徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第七話 魔獣のお出かけ)

2005-05-08 18:15:47 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「おい、透…。」
人気のないバス停で、不意に声をかけられたような気がして透は振り返った。目の前にサモエド犬を何倍かに拡大したような獣が居た。獣はニタニタ笑いながら、さらに話しかけた。
 「大丈夫だって。おれの姿はおまえにしか見えてないよ。今、帰りか?」

 姿が自分にしか見えてないということは、傍から見れば独り言を言っている奇妙な兄ちゃんに間違えられる恐れがあるわけで、どっちにしたって透にとっていい状況ではない。
 「そうだけど、おまえ何しに来たんだ?冬樹は?」

 「おれは食事に来たのさ。冬樹は止めたけどな。ドッグフードじゃ物足りねえし、人間の多いところには、おれのご馳走『闇』がいっぱいだ。喰ったらすぐに帰るよ。」
帰るよ、という獣はすでに自分を紫峰の家族の一員と決めているらしい。
 「ところで、祖父さんにおれのことがばれたぜ。まあ、とりあえずは何も言わんかったが。なあ、透…あれは本当に紫峰の宗主なのか?」
獣は疑わしそうに言った。

 「お祖父さまが何か?」
透は訝しげに聞き返した。
 「いや…別にいいんだ。先代はけっこう物好きだったんだなと思ってさ。」
獣はまたニタニタと笑うと背を向けた。
 「透、誰か来るぜ。じゃあな!」
飛ぶように去っていく獣の姿は、ふわふわした雲のようにも見えた。

 獣が消えると同時に透の背後から声がした。
 「大丈夫か?君、怪我はないか?」
透が振り返ると透と同じ制服の少年が二人、こちらに向かって駆けて来るところだった。
 「あなたたちは…?」

 「ああ、脅かしてすまない。僕ら藤宮の…。」
年上の少年が言った。藤宮というのは、一左のすぐ下の弟の次郎左が養子に入った先の一族である。透と同じ高校に子供たちが通っているとは聞いていたが、入学したばかりの透は彼らとはあまり面識がなかった。多分、誰かの葬式くらいには顔を合わせているのだろうが。
 「悟と晃…。」
思い出し、思い出ししながら呟くように透が言った。
 「そう!」
嬉しそうに答えたのは弟、晃の方だった。彼らもまた、紫峰家と同様に能力(チカラ)を持った一族である。獣の姿が見えてもおかしくはない。

 「あの雲の化け物は?」
悟が訊ねた。『雲…か。考えることは同じだな』と思うと噴出しそうになった。
 「ああ、あれはうちの犬でソラというんだ。一応…犬。」
笑いを堪えながら透は答えた。一応という言葉に彼らは納得したようだった。

 やがてバスが来たので、透は彼らと挨拶を交わして帰途に着いた。座席に腰掛けて少し落ち着くと、獣の言葉が妙に透の心に引っかかった。
 『ソラはお祖父さまに何を感じたんだろう…?』
透は一左の顔を思い浮かべた。生まれたときから見ている顔。これまで透は一左が一族の長であることに疑いなど抱いたことはなかった。周りの誰一人としてそれを否定する者はいなかったし、いるとも思えなかった。

 『黒田は…どうだろう?』
透はふと産みの親である黒田のことを考えた。外から紫峰家を見ている黒田なら何か感じるところがあるかもしれない。一瞬、それを聞いてみたい衝動に駆られたが、あわてて打ち消した。
 『あの人には関係のないことだ。』
透は自分自身にいいきかせるかのように小声で呟いた。
考えることさえ、修への裏切りだと言わんばかりに…。

 

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