徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第二十二話 思い込み)

2005-05-31 12:47:19 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 どのくらいそうしていたのだろう。肩を抱いた黒田の腕にに修がそっと自分の手を置いたので黒田は修から離れた。この青年の両肩はどれほどの重荷に耐えてきたのだろう。どこにでもいる青年と少しも変わりないその肩に。黒田の両の手には修の肩の感触が残っていた。

 「みっともない所をお見せした…。」
修は照れたように微笑んだ。

 修には親に抱かれた記憶が無い。親を失ったその時から修は紫峰の仮の当主として、何もしない一左に代わり一族を仕切ってきた。赤ん坊の透や冬樹を育て始めた時には、修自身がまだ小学生だったのだ。どんな育ち方をしたからといって誰が修を責められよう。黒田の胸は痛んだ。

 「修…許してくれ。何もかもあんた一人に背負わせた俺が悪かった。」
黒田は心から頭を下げた。修の前に土下座した。
 「後悔なんてするなよ。悪いのはあんたじゃない。何もかも犠牲にして俺の子を育ててくれたじゃないか。護ってくれてたじゃないか。いい子に育ったよ。親の俺が保証する。」
 
 突然の黒田の行動に修は少なからず面食らった。思わず床に膝をおって今度は修の方が黒田の両肩に手を置いた。

 「顔をあげてくれよ…お願いだから。黒田……。」
黒田の肩を揺すった瞬間、突然、目の前が暗くなり修は意識が遠のくのを感じた。黒田が異変に気付いて修を抱きとめた。

 「修…。まさか今朝の…手当てしてないんじゃないだろうな。」

 「雅人が…少し…だけど時間がなかったから…そのままで仕事してた…。」

他人事のように修は言ったが、相当きつかったに違いなく黒田がソファの上に座らせると、そのままぐったりと沈み込んだ。

 「あのな。修よ。魂が受けたダメージはそれ以上に実体に響くんだって解ってるだろ。仕方のない奴だ。今、診てやるから。あっ。自分でやるなよ。それ以上体力使うな。」

黒田は念を集中させると修の額に片手を触れた。
それから探るように胸へ、腹へ、両の手へ、両足へと移動させ、最後に額に戻った。
黒田の手から出た白い光がゆっくりと修の身体へと吸い込まれていった。




 満天の星空の下でソラは修の帰りを待っていた。うつらうつらと居眠りをしながら。
修の無断外泊が、この紫峰家ではよほど珍しかったのか、今朝から母屋が妙に騒がしかった。
事故か、女か…などと使用人までが話の種にしていた。

 『二十代も後半の男が一晩帰らなかったくらいで…どうかしてるぜ。この家は…。』
男の外泊などソラの生まれた時代には当たり前のこと。樹も窮屈な時代に生まれ変わったものだと気の毒がった。『ともあれ、樹は真っ先に自分のところへ来るだろう。』
 
 ソラの思ったとおり、修が祠にやってきた。少し離れた暗がりに車が止めてあるのを見ると、急ぎの話だなとソラは感じた。

 「よお。樹。うまい言い訳けは思いついたか?」
ソラは思わせぶりにニタリと笑った。

 「言い訳けなどしないよ。それより、おまえこの連中がわかるか?」
一族の重要人物がリストアップされた紙を差し出した。ソラはしばらくじっとその文字を追っていたが、やがて大きく頷いた。

 「この連中の真意を探って欲しい。次郎左が根回しをしたはずだが、偽一左に傾倒する者もいるだろう。」
修がそう言うとソラは立ち上がった。 

 「こいつらの闇を喰っちまっていいか?」
ソラは振り返りながら問いかけた。
修は笑って応えた。

 「連中におまえを捕まえるチカラはない。好きなだけ喰えよ。但し、後で腹を下すなよ。」

 ふふんと鼻先で笑ってソラは出かけていった。
その後姿を見送った後、修は急ぎ帰途についた。




 玄関先で、お帰りなさいませというはるの声を聞いたときから、修は自分が見世物になったように感じていた。修の外泊によほど興味があるのか家中の目が修に向けられている。
 『平和な連中だ…。』修は思った。 

 一左は自分の部屋で書物を読んでいたが、話があると言って入ってきた修の方を見て、なにやら薄笑いを浮かべた。
 
 「夕べはどこぞの姫の所へでもお泊りかの?」

 「まあ、そんなところです。」

下衆の勘繰りと嫌悪しながらも修は何食わぬ顔で応えた。

 「ほお。修にもとうとうそのような姫ができたか。だが、おまえの相手は誰でもいいという分けにはいかぬぞ。それ相応の…。」

 「笙子です。なにかご不満でも…?」

 一左の言葉を遮って修は口から出任せを言った。笙子は悟や晃の従姉で、次郎左の孫にあたる。
藤宮の一族の中でも特に傑出した存在で、修とは昔から気の合った友人である。笙子なら万一の時にでも口裏を合わせてくれる。

 「藤宮の姫か…。それでこの頃、次郎左がやたらと出しゃばってきよるわけだ。」

 一左がそう呟いた時、修は心の中でほくそ笑んだ。結婚話だと勝手に思い込んでくれたのは幸いだった。その気になってあちらこちらに手を回すだろうが、それはそれでどうとでもなる。

 『これで藤宮と行き来する口実ができた。次郎左が紫峰家に干渉する理由も…。』
 
 一左が自らの思い込みで作ってしまった隠れ蓑を使えば、修たちはずっと動きやすくなる。
修はいま一左の部屋へ来た本来の目的を切り出そうとしていた。 




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