一左は風邪を引いて休んでいるという透の部屋を訪れた。透は布団の中から天井を見つめていたが、熱があるのか顔色も悪く、とても仮病には見えなかった。
「調子はどうかの?」
一左が声をかけると、力なく微笑んでみせた。
「大丈夫…すぐ治りますよ。」
透はいかにも風邪をひいているような鼻声で答えた。
「まあゆっくり休め…。」
それだけ言うと一左は部屋を後にした。
階下では、どこが風邪だというくらい元気な雅人が昼食を平らげている最中だった。
「おまえは元気じゃの。」
一左が呆れたように言うと、雅人はにやりと笑った。
「透さんは本物。僕は半分仮病だからね。」
「まあ、それだけ喰えば風邪も吹っ飛ぶだろうて…。ところで、わしが留守の間、屋敷の方があまりに静かだったので何事かあったのではないかと心配しておったのだが…。」
単純な雅人に鎌を掛けるように一左は何食わぬ顔で訊ねた。
「ああ、それなら、お祖父さまが居ないから使用人たちに休暇をあげたんだ。鬼の居ぬ間に洗濯しといでとか言ってね。だから、屋敷には僕らとはるさんが居ただけ。皆喜んでたよ。」
『なるほど』と一左は納得せざるを得なかった。使用人たちが居なかったのなら、あの時屋敷の気配がいつもと違っていたのも頷ける。
『それにしても軽薄な奴だ。ぺらぺらしゃべりおる。修は内緒で休暇を与えたに違いないのに。』
一左は雅人を冬樹の代わりとして引き取ったことに間違いは無かったと感じた。この無能力な男なら何とでも自分の思うとおりに動かせるだろう。
目の前で無心に料理をほおばる少年を見つめながら一左はそんなことを考えていた。
辺りが薄暗くなっても、明かりをつける気力も無く透はただ天井を見つめていた。
『修さんが黒田を殺すはずは無かったのに…。』
透は自分が修に攻撃したことをずっと後悔していたのだ。
「透さん。入るぜ。」
扉の向こうから雅人の声が聞こえた。雅人は心配するはるに代わって食事を運んで来たのだった。
「いい加減にしたら?透さん。」
「さん付けはやめろ!いらいらするんだよ!」
透は思わず怒鳴った。殊更怖気づく様子も無く、透のベッドの端に腰を下ろすと、雅人は挑みかかるような口調で話し始めた。
「君はさ、自分のことばかり考え過ぎ。修さんを攻撃したって?それで自己嫌悪に陥ってるって?笑わせんなってんだよ。」
「おまえ、喧嘩売ってんのか!」
透は跳ね起きて雅人を睨み付けた。
「気付いてないだろう?あの修さんが君の攻撃を避けられないと思うのか?わざとだよ。君や黒田だけに苦しい思いをさせないために、自らに罰を下したのさ。ガードすることもなく…。」
二の句が継げなかった。修は本当に命がけなのだ。あらためて修の決意を知ったような気がした。雅人の言うとおりなら修の本体は相当なダメージを受けているはずだ。あの時、何事も無かったように出かけて行ったが…。
「大丈夫…。僕が少しだけ手当てをしておいた。君、もう少しチカラをコントロールできるようにならないと…。そのうち修さんを殺しちゃうよ。」
『余計なお世話だ』と言いたくても今はそれどころではなかった。
なぜ気付かなかったのだろう。自分を責める前に、修の身体を気遣うべきではなかったのか。自分自身の感傷の世界にどっぷりつかって、周りのことを何も見ていなかった。
それにひきかえ、雅人のこの冷静さはどうだ。当事者ではないにせよ、大局的に状況を判断して的確にことを運んで行く。とても自分と同じ年には思えないくらいだ。
一左は雅人を馬鹿の大飯喰らいとしか考えてない。
雅人もそれを知っていてわざと馬鹿を装っている。修の指示なのか自分の意思でなのかは解らないが、相当に頭の切れる奴であることには間違いない。
透にとって何よりも憎らしいのは、雅人のそういうところが修とよく似ていて、修との血の濃さを証明しているように思えることだった。
