前回までは、インフルエンザを温疫のひとつとして、温病学の基本をなす衛気営血弁証の中の「衛分証(えぶんしょう)」について、方剤として銀翹散と桑菊飲について述べました。温病はインフルエンザに限らない広い概念ですが、衛分証は気分証に病状が進行するいわば、最初の病証です。衛分証の中で特に「湿を挟む」病証に対して、古くから藿朴夏苓湯(かつぼくかりょうとう)が使用されてきました。湿を挟む温病を湿温といいますが、湿温の初期に使用するのが藿朴夏苓湯です。湿を挟むことを漢方用語で「挟湿(きょうしつ)」といいますが、ややあいまいな表現です。湿温という概念が、多湿時期に起こる温病という時期環境の意味合いが強いのに比較して、挟湿という概念には、環境の湿度が人体に「外湿」として災いを及ぼしているという面と患者自体の素体(そたい:体質ともいえますが、、)が体内に湿を貯めやすい内湿であるという2つの意味合いを持つからです。
藿朴夏苓湯(かつぼくかりょうとう 医源 湿気論 清代)
杏仁 白寇仁 薏苡仁 藿香 厚朴 半夏 茯苓 淡豆豉 猪苓 澤瀉
証は頭重痛 身体が重い 発熱 腹満痞張 納呆(食欲不振と同意) 悪心 嘔吐 下痢 尿量減少 白?苔 濡脈(浮細軟)などであり、湿盛熱微の湿温初期に用いられます。表証を発散させ湿を除くという意味から宣表化湿が効能とされます。
方剤中の各中薬の量からは、名前の通り、藿香 厚朴 半夏 茯苓が主薬なのですが、私は「覚えやすいように」杏仁 白寇仁 薏苡仁が先に口に出るようにしています。それは、後述する三仁湯(さんにんとう)でも杏仁 白寇仁 薏苡仁の組み合わせが出てくるからです。開開滲と覚えるのだそうですが、
杏仁による 開上焦
白?仁 茯苓による 開中焦
薏苡仁 猪苓 澤瀉による 滲下焦 となります。
「開く」という文字の感覚が大切で、杏仁は肺、白?仁 茯苓は脾を通して、内湿を除去し、薏苡仁 猪苓 澤瀉は利水滲出作用により、さらに湿を除くという意味なのです。芳香化湿の藿香、行気化湿の半夏 厚朴の組み合わせになっていますから、湿を重視した方剤であることが理解できます。淡豆豉は辛涼解表薬です。組成から判断すると、清熱の作用は三仁湯より弱いものです。
三仁湯(さんにんとう 温病条弁 清代)
杏仁 白?仁 薏苡仁 竹葉 通草 滑石 半夏 厚朴
証:悪寒 頭重痛 身体が重い 身熱不?(強い熱感があるが体表部を触れても熱が無い)午後熱感が悪化 胸腹痞張 納呆(食欲不振と同意)悪心 嘔吐 下痢 尿量少 白?苔 濡脈などになりますが、藿朴夏苓湯と変わらないじゃないのかと言われそうです。藿朴夏苓湯と同様に湿温初期の湿重熱軽の状態に用いられます。違いは、辛涼解表薬の配合がないこと、現代では利水滲出通淋薬として分類されている滑石(甘寒) 通草(甘淡寒) 竹葉(甘淡微寒)の配合です。尿量を増やし祛湿し、小便から泄熱するという効果が藿朴夏苓湯より若干強い印象があります。したがって、三焦に瀰漫した湿熱を祛邪する気分証の湿熱留恋三焦の治療方剤といわれ、衛気営血弁証の中の「衛分証(えぶんしょう)」より若干「気分証(きぶんしょう)」寄りになった状態の湿温には藿朴夏苓湯よりも三仁湯がよいという医家もありますが、それほどこだわることもないと私は考えます。伝統的弁証論治から少し離れ、いわば各症状別に治療する対症療法も漢方では可能なのです。つまり匙加減なのです。
衛分証(えぶんしょう)の病理は生体の抵抗力つまり衛気の低下による肺衛失宣であるならば、肺衛を強化すれば、寒邪はもちろん、温邪であろうと予防ができるというわけですが、ワクチン接種以外に、手軽に免疫増強ができるとも思えませんが、
