徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三十二話  食わせ者)

2005-08-18 21:15:29 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 鬼面川の本家に四番目に生まれた子供は双子だった。

 ひとりは幼くしてその秀でた力を高く評価され、長兄とともに長候補としての指導を受けさせられた。

 いまひとりは全く評価の対象にはならなかった。
本当はこちらの方が大きな力を持っていたのに、そのことが逆に大人たちを警戒させ、ひたすらその力の存在を隠すようにと仕向けられた。
度を超えた力は災いを招くと考えられたからだ。

 周りから正当な評価を受けることができなかった末松は次第に屈折していった。
無能力の評価に甘んじるふりをし、自分で秘かに力を蓄えた。
 正直で、性格の良い、親切な人を演じ続け、一族の信頼を得て世話役など何かと重要な役を任されるようになった。

 だが、いつも心の中ではいつか必ず鬼面川を支配してやろうと考えていた。

 先代の長が生きている間はそれでも末松は比較的おとなしくしていた。
先代長である長兄は気のいい男で、小さい頃から末松を可愛がってよく面倒をみてくれたし、いつも気遣ってくれた。

 力もそれなりにあったから、力を持ちながら封じられている末松の立場に気付いて同情を寄せてくれ、事がある時には下へは置かず、末松のことを何かと持ち上げてくれていた。

 ところが長兄が亡くなると、指導すら受けていない次兄が強引に本家の跡を継ぎ長兄の妻子を追い出し、対立候補の久松を迫害し出した。

 勝手に長を名乗り、候補ですらない末松はまるで使用人のような扱いを受けた。
末松はもはや自分を抑えている必要は無いと感じた。

 そんな時に村に災害が頻発し出したのだった。久松の話したとおり、久松と末松の家族はその災害に巻き込まれてしまった。

 

 「もしあのまま長兄が生きておったなら、わしはずっと自分を封じたまま、長兄の腕となり、足となって働いたやもしれん。

 それほど先代は穏やかで心根の良い男だった。
隆弘を弟子にする前に、ほんの少しだが何かの時に役立てよと祭祀を教えてくれたことがある。

 ただし、わしを怖れる者たちへの配慮もあって触り程度のことだったがな。
それでも初めて人に認められたことがわしの心の慰めではあった。 」

 末松は先代の人柄に思いを馳せた。
彰久にとっても史朗にとっても初めて聞く祖父の姿だった。

 孝太にとっても先代は実の祖父であるが、一度も会ったことのない先代よりは長年一緒に暮らしてきた末松の方がそれらしく感じられた。

 孝太は戸惑っていた。すべてを動かしているのは末松だとずっと分かっていて、その魔手から隆平を護ろうとしたこともあった。

 ただその時は普段の末松が自分にとって普通のお祖父ちゃん以外の何者でもなかったことから、何かに憑依されているか、二重人格ででもあるのではないかと考えていた。

 だから祖父とそっくりな双子の兄久松が黒幕だと教えられて、やっぱり、祖父は曾孫を殺そうとするような人ではなかったんだ…修に助けられた時のあの黒い影は久松だったんだと安心したのだった。

 ところがそれも束の間、黒い影は久松でも、本当に裏で糸を引いていたのは末松だったなどと言われ、二転三転の状況変化に頭がパニックを起こしそうだった。

 何にせよ、たとえ義理の仲とはいえ、曽祖父が曾孫を殺したがるなどは考えたくも無いことだし、その点だけでも違うと言って欲しかった。

 「久松が自殺を図った時にわしは今だと思った。
自ら動かずとも、この久松の魂を使って復讐を果たせばいいではないか。

 復讐したいと考えている魂は他にも大勢いるだろう。
片っ端から使えばいい。 
 どうせすべての復讐が終われば魂は満たされ、この世から消える。

 その跡をわしが引き継ぎ鬼面川を立て直す。

 だが結果はご覧のとおり…そして久松の話したとおり…復讐すればするほど魂たちは救われない状態に陥っていった。 」

 
  
