徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第十話 犠牲者)

2005-05-18 16:52:58 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 それは予期せぬ出来事だった。

 次郎左が紫峰家を訪ねた後、紫峰家では急ぎ冬樹の前修行の準備を始めた。それは不幸続きの紫峰家としては、十何年ぶりかのおめでたい行事でもあり、使用人たちも張り切っていた。
 
 前修行の内容や相伝の内容は、宗主のほかには万一宗主が相伝前に亡くなったときのために、後継者の後見人として選ばれたものしか知らなかった。今回で言えば、宗主一左と後見次郎左の二人である。
 次郎左が一左とほとんど同等の発言権を持つことは、一左にとってはあまり有難くはないことだったが、冬樹の前修行が始まってしまえば、もはや次郎左に何を言われる事もないだろう。

 ほぼ支度も整い、後は冬樹を待つばかりだった。冬樹には、この日に修行を始めるから必ず居るようにと申し渡してある。ところが朝からどこへ出かけたのか姿がない。彼を最後に見かけたはるの話では、その辺りを散歩してくると言っていたらしい。

 突然、ソラが吼えた。一左が表へ出ると、何か霧のようなものが飛んでいくのが見えた。ソラが後を追った。

 霧のようなものは、仕事中の修のところへ、授業中の透のもとへと飛んでいき、二人の身体に吸い込まれるようにして消えた。ソラが他のものには聞こえぬ声で再び吼えた。

 「冬樹が…。」
修も透も同時に悟った。

 急ぎ帰宅するとソラは二人を案内するように林を抜け、駆けて駆けて林道の橋のところまで来た。壊れた橋の欄干の向こうに小さく人影が見えた。
 落ちたところから冬樹は必死で這い上がろうとしたらしく、身体を引きずった後が生々しく残っていた。力尽き、そして最後の言葉を伝えるために、二人のもとへ急ぎ魂を飛ばした。
 
 『気をつけて…あいつは…』

 修は必死で冬樹に回復術を試みた。無駄だとは解っていた。息があればこその施術である。もはや手遅れなのは誰が見ても明らかだった。しかし、修は冬樹の育ての親、産みの親より心通わせた真実の親なのだ。警察や救急車が到着しても、医師が死亡を宣告しても、修はあきらめる事ができなかった。

 透は修が何故か自分自身を責めていることに気がついた。彼のせいではないのに事故なのに、何故?と透は思った。
 
 『僕のせいだ。僕がもっと早く気付いていれば…。冬樹…冬樹…。』

 修の心の叫びが。透には痛いほど感じられる。その声は冬樹の葬儀が終わって、すべてが片付いてしまっても延々と紫峰家の中に響き渦巻いて消えることはなかった。
聞こえていたのはソラと透だけだったかもしれないが…。




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