気を補う補気薬に免疫増強の効果があることが確認されつつあります。玉屏風散(ぎょくびょうぶさん)を紹介します。
玉屏風散(世医得効方):黄蓍 白朮 防風の三味からなります。衛気が虚している気虚体質に感冒が加わった気虚感冒の予防薬としての位置づけがあります。平素、体弱表虚、自汗があって、感冒を引き易い者は玉屏風散(世医得効方)で益気固表し、感冒を予防することが大切であると中医は説いています。
いわゆる気虚感冒の症状は悪寒、発熱、無汗、頭痛、鼻閉、身痛、倦怠、咳嗽、痰を吐き出す力が弱く、舌苔が淡白、脈が浮、無力であり、感冒症状以外に、平素の倦怠、痰を吐き出す力が弱く、舌苔が淡白、脈が浮、無力などの気虚の症状を伴います。
治療法は益気解表で、方薬は参蘇飲(じんそいん 太平恵民和剤局方)加減が一般的です。組成は人参 甘草 茯苓 蘇葉 葛根 陳皮 半夏 前胡 桔梗 枳殻 木香 生姜 大棗です。
人参、甘草、茯苓は補気袪邪に作用します。(白朮が加われば四君子湯ですね)紫蘇葉、葛根は疏風解表に作用し、陳皮、半夏、前胡、桔梗は宣理肺気、化痰止咳に働きます。枳殻、木香は理気和中に働き、生姜、大棗で調和栄衛の配合となります。
さて
玉屏風散(世医得効方):黄蓍 白朮 防風の黄耆(おうぎ)ですが、人参とともに補気薬の代表生薬です。価格も比較的安く、栽培しやすく効能も多岐にわたる優れものです。白朮(びゃくじゅつ)も黄耆と同様に、補気薬の代表生薬のひとつです。防風(ぼうふう)は辛微温で、風邪が著しい表証の解表という意味で祛風解表剤に分類されています。風湿、関節リウマチに効果があり、羌活と異なり、長期に使用しても副作用が少なく羌活より穏やかであるという意味で風薬中の潤剤ともいわれます。「燥」傷津からの「燥」を起こしません。中国では感冒時の痛み止めや破傷風の痙攣止めにも使用された経緯があります。また、止瀉作用(下痢止め)もあり、有名方剤として痛瀉要方(景岳全書:白芍 白朮 陳皮 防風)に配合されています。
再度 SARSに戻って
北京市衛生局推薦のSARS予防の漢方処方を見てみると、
蒼朮12g白朮15g霍香12g金銀花20g貫衆12g黄耆15g沙参15g防風10g
アンダーラインを見ていただければ玉屏風散加方と理解できます。
燥湿健脾の蒼朮、芳香化湿の藿香、抗ウイルス効果のある清熱解毒薬の金銀花と貫衆、そして養肺陰の沙参の組み合わせになっています。温薬、涼寒薬の比率はほぼ同等ですから金銀花20g貫衆12gの量から判断しても、全体では平に近いと思われます。加えて、やはり湿を挟むのはよろしくないようですね。
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上海時代に、咳と痰が慢性的に生じたことがありました。おそらく廃棄ガスや工場の排煙が原因だったでしょう。なにしろ、雨にうたれるとワイシャツに黒いしみが残ったくらいです。その時に、中薬学を教えていただいていた若い女性教師に金銀花と菊花を等量まぜてお茶にして飲むといいと教えていただいて症状が改善したことがあります。銀翹散の金銀花、桑菊飲の菊花ですよとおっしゃいました。上海時代の思い出のひとつです。今年の5月の連休の時に、上海の南京西路の岳陽病院
を訪れましたが、空気は格段に澄んでいて、路面も綺麗になっており、近づく万博の意気込みを感じました。
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