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インフルエンザと漢方(2)

2009-06-02 13:10:19 | 桑菊飲

前回に引き続き感冒と時流性(あるいは時行性)感冒(インフルエンザ)の漢方治療について稿を進めます。

風熱(ふうねつ)という漢方の証があります。

症状として、中等度~高熱があり、やや悪風がし、汗が出にくく、頭の脹痛、咳嗽があり、痰は粘稠で、黄色味を帯び、咽喉の乾燥或いは扁桃腺の発赤、腫張があり、鼻が詰まり、鼻水は黄濁で、口渇があり喜飲であり、舌苔は薄白、あるいは微黄で、舌の辺縁や舌の先が赤く、脈象が浮数などの症候群です。風寒証より邪気が一歩体内に進んだ状態と理解してもいいでしょう。肺の清粛が失われ、咳嗽が生じ、痰が粘稠或いは黄色くなります。風熱が肺衛を犯すと脈が浮数になります。辛涼解表が治療原則です。銀翹散(ぎんぎょうさん)を主方とします。

銀翹散(ぎんぎょうさん 温病条弁 清代):

連翹 金銀花 薄荷 ?芥 淡豆 蘆根 淡竹葉 桔梗 牛蒡子 生甘草

金銀花、連翹は辛涼解表、牛蒡子、薄荷は疏散風熱、清利咽頭に、荊芥、淡豆は透邪解表、桔梗は提昇肺気、止咳利咽、竹葉、蘆根は甘寒生津、清熱止渇に働き、甘草が調和諸薬となります。高熱の場合には柴胡、黄苓、石膏、大青葉を加え、清熱作用を強化し、頭痛が著しい場合には桑葉 菊花 蔓荊子を加えます。咽喉腫痛の者には、馬勃、掛金灯、玄参、土牛膝を加え、利咽解毒し、咳嗽、痰が黄色く粘稠の場合は、黄苓、知母、象貝母、光杏仁を加え、清肺化痰をはかります。口渇がひどい場合には、天花粉、石斛を加え、清熱生津の効能を求めるのがいいでしょう。 

銀翹散の創者の呉鞠通(ごきくつう)は清代に温病学派の医師です。葉天士から始まり、薛生白、呉鞠通、王孟英等は温病学に対して大いなる貢献した代表人物です。以前のブログ「益胃湯(温病条弁)呉鞠通198年)について考える」

http://blog.goo.ne.jp/doctorkojin/d/20090521

を参照してみてください。

温病条弁の「温病」とは感染性(外感と漢方では言います)熱病のことです。銀翹散は「温病学」の中の「衛分証」の治療方剤として出現しました。温病と似たような用語に温疫(おんえき)があります。温疫の特徴は流行性と伝搬性(伝染性)です。ほっておけば、現代用語でいうパンデミックになりうる熱病を指します。検疫という現代用語から温疫を想像できるでしょう。両者の違いを厳密に分ける必要はないとする学派もあります。具体的に病名を挙げて両者の違いを考えて見ましょう。

デング熱(dengue fever)は、デングウイルスによる感染性熱病です。

ネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊によって媒介される伝染病です。潜伏期間は4日から7日で悪寒を伴い急に高熱がでますが、3日程で37度あたりまで解熱し、さらに24時間後ぐらいに再度高熱が出現するという特徴があります。頭痛、筋肉痛、関節痛、腹痛や便秘を伴うこともあります。発症34日後より躯幹部に発疹が出現し、発疹は四肢や顔面へ広がります。致死率は低く0.010.03%ですが、時としてデング出血熱となって、粘膜から大量に出血し、デングショック症候群という重症型もあり、致死率は36%になります。これを温病と言うのか