それが単なる嫉妬に過ぎないことだとは解ってはいたが…。
次回へ
「調子はどうかの?」
一左が声をかけると、力なく微笑んでみせた。
「大丈夫…すぐ治りますよ。」
透はいかにも風邪をひいているような鼻声で答えた。
「まあゆっくり休め…。」
それだけ言うと一左は部屋を後にした。
階下では、どこが風邪だというくらい元気な雅人が昼食を平らげている最中だった。
「おまえは元気じゃの。」
一左が呆れたように言うと、雅人はにやりと笑った。
「透さんは本物。僕は半分仮病だからね。」
「まあ、それだけ喰えば風邪も吹っ飛ぶだろうて…。ところで、わしが留守の間、屋敷の方があまりに静かだったので何事かあったのではないかと心配しておったのだが…。」
単純な雅人に鎌を掛けるように一左は何食わぬ顔で訊ねた。
「ああ、それなら、お祖父さまが居ないから使用人たちに休暇をあげたんだ。鬼の居ぬ間に洗濯しといでとか言ってね。だから、屋敷には僕らとはるさんが居ただけ。皆喜んでたよ。」
『なるほど』と一左は納得せざるを得なかった。使用人たちが居なかったのなら、あの時屋敷の気配がいつもと違っていたのも頷ける。
『それにしても軽薄な奴だ。ぺらぺらしゃべりおる。修は内緒で休暇を与えたに違いないのに。』
一左は雅人を冬樹の代わりとして引き取ったことに間違いは無かったと感じた。この無能力な男なら何とでも自分の思うとおりに動かせるだろう。
目の前で無心に料理をほおばる少年を見つめながら一左はそんなことを考えていた。
辺りが薄暗くなっても、明かりをつける気力も無く透はただ天井を見つめていた。
『修さんが黒田を殺すはずは無かったのに…。』
透は自分が修に攻撃したことをずっと後悔していたのだ。
「透さん。入るぜ。」
扉の向こうから雅人の声が聞こえた。雅人は心配するはるに代わって食事を運んで来たのだった。
「いい加減にしたら?透さん。」
「さん付けはやめろ!いらいらするんだよ!」
透は思わず怒鳴った。殊更怖気づく様子も無く、透のベッドの端に腰を下ろすと、雅人は挑みかかるような口調で話し始めた。
「君はさ、自分のことばかり考え過ぎ。修さんを攻撃したって?それで自己嫌悪に陥ってるって?笑わせんなってんだよ。」
「おまえ、喧嘩売ってんのか!」
透は跳ね起きて雅人を睨み付けた。
「気付いてないだろう?あの修さんが君の攻撃を避けられないと思うのか?わざとだよ。君や黒田だけに苦しい思いをさせないために、自らに罰を下したのさ。ガードすることもなく…。」
二の句が継げなかった。修は本当に命がけなのだ。あらためて修の決意を知ったような気がした。雅人の言うとおりなら修の本体は相当なダメージを受けているはずだ。あの時、何事も無かったように出かけて行ったが…。
「大丈夫…。僕が少しだけ手当てをしておいた。君、もう少しチカラをコントロールできるようにならないと…。そのうち修さんを殺しちゃうよ。」
『余計なお世話だ』と言いたくても今はそれどころではなかった。
なぜ気付かなかったのだろう。自分を責める前に、修の身体を気遣うべきではなかったのか。自分自身の感傷の世界にどっぷりつかって、周りのことを何も見ていなかった。
それにひきかえ、雅人のこの冷静さはどうだ。当事者ではないにせよ、大局的に状況を判断して的確にことを運んで行く。とても自分と同じ年には思えないくらいだ。
一左は雅人を馬鹿の大飯喰らいとしか考えてない。
雅人もそれを知っていてわざと馬鹿を装っている。修の指示なのか自分の意思でなのかは解らないが、相当に頭の切れる奴であることには間違いない。
透にとって何よりも憎らしいのは、雅人のそういうところが修とよく似ていて、修との血の濃さを証明しているように思えることだった。
それが単なる嫉妬に過ぎないことだとは解ってはいたが…。
次回へ