修にはきっと通じるよ。 君が真心を尽くせばね。
修はそういう子だ…。 」

 先生はよほど修のことを気に入っているのだろう。
見た目の年齢から察するに高校時代に担任でも受け持っていたのだろうか。

 「高校時代の彼の話を聞きました。 修くんはまるで何ごとも無かったように明るく過ごしていたようで、僕としては少し安心しました。

 僕のせいで彼の人生に闇の部分を作ってしまったのではないかと心配していたのですが。 」

 唐島が言うと先生は真面目な顔になって忠告するように言った。

 「修には十分闇の部分があったよ。 君のせいばかりではないけれどね。

 切れると歯止めが効かなくなるのもそのひとつ。 基本的には一匹狼で誰にも頼れないのもそのひとつ…。 たったひとりで大勢を相手に喧嘩しようなんてのは自虐行為そのものだね。心のどこかで自分を捨ててかかってるんだよ。

 修を取り巻くいろんなエピソードに誰も気付いていない修の内面が覗いている。
修を知っている人はこの学校には沢山いる。 話を聞いてご覧…。 
きっと見えてくるものがあるよ…。 」

 先生がそう言った時、校舎の方から笙子が駆けてくるのが見えた。
別の場所から修も姿を現した。

 「あの…唐島先生。 今ここに誰か来ませんでした? 」

笙子は息を切らしながら訊いた。
突然の問いに戸惑いながら唐島は答えた。

 「誰かって…。 先生…誰か来ましたかね? 」

唐島は辺りを見回したが、先生の姿はすでになかった。

 「おや…何処かへ行ってしまわれたようだ。 さっきまで年配の先生と話をしていたのですが…。 」 

修がすぐ傍まで来た。

 「ああ…修。 ここで気配がしたんだけど…遅かったみたい…。 」

 「僕もだ…。 急いで戻ってきたんだが…。 」

唐島は何のことか分からず、修と笙子を交互に見ていた。

 「ごめんなさい先生。 お邪魔して…。 ちょっと探し物をしていましたので。
修…行きましょう…。 」
 
笙子は修の腕を引いた。修は何かに気付いたのか唐島の方を見ていた。

 「ちょっと待って…笙子。 唐島先生…ちょっと失礼…。 」

修の手が唐島の肩に触れた。

 「葉っぱ…。 付いてましたよ。 」

 秋でもないのに小さな枯れ葉が修の手の中にあった。
修は他には何も言わず、笙子と連れ立ってその場を立ち去った。
その後姿を唐島はぼんやりと見つめていた。



 唐島の居たところからずっと黙ったままの修に笙子は、修が唐島の肩に触れたその感覚から何かを探っているのだと感じた。

 記憶の糸をたどっているのか、それともいま現在の何かを分析しているのか…。
急に立ち止まると修は目を閉じた。

 「笙子…会ったことがあるような気がするんだ。 
唐島の肩に触れたと思われる人物…。君も多分知っているんじゃないかと思う。」

 笙子は修の唐島に触れた方の手を取った。しかし、痕跡が微弱で確かなことは分からなかった。

 「…そうね。 でも…これだけでは…難しいわ。 」

 「唐島が…心配だ…。 今はまだ大丈夫そうだけど…。
もし…憑依でもされたら…。 」

 笙子は呆れたように修の顔をまじまじと見つめた。

 「相変わらずのお人好しね。 あなたを苦しめた人でしょ。
どうなろうと構わないんじゃないの? 」

 修は首を横に振った。

 「それは違う。 唐島は異能力に対して何の抵抗力も持たない…。
僕はそれを知っているのだから護ってやるべきなんだよ。
ほっておくのはフェアじゃない。 」
 
 この人は生まれながらに宗主なんだわ…と笙子は思った。
修がまるで自分という個人は存在しないものであるかのように突き放しているのを見ると笙子はたまらなく切なくなる。

 たまには素のままの自分を曝け出して泣いたり喚いたりしたっていいのに…。
修のあの笑顔は温かさや優しさで作られたすべてを覆い隠すための仮面なんだから…。

 「今日は…もうだめだろうね。 ずっと待っていても多分現れない…。 
取り敢えず輝郷伯父さんに報告しておこう。 何か対策を考えるよ。」

 修はそう言って理事長室の方へ向かった。

 笙子は後について行きながら考えた。あれが幽霊なら…不思議だわ。
二年前までは全くそんな現象はなかったというし、この学校のどこにもそれらしい気配はないというのに急に現れるなんて…。
 まるでこの学校の何処かにぽっかり穴が開いていてそこから出入りしているみたいに。

悪意のようなものが感じられないだけ増しね。

笙子はそんなこと呟きながら先を行く修の腕を取った。
笙子のその手に反対側の手を重ねながら修は微笑んだ。




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