あるいは温疫というのかについては、私自身の考えでは温病なのです。人から人へ直接に接触あるいは飛沫感染を起こさないからです。

インフルエンザやSARSの爆発的な伝染性はまさに温疫といえるでしょう。モンゴル帝国が衰退した理由の一つに異常気象に伴う飢饉、ペストの大流行が挙げられています。ペスト菌に感染すると25日の間に、寒気を伴い、高熱が出ます。その後、ペスト菌の感染の仕方によって、腺ペスト、ペスト敗血症、肺ペストなどに分けられますが、肺ペストの場合、患者の咳によって飛散したペスト菌を吸い込んで発病することも多かったのですから、鼠のペスト流行、蚤(ノミ)によるペスト菌の媒介があるにせよ、飛沫感染、患者の体液からの感染と言う意味で、まさに温疫といえるでしょう。天然痘はどうだったでしょうか?現在でこそ絶滅宣言下にありますが、まさに飛沫感染、接触感染によりパンデミックを起こした温疫に含まれる疾患でした。明朝末期に、華北地方ではペストや天然痘が猛威を振るい、1千万人以上の死者が出たといわれています。

このような訳で、否応なしに明代、近世とくに清代の医師たちは、温病であろうと温疫であろうと診療を迫られたのです。そこで生まれた診断と治療方法が衛気営血弁証体系であり、温病学の中心をなすものです。したがって、衛気営血弁証は温病と温疫の両者にまたがる弁証なのです。そうなりますと、温病は温疫を含む広い概念ともいえそうです。

衛気営血弁証とは

清代 葉天士による外感温熱病の弁証方法であり、温熱病の進展していく過程での「浅深軽重」の4段階を示します。

温熱病邪は衛から気に、気から営に、営から血に伝わり、病状が段々重くなります。営血は同質であり程度の軽い状態が営分、重い状態が血分であると考えていいようです。各証のうち衛分証(えぶんしょう)を述べます。

衛分証(えぶんしょう) 温邪襲表  肺衛失宣が病理です。

弁証の要点は発熱 口渇 咽頭通 粘調黄痰 薄白~薄黄苔 脈浮数などになります。

八綱弁証(寒熱、表裏、虚実、陰陽の観点から診断すること)での表熱症に相当します。発汗の有無は問いません。治療原則は辛涼解表で主方は前述した銀翹散と桑菊飲(そうぎくいん)になります。適応症は外感風熱を主としていますが、風熱犯肺の咳嗽にも適応があります。漢方用語を用いて表現すれば、辛涼解表により衛分の熱邪を邪するという意味の疏風泄熱が効能です。

あらためて組成を色分けするとつぎのようになります。

銀翹散 辛涼平剤

連翹 金銀花 薄荷 ? 淡豆 蘆根 淡竹葉 桔梗 牛蒡子 生甘草

桑菊飲 辛涼軽剤

桑葉 菊花 薄荷 桔梗 杏仁 連翹 蘆根 炙甘草

涼寒薬が主体ですね。効能はほぼ同じなのですが、平剤と軽剤の意味は、日本語的感覚からは離れますが、前者のほうが作用が強いと言う意味です。桑菊飲は小児科で用いられる辛涼解表方剤です。

さて、上記した生薬を現代中薬学にしたがって分類し、抗ウイルス作用が報告されているものにアンダーラインを引いてみましょう。

辛温解表薬 ?

