徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

二番目の夢(第三十一話 隆弘の遺志)

2005-08-16 23:35:51 | 夢の中のお話 『鬼の村』
 隆平自身には誰かに操られているというような感覚は全くなく、本当に問いたいことを問うているに過ぎないのだが、彰久には隆平の背後に修の影が見えた。

 本来、他の一族の奥儀に手を出したり、口を挟んだりすることはルール違反であるし、礼儀に悖る行為である。

 そのことは紫峰宗主である修が誰よりも良く知っているはずであるのに、なぜか無遠慮にも、隆平を使って奥儀に関わろうとしている。

 彰久が修に全面的な信頼を置いていなければ、族間のトラブルにも発展しかねない行為である。

 それにしても何故…?と彰久は考えた。

 修は理由もなしに他の一族の祭祀を侵害するような人間ではない。
それは分かっている…。

 彰久の力を信頼していないわけでもない。

 むしろ彰久の力を高く評価するがゆえに、その一本気な性格が時には災いして自滅を招くことを懸念している。

 そういうことなのだろうか…?

このままでは彰久自身に危険が及ぶと修は考えているのだろうか?
彰久は場合が場合だけに、修と直接会話できないもどかしさを感じていた。



 隆平に問い詰められて末松はたじろいだ。

 「おまえの目的は単に隆平を殺すことにあったのだ。
久松の考えのた救済の生贄とか当代長への復讐などとはいっさい無関係に。

 たかだか16~7の子どもを葬ろうとするわけを訊こうか。」

 隆平はさらに答えを迫った。

 「馬鹿な。わしは何も殺したいわけでは…。ただ面川を護りたいがために…。」

しどろもどろな答えに隆平は納得しなかった。

 「正直に話さぬとあらば…こちらから言ってやろうか? 
この隆平は鬼面川すべての防御壁になっている…隆平が死なぬ限りおまえの目的は果たされぬ…。

 邪魔者は久松に始末させて、自分は良き長老を演じていればよいと高をくくっていたのに…な。

 そうであろう? 末松よ…。」

 隆平は嘲るような笑みを浮かべた。
末松は驚いたように目を見開いて隆平を見つめた。

 「わ…わしは…。」

完全に見透かされた末松は反論する言葉を失った。

 「鬼面川のお歴々に申し上げる…。」

 隆平は彰久、史朗、孝太…そして久松に対しても深々と礼をし、まるで大人のような語り口で話し始めた。

 「隆弘が何故、自分の子でもないこの隆平を護ろうとしたのか…それを考えておりました。
 確かに…育てた子に対する愛情が無かったとは言えませんが…それだけでは無いことに気付きました。

 隆平の持つ力は隆平自身より隆弘がよく見抜いていたと思います。
隆平は生まれながらに防御の力に優れ、母親が亡くなったというのにその胎内で生き延びたほど…。
 隆弘はその防御力とともにもうひとつ、隆平の中に紫峰の『滅』の力が存在することを知っていたと思われます。 」

 彰久も皆も真剣な面持ちで隆平を見ていた。ことに彰久は隆平の言葉を修の言葉とも受け取った。

 「今はまだ未完成な『滅』の力が隆平の中で完成されること、復讐する魂たちにとっても末松にとっても、これは脅威以外の何者でもありません。

 救いを求める魂にとって『完全なる死』は絶望なのですから。

 特に末松は絶望の存在を隠し通さなければなりませんでした。
そんなものがあると知れば、魂たちは末松の言うことを聞かなくなってしまうでしょう。
 皆に知られる前に生贄として始末せねばと考えたのです。

 逆に末松の本音を知った隆弘は、隆平の力が完成されれば鬼面川を護る者として、このままいけば一族を全滅させてしまうかもしれない末松に立ち向かうだろうと考えました。

 隆弘は彰久さんや史朗さんに出会った瞬間に、おふたりが奥儀の伝授を受けた者であることを見抜きました。
 しかも、おふたりは先代の血を引く正当な後継者です。
末松がいつか彰久さんと史朗さんの命を狙うであろうことは疑う余地もありませんでした。 」

 彰久も史朗もその言葉に驚愕した。まさか後継を辞退した自分たちが狙われているとは思ってもいなかった。

 「隆平の存在は鬼面川を崩壊させないための防御壁。
隆弘は万が一、彰久さんと史朗さんが久松たちを救おうとした場合に、奥儀祭祀を執り行うだろうということも想定して、隆平という護衛役を遺していったのです。

 命懸けの祭祀に集中しているとどうしても自分自身についての防御が手薄になります。
 奥儀祭祀に関わることには、たとえ関係の深い紫峰といえど別の一族である限り、そうそう短絡的に手を出すことはできない。

 そこを狙われたらいかに鬼将、華翁でも無事では済まないでしょう。 」

 彰久ははっとしたように修を見た。修は口元には微かに笑みを浮かべたが、その目は真剣そのものだった。

そうだったのか…。 それで隆平を動かしたのか…。
あなたにはまた助けられた…。

 「それだけの力が、本当は末松にもあるのです。 」

 驚きの声を上げたのは久松の魂と孝太だった。近しい身内であるのにそのことは全く知らずにいた。

 「その力は久松以上、先代と匹敵するか或いはもっと上をいくかというぐらい大きなものです。」

 隆平は言葉を無くして俯いている末松を見た。



 「まあ…ばれたら仕方がないでな。 」

 しばらく黙り込んでいた末松は苦笑いしながら言った。

 末松はそれまで勘が働く程度の小さな力はあるものの、長に就くほどの力はないと言われていたし、自分でもそう言っていた。

 だから長選びとは無縁の人…祭祀にも関われない人とされてきた。
人畜無害ということで鬼面川では世話役に徹していた。

 表向きは世話好きで親切な男を演じ、先代の愛人が病気になって働けなくなったと聞くや後妻に迎え、その子を養ったということも村では美談になっていた。

 「先代やわしの親の代がわしを祭祀に関わらせなかったのは…そりゃ身の危険を感じてのことだろ。

 わしの力を怖れてのことだわ。

 次兄…当代の長はわしの力には気付いてなかったが…。 」

 あの愚か者が…とでも言いたげに皮肉っぽく笑った。

 「そんなに聞きたけりゃ話してやるで…。
ただし、話したからといって、そして聞いたからといってどうなるということでもなかろうがな…。 」

くっくっと喉の奥から搾り出すような笑い声を上げた。

 うるさ型ではあるが面倒見のいい祖父のこのような姿を孝太は初めて目にした。
この祖父が曾孫である隆平を殺そうと企んでいたなど孝太には信じられなかった。
孝太にとっては、ごく普通のお祖父ちゃんだったからだ。

こんな馬鹿なことが…なんで爺さまが隆平を…?

 信じられないことを一時にたくさん体験したが、こればかりはたとえ真実でも信じたくは無かった。




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