徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第十二話 密談1)

2005-05-20 12:00:56 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 藤宮家を訪れるのはこれが初めてだ。母屋を抜けた長い渡り廊下の向こうに、どっしりと落ち着いた風情の隠居所がある。いま、透はほとんど言葉も交わしたことのない大叔父次郎左に呼ばれて、その居室に向うところだった。
 
 「お連れしました。」
案内してくれた悟が声をかけると奥の襖が開けられ、晃が手招きしているのがわかった。透が中に入ると晃は替わりに部屋の外へ出て行き襖は閉じられた。見張り役なのか襖の手前に悟と晃が控えている気配がしていた。

 「まあ、腰を下ろして寛ぎなさい。」
悟と晃の父、藤宮の当主輝郷が言った。その向こうで次郎左もニコニコしながら頷いている。隣には貴彦、修もすでに来ていた。そしてもう一人…。

 その姿を見たとき、透は全身が凍りつくのを覚えた。

 「よお…。」

 「黒田…。」

 紛れもなく透の実父黒田が、そこに平然と同席していた。紫峰家にとって目下最悪の敵のはずの男が十年来の知己のように皆と肩を並べている。透には目の前の状況がよく飲み込めなかった。

 「まずは…黒田の報告を聞こうか。」
次郎左のがっしりした声が透を正気に返らせた。あれこれ問い質したいのをやっと堪えた。
黒田は次郎左に一礼すると話し始めた。

 「結論から申し上げると、あれは宗主ではありません。しかし、困ったことにあの身体自体は宗主自身のものです。宗主を救い出すにはあの身体を傷つけることなく、あれの魂だけを追い出すしかないでしょう。」

 「あれとは?」
輝郷が訊ねた。

 「三左だよ…。まさかとは思うたが…。修の言うとおりであった。」
次郎左は汚いものにでも触れたかのような表情を浮かべた。

 「俺たちの弟でな。若いうちにさんざん悪さをした挙句、家を飛び出し、30年ほど前にのたれ死んだというので、一左が病院へ遺体を引き取りに行ったのだ。多分その折に一左を閉じ込め、自分があの身体に入り込んだのだろう。まったくなんという…。」

 訳が解らずぼんやり話を聞いていた透にもなんとなく話の筋が見えてきた。生まれてこのかた祖父として疑ったこともなかったあの男が偽者だというのだ。しかも、本物の祖父を30年も閉じ込めているという。
 自分の知らないところでとんでもない事件が進行していたことに、透は驚きを隠せなかった。



次回へ