辛涼解表薬 薄荷 牛蒡子 桑葉 菊花 淡豆

清熱解毒薬 金銀花 連翹 蘆根 淡竹葉

止咳化痰薬 桔梗 杏仁

甘草清熱解毒に、炙甘草は補中益気 潤肺化痰 諸薬調和に働きます。

                   続く

――――***――――

こうしてみますと、前回のブログでの私の疑問が出てくるのです。

なぜインフルエンザに辛温解表方剤の麻黄湯が有効だということばかりが騒がれて、辛涼解表薬や清熱解毒薬を多用する治療法は省みられていないのかという疑問なのです。なにか傷寒学派と温病学派の争いのようですね。傷寒学派は、傷寒は全ての外感熱病の総称であり、温病を含むものであるから、六経弁証が厳然と存在する限り、傷寒論は大基本なのであるという考え方をします。温病への対策では、「傷寒論」中の陽明病証に準じれば温病は治りうると主張したのです。一方、温病学派の主張は、傷寒論は「寒に詳しく、温を略している」というものです。傷寒論中陽明病証の治療の内容は温病に転用は可能であるが、いわゆる温病的な証治がなされていなく不十分とするものです。西洋医学オンリーで育った医師は私も含めて、傷寒論に最初に接した時は、どうしても1対1の疾病モデルを脳裏に浮かべながら読み進めていくのです。それで、途中でモデルが浮かばなくなり、というよりあれもこれもと浮かぶようになり焦点がぼけてくるのです。それで、次に「温疫論」「温病学」を読むと、なんとなく脳裏に浮かぶ疾患が現代医学に近い感じがしますが、これもまた読み進めていくうちに焦点が定まらなくなってきます。片や日本の卑弥呼時代の中国後漢時代の理論であり、片や、病原体が特定できていない明代、清代の理論なのですから疾患別、臓器別、病原体別の診断治療で育った西洋医にとって、クリアーに理解できるものではありません。忍耐と寛容と何よりも先人にたいする尊敬の精神がなければ一通り読破することが不可能です。そういうわけで、日常の漢方診療でも、ある時は傷寒論、ある時は温病学、ある時は現代中国医学と西洋医学の混合と、どうしても都合よく利用させてもらうということになってしまいます。弁証にしても、ある時は、六経弁証、ある時は八綱弁証、臓腑弁証、三焦弁証、気血津液弁証、そして衛気営血弁証と、都合のよい弁証を選択するようになります。ご都合主義に近いのですが、これはこれで仕方がないことだと私は思うのです。なにしろ、はっきりしない分だけ奥が深いのです。

                

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インフルエンザと漢方(1)

2009-06-01 10:36:15 | SARS

SARS(重症急性呼吸器症候群)流行後の上海に滞在したことがあります。2002年の冬に広州から始まったSARSが一般に新コロナウイルスの呼吸器感染症として認識され始めたのが2003年の春くらいからで、上海でも一時的な流行が見られました。その時分に留学準備のために上海市を訪れていました。日本人がよく行くカラオケ店などはお客が皆無といった具合で、ばたばたとつぶれて閉店していました。翌2004年早期に終息傾向がでてきましたが、不安になった私は、<msnctyst w:st="on" addresslist="26:京都府亀岡市;" address="亀岡市">

亀岡市

</msnctyst>の知人である西田氏(開業医)に頼んでタミフルを送ってもらっていました。タミフルの原料でもある「八角茴香」が中薬店から姿を消していた時期でもありました。幸い私は何事も無く過ごしましたが、一時2005年の秋に、発熱、咳嗽などの感冒症状を起こしたことがあります。その時に、同大学 ウイルス学(病毒)教授の恩師 朱老師が私の面倒を見てくれました。彼は「板藍根」入りの「銀翹片」を買ってきてくださいました。症状はまもなく治まりました。それを契機に漢方生薬の抗ウイルス(抗病毒)作用に興味を持つようになったのです。

「そして(大阪)神戸」となりました。今回は豚インフルエンザです。幸い私の地元の神戸では感染拡大が一服しています。弱毒型でありタミフル、リレンザが奏効し重症者は出ていない模様です。昨年10月ごろから今年の4月までのインフルエンザの流行から比べたら規模は格段に小さいといえます。

インフルエンザ(時流感冒あるいは時行感冒)に漢方医が薦める自分でできる感染予防

貫衆(かんじゅう)10g、板藍根(ばんらんこん)或いは大青葉(だいせいよう)12g、生甘草3gを煎じて、一日一回服用する。手洗い、うがい、マスクの着用はもちろんのこと、寒さを避け、暖かさを保つようにする。雨にあたることを避け、過度の疲労も禁物である。インフルエンザウイルスは、pH2未満の酸によっても不活化することが知られているので、室内に1立方メートル毎に酢510ml、水1040mlを混ぜたもので、毎日又は一日置きに2時間燻し、空気を消毒し、伝染を防ぐのがよいという。しかし酢で燻すのは石造りの中国の家屋では後で洗えばいいのでしょうが、木造が多い日本の家屋の場合には不向きのようです。それに日本人は匂いに敏感です。それで空気清浄機が飛ぶように売れているらしいのです。

感冒流行期に漢方医が薦める自分でできる感染予防

感染予防の方薬として。冬、春の風寒の季節では、貫衆(かんじゅう)、紫蘇(しそ)、荊芥(けいがい)各10gと、生甘草3gを煎じて、連続三日間服用する。夏の暑湿の季節では香(かっこう中国語でフオシャン)、蘭(はいらん中国語でペイラン)5gと、薄荷(はっか)2gを煎じて、飲み物の代わりに服用するとよいといわれています。