 久松やさまよえる魂を口車に乗せ復讐を果たしてきたはものの、末松には奥儀『救』が使えるはずも無く、しかも、身近に隆平という『絶望の種』が存在した。

 取り敢えずは何としても『絶望』の恐怖を取り除かねばならない。
このことは久松にさえ言えぬこと。ならばいっそ久松に片付けさせよう。

 「ところが隆弘の奴め、普段あれだけ苛めておきながら急に隆平を護る側にまわった。
 わしとしては、祖母さんが隆弘を殺してくれて万々歳だったわ。

 しかし、隆弘は自分の死と引き換えに最後まで隆平を護って逝った。

 紫峰にもらわれていく隆平を殺せるのはその時しかないと…人目が無くなるのを手薬煉引いて待っていたのだ。

 それに気付いた隆弘はいつもに増して痛めつけ、少しでも早く紫峰の手に隆平を逃れさせるため、隆平に救いを呼ぶ声を上げさせた。 」

 隆平の目から思いがけず涙がこぼれた。それが父親としての愛情によるものではないことは分かっていたが、隆弘が命を懸けた事には違いない。
 命を懸けて隆平に託した隆弘の先代と鬼面川に対する強い想いを今更ながらに感じていた。

 「隆平を殺さねばならぬ理由はもうひとつある。
わしが鬼面川を牛耳るにはどうしても孝太を跡に就けねばならぬ。

 そのために隆平が邪魔だというのもまあ理由と言えば理由だが…もっと邪魔な連中をわしは自ら招きいれてしまった。

 彰久や史朗が鬼面川の所作、文言を孝太や隆平に伝授したことにあの隆弘が気付かぬはずは無かった。

 人に伝授するからには当然自分が伝授を受けていなければならない。
伝授を受けている者は長になる資格を持つ。
 それは彰久や史朗が狙われる立場になったことを意味していた。

 先ほど隆平が言ったように、隆弘は先代の血を引く彰久や史朗を隆平に護らせようと考えた。たとえ微力でも何かの時にはふたりを護る楯になるだろうと…。 

 わしとしては迷惑千万。 楯など早いことぶち壊しておかねば…。」

  末松はそこまで言うと自嘲するように笑った。

 「だが…計画の方がぶち壊された…。 

 思うに…すべては紫峰の宗主を甘く見ていたわしの油断だ。
こんな若造に何ができるかと…。

 この男…何をするでもなく飄々とそこに座しながら、すべてを探り出しおった。
何人もの話と行動の中から真実だけを抜き出して…。
優しい顔をして相当な食わせ者だわ。

 先代譲りの人のいい彰久と史朗だけなら…あるいは巧くごまかせたかも知れぬものを…。

 もう…隆平の口を借りずとも良いぞ…宗主どの。 」

末松は修の方を見た。修は不敵な笑みを浮かべた。

 「さすが…と言うべきでしょうね。 末松さん。 」

修の白々しい褒め言葉に末松はふふんと鼻先で笑った。

 「それはあんたも同じだわ。 よくも惑わされずにいたものだて…。

孝太などは、はや何が本当なのか見当もつかんようになっとるで。

 彰久も史朗も馬鹿正直で人を疑うことを知らん。 」

横目で三人を見ながら末松は溜息混じりに言った。

 「宗主どの…。  あんたは孝太、数増、うちの祖母さん、久松、わし…少なくともそれだけの者から話を聞いた。

 それぞれが同じ内容を繰り返し、似たようなことを何度も聞かされたはずだ。
そこからどうやって真実だけを抜き出せたのだ?  」

 末松が不思議そうに訊いた。

 「それはまあ…なんと言うか…僕の性格が捩くれているせいなんでしょうね。」

 いかにも可笑しそうに修は答えた。

 末松相手にゆったりと構えているように見える修だが、心はすでに次の段階へ飛んでいた。

 できるだけ早急に『救』を再開させなければ…。

 そう…悠長な現世の人間同士の戦いに、集められた魂がそろそろじれてくる…。

 彰久…史朗…早く気付け!




次回へ