かぜ引きの治療は現代西洋医では大同小異

医師となって30数年、以前の私のかぜ引きの治療は、おそらく保険診療で認められた極々標準的な、誰が処方しようと大同小異のものでした。中国医学に接してみると、まあなんと奥の深いものかと驚かされたのです。

中国医学の感冒に対する基本的な姿勢総論

一口で言い表せませんが以下のようなものになります。

感冒は臨床上最頻の外感疾病であり、注意深い弁証論治が必要である。外感六淫、時行病毒を病因とし、人体の体表を守る働きが損なわれ、外界の変化に応じられなくなると、皮毛、口鼻から邪が侵入し、肺衛を犯し、衛表不和となり、病が出現する。病邪の性質を判断し、風寒、風熱と暑湿混雑とを見分け、治療は解表発汗を主とし、風寒には辛温、風熱には辛涼、暑湿には清暑湿の治療原則で対処する。

邪を引き留めないようにするために、通常、補薬、斂薬を禁用する。

寒、熱の二証をはっきり見分け、間違いがあってはならない。もし、偏寒、偏熱ともはっきりしない場合には辛平の軽い処方を用いる。表寒と裏熱を混雑する場合には解表清裏、宣肺泄熱する。時行感冒の伝染力は強く、重症のものは、風熱が多く見られ、清熱解毒薬を多く使用すべきである。併発症と混雑症を有する場合には適切な配慮が必要である。例えば、小児の感冒で驚(ひきつけなどの風の証も含む)や食滞を挟む場合には息風止痙或いは消食導滞の薬を配合する。老人、幼児及び重症の患者では、病情が変化して、熱に化し、裏に入る場合は、温病と併せて考慮しなくてはならない。基礎疾患があり、或いは、感冒によって基礎疾患が誘発、あるいは悪化した場合には、標本の弁証を的確に行い、治療の前後、病状の主次軽重に配慮し適切に対応する。体の衰弱による感冒には解表薬に適宜に扶正の薬を加え、邪を追い出す(扶正邪)。気虚と陰虚の軽重の診断に間違いがあってはならず、それぞれ適切な治療を行うべきである。

以上のように要約されますが、漢方用語に不慣れな諸氏、学兄は理解できなくてもかまいません。各論で解ったような気がしてくるからです。

風寒(ふうかん)証

悪寒がするものの、発熱が軽い。発熱時に汗は出ないことも出ることもある。頭痛、四肢関節の疼痛、鼻詰まり、嗄声、鼻水、喉の掻痒感、咳嗽があるが痰が薄くて白い、口渇はあったり無かったりする。舌苔は薄白で、浮或いは浮緊の脈象を示す。

寒は陰の邪気であるために、口渇はないことが多いが、或いはあっても熱飲を好む。舌苔が薄白、潤、脈が浮或いは浮緊などはすべて表寒の特徴である。

治療原則は辛温解表、宣肺散寒であり、荊防敗毒散(けいぼうはいどくさん)(外科理例)を主方とする。組成は?芥 防風 生姜 柴胡 薄荷 川 前胡 桔梗

枳殻 茯苓 甘草 羌活 独活である。

荊芥、防風、生姜は辛温散寒に、柴胡、薄荷は解表退熱に働く。川は活血散風に働くとともに頭痛に効き、前胡、桔梗、枳殻、茯苓、甘草は宣肺理気、化痰止咳に作用し、羌活、独活は風散寒、除湿を兼ね、四肢疼痛の要薬でもある。表寒の重い場合には麻黄、桂枝を加えて、辛温散寒の力を強めるとよい。

日本漢方は後漢時代の張仲景による「傷寒論」の六経弁証の影響を多大に受けているために、現在の漢方エキス剤には麻黄湯、桂枝湯が風寒の薬剤として保険適応となっています。

麻黄湯(傷寒論):麻黄 桂枝 杏仁 甘草の4味からなる。麻黄は発汗解表 宣肺平喘に作用し、桂枝は解肌発表 温経散寒に働き、麻黄の発汗解表を助け、両者で調和営衛に働く。杏仁は降利肺気に作用し、肺気上逆を抑え、甘草は調和諸薬に働いている。気機から見れば麻黄の宣(上へ発散)と杏仁の降(下に粛降)という組み合わせになる。

麻黄湯証は六経弁証で太陽傷寒表実証といわれるもので、傷寒論に忠実に記載すれば悪寒、発熱、悪風、頭痛、脈浮緊、無汗、喘、嘔逆、身疼腰痛、骨節疼痛となる。服用させてはいけない禁忌証として、傷寒論では陽虚の汗家、陽虚の胃寒症、陰虚の咽喉乾燥者、慢性の淋家 慢性の(皮膚の)化膿性疾患を有する瘡家としている。中国漢方を学ぶ上で最初の難関とも言えるのが「傷寒論」であり、六経弁証中の太陽傷寒表実証と太陽傷寒表虚証の理解である。私の経験で言えば、中国伝統医学のいわば慣習として無汗の場合は表実、有汗の場合は表虚と称すると理解するのが妥当かつ「妥協」なのです。風寒の邪気は患者が無汗であろうと有汗であろうと実邪です。それを表実と表虚に分けて表記するのは、ある意味、理にそぐわないのであり、表実と表虚は患者サイド発汗の無しと有りを表していると妥協して捉えるのです。そうすることによって寒邪閉表により衛陽が理(そうり)に拘束される衛閉営鬱(えいへいえいうつ)であるから無汗であるというような難解な中医理論に悩まされなくなります。感覚的に体表が風寒の邪気にガッチリ固められ汗が出ないのを風寒表実証と呼び、体表が緩んで発汗している状態を風寒表虚証と呼ぶと捉える程度でいいと私は思います。

桂枝湯(傷寒論):桂枝 白芍 生姜 大棗 甘草の5味からなる。桂枝は解肌発表 通経助陽に働き、生姜は和胃止嘔に働くとともに桂枝の発散邪を助けている。大棗の益気脾胃作用とともに桂枝と生姜は調和営衛に作用する。白芍は益陰斂営に、甘草は調和薬性に作用する。「散中有収 汗中寓補」の方剤と称されるのは、発散袪邪の桂枝に益陰斂営の白芍が加わり、補薬の大棗が配合されているという意味です。桂枝湯証は傷寒論では太陽中風表虚証といい、現在の風寒表虚証である。悪寒、発熱、悪風、頭痛、脈浮緩、自汗、鼻鳴、乾嘔、身痛である。服薬させてはならない禁忌証として、太陽病を下した後、気が上衝しない者、脈浮緊で無汗の者、酒の常用者、桂枝湯を飲んで吐いた者、発汗後、表証がすでに無くなった者としている。さて、桂枝は衛強を治し、白芍は営弱を治するとされています。ここまでくると、さすがに中医基礎理論を無視するわけにいかなくなります。現代医学的にも発汗のメカニズムは非常に複雑です。カゼを引いたときの発熱と発汗の有無について、中医理論ではどう説明しているかをある程度理解が必要です。

衛気(えき 中国語でウェイチ)

水穀精微物質の力の部分より生成され、血脈の外側に分布し、主として外邪から生体を守る防衛作用が効能です。毛穴の開閉も衛気の作用であり、外邪に対する防衛をします。黄蓍の作用のひとつである益気固表とは皮膚の毛穴の開閉をコントロールし衛気を充満させることです。

衛気の作用は:①外邪を防御 ②体温の維持 ③肌膚の温養 ④理(そうり)の調節と要約できます。理とは一義的に汗腺を含めた毛穴と理解してもいいのですが、私の感覚ではもっと広い意味を持つようです。これについては稿を改めて後述したいとおもいます。衛気が不足すれば体温が下がり、風邪を引きやすくなり、自汗を生じ、病後の回復も遅くなります。やや古典的な表現になりますが、衛気は慄疾滑利で陽に属します。カゼの場合の発熱は、やや深部の衛気が体表に動員されて邪と闘争するために発熱すると考えます。

営気(えいき 中国語でインチ)

水穀精微物質の栄養性が豊富なものから生成され、血脈の中に分布し、効能は血を造る成分になることです。津血同源ですから、汗の由来する津液の源にもなるのです。これも古典的な表現ですが、営気は純粋で陰に属し、営気は十二経脈、任脈、督脈を循行します。衛気が外邪に負けると、体表の固摂作用が低下して理が開いて、営気は汗となり体外に出ると考えます。

麻黄湯証の無汗を基礎理論で説明すれば、衛閉営鬱(えいへいえいうつ)です。

強烈な寒邪に対して大量に動員された衛気が理に鬱滞し(衛閉)、理はガチンと閉ざされるので、汗の出る道も閉ざされる(営鬱)というわけです。

一方、桂枝湯証の有汗は、衛強営弱(えきょうえいじゃく)と表現されます。

衛陽が不足気味のところに麻黄湯証の強烈な寒邪よりやや弱い風邪が体表から進入すると、衛陽が体表に動員され(陽浮)発熱するが、理の固摂が不十分なために陰営が汗となり体外に出てしまい、陰営が弱小の状態(陰弱)になると考えます。衛強営弱(えきょうえいじゃく)とは陽浮陰弱(ようふいんじゃく)と同意と考えられます。衛陽が相対的に陰営より強い状態とも言えます。後者の陰営が弱化するのは、もとはといえば不足気味の衛陽のためです。したがって、衛強営弱とは原因論からくる用語ではなく、状態を表す用語と理解できます。

営衛不和(えいえいふわ)という漢方用語があります。

傷寒論の太陽病脈証并治に出典された用語です。現代中医学では衛強営弱(えきょうえいじゃく)に加え、衛弱営強(えじゃくえいきょう)という概念も提供しています。衛気が虚弱で、汗が自然に出てくる。発熱がなく、時々自汗がある。という概念です。

調和営衛(ちょうわえいえい)という漢方用語があります。

これは桂枝湯の治療目的のひとつと考えるとよいようです。

通陽発散の桂枝 生姜と養営斂陰の白芍 益気脾胃の大棗を配合して、営衛不和を改善する方法とも言い換えられます。

現象を説明するには理論が必要です。独自の用語も出現してきます。中国伝統医学の基礎理論や独自な用語は、いわば、言語体系とも言うべきもので、英語を理解するときに英単語と文法の知識が必要であるのに似ていると私は考えます。先人の理論体系や基本用語を知るということは、素養として欠かせません。その素養は後の修行の中で、各漢方医が、その師の教えを通したり、あるいは自分の経験を通して再確認されたり、また臨床現場で治療に役に立つのです。いつの時代でも、異論、異説はあるものの、実践に耐えた理論が現在も生き残っていると私は思います。

インフルエンザに麻黄湯が有効という報告

タミフルによる異常行動の可能性が報告されてから、原則10歳以下の小児、乳幼児には特別のご両親の依頼が無い限りはタミフルは処方しません。リレンザは5歳以上に処方が可能なようですが、品薄状態が続きました。シンメトリルはインフルエンザA型にのみ適応があり、インフルエンザB型には処方できませんし、薬剤耐性が生じて効かなくなることが多い薬です。そのような経緯で特に小児科医の間で、漢方薬が見直されています。麻黄湯と桂枝湯あるいは麻黄加桂枝各半湯などです。

タミフルなどとほぼ同等の解熱効果があるという報告が最近なされています。麻黄にはエフェドリン効果で夜間不眠という傾向がありますが、桂枝湯を半量加えるとそのような問題は無くなります。現代日本でインフルエンザの治療薬に漢方薬も選択できるということは朗報です。このように漢方が見直されてきたのは、本場中国での漢方生薬の抗ウイルス作用がSARSを契機に近年本格的に研究が進んできた為と私は考えています。もっとも、古来より、いわゆるインフルエンザを含む感冒の治療は、中国では漢方薬が主体だったのです。近年の中国での研究報告から、臨床治療効果(In Vivo)と試験管内(In Vitro)の成績から一定の効果が認められたあるいは想定されるものを列記します。濃いブルーは寒薬、薄いブルーは涼薬、

オレンジ色は微温薬、赤は温薬です。

抗ウイルス及び抗菌(抗生物質様)作用を有する生薬

板藍根 柴胡 虎杖 黄連 黄 苦参